久しぶりの長期休暇を手にした今日、トーリスは日本に来ていた。
目当ては別にあったのだがついでに本田邸にも寄ることに決め、今向かっているところだ。
賑やかな駅前から一、二本裏道へ入るとがらっと雰囲気が変わる。
古い家屋と新しい家が混ざる住宅街、時々たんぼや畑も見られる。
どこにでもありそうで日本にしかないこの風景をトーリスは気に入っていた。
本田邸――菊とが暮らす一軒家もこの通りをしばらく行ったところに……
「あれ、ちゃん?」
前から来る少女の顔に見覚えがあったためじっと見る。やはりだ。
「ちゃん!」
「トー君!?」
思ってもみなかった友人の突然の登場にはまず驚き、そして笑顔で駆け寄ってきた。
「久しぶり、ちゃん。」
「お久しぶりですトー君! どうしてここに…? 菊にぃににご用事ですか?」
「あ、ええと…用事というか久しぶりに日本まで来たから日本さんの家にも行ってみようかと思って……。」
「そうなのですか。菊にぃには今日お仕事で帰りは夜になるのですが、お時間大丈夫ですか?」
「うん、全然大丈夫! むしろごめんね? アポ無しで来ちゃって。」
「いえいえ。」
菊もも突然の客人には慣れている。きちんと謝るあたり、トーリスは真面目な方だ。
「そういえば、ちゃんどこか行くところだったの?」
「あ、お夕飯の買い物に…よかったら一緒に行きませんか?」
「いいの? じゃあ是非。」
客を一人で放っとく訳にいかないの提案に、トーリスは二つ返事で同意した。
「何を買うの?」
自分の家とは全く違ったスーパーの様子にうきうきしつつ、トーリスはかごを手にとったに尋ねる。
「実は決めてなかったのです……何も思い付かないから安売りの商品見て献立決めようと思ってて。」
何となく感じる気恥ずかしさを隠すようにはふふ、と笑う。
そしてそんな彼女を可愛いと感じたトーリスもへへ、と笑った。
「トー君は何か食べたいものありますか?」
「えっ俺が決めていいの?」
「はい、せっかくいらしてくれたのですし。」
「ど、どうしよう。迷うな〜。」
「ふふ、ゆっくり決めてくださいね。」
日本食食べたいな、どんなのがあるかな――とトーリスが辺りを見回すと、耳に軽快な音楽と子供の声が聞こえてきた。
その方向に目を向けると、カレーの絵が描かれた箱が積まれたワゴンの横に小さなテレビが置いてある。
先程の音はそこから流れているらしい、カレールウのコマーシャルだろう。
言っていることは分からないが、画面の中の子供達は楽しそうだしカレーは美味しそうだ。
「あ、これ新発売のカレールウですね。最近よくこのCM流れているんですよ。」
「ちゃん、俺このカレー食べたい……。」
視覚効果は侮れない。すでに自分の口と胃袋はカレーを受け入れる気満々だ。
「いいですね。じゃあこのルウと…あ、甘口で大丈夫ですか?」
「うん。」
本当は中辛派だが、がまず甘口を手にとったということは本田家はいつも甘口なのだろう。
客の自分に合わせてもらうのも悪いし、が作るのならお世辞抜きでなんでも美味しい。
「人参と玉葱はあるので…あとはお肉とジャガ芋ですね。」
「俺も選ぶの手伝うよ!」
「ちゃん、そっちの袋も俺持つよ。」
「え、でも……。」
カレーの材料以外にもちょうど切れていた牛乳や玉子など結構買ったため、袋は大きいものを3つ要した。
トーリスはすでに一番重い袋を右手に提げている。
「力のある男が多く持つのは当然だよ。それに、僕ちゃんを手伝えることが嬉しいんだ。」
「……じゃあ、お言葉に甘えちゃいますね。」
「うん。」
――君は知らないだろうけど、好きな子に頼られるってすごく嬉しいことなんだよ。
「……ありがとう、ちゃん。」
「やだトー君。それ私の台詞ですよ。」
「いいんだよ、僕の台詞でも。」
「えー?」
笑いながら、二人並んで帰る。いつの間にか外は夕暮れで、二人の影が長く伸びていた――。