日本の首都にありながら、穏やかな雰囲気をまとう純日本家屋の本田家。
だが今日は珍しく、家主の本田菊と居候で妹分のが臨戦態勢にある。
「……分かってください。いくら貴女が相手でも、これだけは譲れません!」
「それはこっちの台詞なのです、菊にぃに! 諦めてください!」
争いの原因は台所にある小瓶に入った白い粒………つまり、塩。
「塩は一日十グラムまでって、お正月に“今年の目標”で言っていたじゃないですか。またルートさんにトマトづくしの刑に処せられますよっ!」
「それでも今晩のおかずは塩ジャケ! 三割引だった鮭を無駄にしていいとお思いですか!」
「冷凍して明日使ったらいいじゃないですか!」
「嫌です今日食べたいんです!」
「じぃじの癖にワガママ言わないでください!」
「こういう時だけ人を爺扱いする!」
二人とも珍しく声を荒げて、お互いに一歩も譲らない。
ぽちくんはとうに仲裁を諦め、縁側で平和に寝ている。
「……私はただ、菊にぃにが心配なのです。」
急にがしおらしくなった。
「?」
「塩分過剰摂取で菊にぃにが死んでしまったらって思うと………。」
は顔を手でおおい俯いた。当然、菊は焦る。
「わ、分かりました。今日は塩ジャケ諦めますから、泣かないでくださいごめんなさい!」
菊は必死に謝り、冷凍室に鮭を放り込んだ。
「本当ですか?」
「ええ!」
は顔をあげた。その表情は……満面の笑顔。
「やったー大成功です! もう遅いですよ、菊にぃに! 今日のおかずはハンバーグです!」
「なっ……、嘘泣きしましたね!?」
「そんなぁ、さっきのは本音ですよ。」
「その真心もハンバーグで隠されましたよ……。」
そんな訳で本日の勝者、――。
そしてその争いから数ヶ月後、また二人は臨戦態勢。
「……分かってください! 私は貴女とこれ以上争いたくないですよ。」
「それはこっちの台詞なのです、菊にぃに! 何回言ったら分かってくれるですか?」
原因はもう言わずもがな、塩分。
「ご飯にたくわん添えなくて何を添えるんですか!」
「納豆があるじゃないですか! タナ○のふりかけだってお徳用パックがまだいっぱいありますよ!」
「嫌ですたくわん食べたいんです!」
「あなた子供ですか!」
やはりお互いに一歩も譲らない。
「私は菊にぃにに意地悪してるわけじゃないですよ? ただ、朝に塩ジャケ、昼に塩ラーメン、おやつに塩キャラメルは塩分過剰です!」
「……分かっています。ですがしかし! 冷蔵庫上から2段目中央のタッパーに入ったたくあん達が! 私に今すぐ食べてもらいたいと!」
「言ってないです! 私以外の不思議生物見られない人が今更何を聞けるんですか!」
白熱しすぎて二人してはあはあと肩で息をし出した。
「……菊にぃに、私は菊にぃにが心配だから言っているですよ?」
は瞳を潤ませるが。
「うっ……ほだされませんよ!」
菊はついに最終手段に出た。
「……あれがどうなってもいいのですか?」
菊が指差した先は庭で、が丹精こめて漬けた梅干しが干してある。
「まさか……いえ、天気予報では向こう一週間快晴のはずです!」
「ところがどっこい! 私の手にかかれば雨乞いによって今すぐ雨を降らす事など容易いのですよ!」
はっはっは! と菊は悪人のような顔で高らかに笑う。
「あああやめてください菊にぃに! そんなのひどすぎます、昨日干したばっかりですよ!」
「ならばたくあんを認めますか?」
「う……わ、分かりました。梅干しにはかえられないです……。」
そんな訳で本日の勝者、菊――。
補足:梅干は漬けたあと「しばらく快晴です」という時を狙って一週間ほどお外に干します。それをつまみ食いするのもまた一興。