「こんにちは、お邪魔します〜。」

「いらっしゃいまし、様!」


パジャマ事件

「これなんてどうですか? 日本では中学校で習うので、勉強にもいいと思うです。」

「まあ、ありがとうございます。」

銃の手入れをしているバッシュの目の前では、反対にとてもほのぼのとしたやりとりが行われている。

「“竹取物語”……小説ですね。」

「はい! とっても素敵なお話なのですよ。」

とスイスの妹分であるリヒテンシュタイン。彼女たちの共通点は、2人ともかなりの読書家であること。

第一言語の違いという壁を乗り越え、2人は会う度にお薦めの本を紹介し合ったり両方が読み終えた本について語り合ったりしている。

また、それがきっかけでリヒテンシュタインは日本語を勉強し始めた。

元が真面目な彼女は今では現代語の会話や読み書きはアジア諸国並みに出来るようになっているので、最近は古語にも手を出すようになった。

そして、今日はリヒテンシュタインの家(正確にはスイスの家だが)にが古語を教えに来たのだ。

「今の言葉と似ていても、意味が全く違うものもあるのですね……。」

「そうなのですよ、ややこしい所なのです。」

「文の最後が“けり”と“ける”になっているのは、何か違いがあるのですか?」

「ああ、そこは……。」

バッシュは銃の手入れをしながらちら、と2人を見た。

特に理由は無く、本当にただ何となく見ただけだったが。

「あ……ごめんなさいですバッシュさん。ここお邪魔ですか?」

はそれに気付き、申し訳無さそうにそう言った。

「まあ、じゃあ私のお部屋に行きましょうか、様。」

リヒテンシュタインまで言いだした。

「あ、いや…誰も邪魔だと言っておらぬ、好きな場所でするがいい。」

バッシュは無愛想に告げたが、それは“ここにいてもいい”という彼なりの意思表示。

もリヒテンシュタインもそれを分かっているため、2人そろって「はい!」と返事をした。


「は……? 今、何と言った?」

「ですから、様を今晩お泊めしたいのですが、と。」

リヒテンシュタインは笑顔でバッシュに言う。

あの後2人の勉強会は弾み、ついでに会話も弾み、気が付いたときには夕食時だった。

よかったら……とリヒテンシュタインがを夕食に誘い、バッシュの許可も下りたため、は彼らと夕食を共にした。

その時すでに時間は遅かったのだが、そこにのケータイに菊から連絡が入った。

――、ごめんなさい。アメリカさんから仕事の連絡が入って行ったのですが、成り行きで泊まることになってしまいました。

そんな訳で家の鍵が開いていないので、もそちらに泊めて頂いて下さい。

「――との事ですわ。構いませんか?」

あまり気乗りがしなかったが、ここで駄目などと言う程人でなしではない。

「……別に、構わぬ。」

バッシュが言うと、リヒテンシュタインは笑顔でそれをに伝えに行った。

――まあ、“あの姿”を見られなければいいだけである。


「それでは兄様、おやすみなさいませ。」

「おやすみなさい、バッシュさん。」

「あ、ああ。おやすみである。」

2人がリヒテンシュタインの部屋に入ったのを確認し、バッシュも自室に入った。

そして着替える。以前リヒテンシュタインからプレゼントされたパジャマに。

そう、彼が気乗りしなかった理由は自らのパジャマ姿。

中立という立場上、普段からリヒテンシュタイン以外の外国には度が過ぎる程の強気で接している。

そんな自分が家ではとても可愛らしいフリルのパジャマを着ていると知られるのは嫌だった。

「まあ、後は明日の朝、着替えてからリビングに行けばいいだけである。」

バッシュはつぶやき、着替え終わるとすぐにベッドへ入った。


――何故今日に限り、こうなるのだ!

夜中三時、バッシュはベッドの中で自らの生理現象を呪った。

――トイレに行きたい!

仕方ないと言えば仕方ない、情けないと言えば情けない。

――まあ夜中であるし、ヤツが廊下にいる可能性など無い。

バッシュは部屋を出て、廊下に出た。だが、トイレを済ませて部屋に戻る時。

「あ、バッシュさん。」

リヒテンシュタインから借りたと思われるネグリジェ姿のが廊下にいた。

「な……貴様、何故このような時間に廊下におるのだ!」

驚きや焦り、恥ずかしさなどで口調が戦闘時のようになる。

「はっ、はいごめんなさいっ! あの、目が覚めてしまって寝付けなくて、リヒちゃんのお部屋が少し暑かったので風に当たろうと思って、そしたら星がとても綺麗で………。」

バッシュの勢いにも驚き、焦って説明する。

「あ、いや…言い過ぎたのである。」

が国ではないからか、それとも女性だからか。

普段のバッシュなら絶対“言い過ぎた”などとは言わないし、銃を持っていれば間違い無く構えている。

「星……綺麗か?」

「は、はい。」

バッシュが怒ってないと知り、はほっとする。

「日本も、昔はいっぱい星が見えました。けどここ数十年…特に都会の夜は真っ暗なので、なんだか懐かしくて。」

「……そうか。」

につられてバッシュも窓の外を見る。彼にとっては見飽きてる筈だが、改めて見るとやはり綺麗だ、と思う。

「……あれ、バッシュさん。」

の目線が窓の外から自分に変わっているのと同時に気付いた。パジャマに。

「こ、これはだな。リヒテンが我輩に作りおったので着ているだけであって、決して自ら選んで購入したのでは……。」

「リヒちゃんのお手製なんですか? 流石はバッシュさん、妹思いですね。」

「あ、その………まあ。」

“あのスイス”がには何も言えず、顔を真っ赤にしている。フェリシアーノが見たら、さぞかし驚くだろう。

「でもすごいなぁ、リヒちゃんお上手ですね〜。もうちょっとよく見せてもらっていいですか?」

「……う、うむ。」

バッシュが返事をしたら、はバッシュに(正確にはパジャマに、だが)近付き、まじまじと見出した。

「なっ……。」

「わあ……すごい上手。リヒちゃんお裁縫得意でしたね、そういえば。」

はすっかりリヒテンシュタインの力作に夢中で「今度教えてもらいます〜」なんて言っているが、バッシュはそれどころではない。

何せは気付いていないが、2人の距離は今、相当近い。

(……ち、近いのである! 全くこやつは、女の癖にそもそもこんな時間に男と2人でいるなど………。)

「わあ、縫い目すごく綺麗です……。」

(だから近いのである! 何故我輩はとっとと部屋に帰らなかったのだ……ああ、だが何やら良い香りが……って!
何を考えておるのだ我輩は! ああ、鼓動が喧しいのである!)

自分の中の何かと格闘しながら、バッシュは何とか

「そ……そろそろ寝るのである。」

と、真っ赤な顔で言った。

「あ、そうですね…すいません。」

じゃあお休みなさい、とはあっさり部屋へ帰った。

バッシュも自室へ帰りベッドに入ったが、目を開けても閉じても浮かんでくるのはの姿。

(ああ、くそ! 眠れんではないか!)


後日、礼に来た菊がバッシュに撃たれまくり命からがら逃げ帰るのは、また別の話……


リヒちゃまの読書とか日本語能力云々はもちろん妄想。

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