「ダイゴ様、少しはデボンの方にも顔を出してください。」
「はいはい。」
「返事は1回!」
「はーあーいー。」
「返事は伸ばさない!」
「……はい。」
初老の男性――ダイゴの父、ツワブキ社長の部下の男性は小さくため息をついた。
「ああ、めんどくさい。」
ダイゴは今、デボンコーポレーションの一室で缶詰状態になっている。
父である社長の仕事の補佐だ。
「この書類に目を通して、統計をとって……。」
もともとダイゴにデスクワークは向いていない。彼の父もそれに気付いているはず。
それが分かっていて、ツワブキ社長はダイゴに自分の会社を継がせたいと思っている。
ダイゴも普段はのらりくらりと放浪したりチャンピオン業に逃げたりしているが、年に数回はこうしてデボンの仕事をしている。
10代の頃はいわゆる反抗期、というやつで、父や周りの人間から預かった重要書類を燃やしたり落書きをしたりしていた。
“自分に仕事をやらせるとこういう困ったことになるよ”という脅し。
しかし年とともにそれが会社にもたらす被害や社員の苦労を理解し、反抗はしなくなった。
「終わった!」
膨大な仕事をようやく終わらせたダイゴは勢いよく立ち上がり、
窓の外にエアームドを出し、そこに乗った。
「ダイゴ様!」
部屋の中から社員が呼び止めようとしたが、
「与えられた仕事は済んだ!僕はリーグに帰るよ!」
と言い残し、ダイゴはあっという間に飛んでいった。
「チャンピオン不在の間待ちぼうけを食らっていた挑戦者たちがざっと30人ほど溜まってますが。」
リーグに着いた途端プリムが伝えた真実は、ダイゴのテンションを下げるのに十分だった。
「はは…まあいいや。ここのところデスクワーク三昧だったし、いい運動になるよね。」
「みんなダイゴ君待ちしてた間鍛えてたみたい。いつもの挑戦者より強いよぉ。」
「俺らももちろん努力するけど、お前、覚悟しとけよ。」
「うん……。」
「ミルタンク、戦闘不能!勝者、チャンピオンのダイゴ!」
「はあ、終わった。」
今の挑戦者で18人目。いつもより強いと言うのはどうやら本当らしい。
ダイゴが休憩する間もなく、次から次へと挑戦者が目の前のドアを開け、入ってくる。
「とりあえず回復、回復。」
「たのもー!チャンピオン、勝負をお願いします!」
「はーい……。」
疲れていても、手加減はできない。
普段の彼の姿からは想像もできないが、ポケモンチャンピオンは時に世界一ハードな職業となる。
「お疲れ様、ダイゴ君。」
「悪い、結局ほぼ全員お前のところまで進んだな。」
「ですがチャンピオンの称号は伊達ではありませんね、これだけ挑戦者がいたのに一人も貴方に勝てなかったんですもの。」
ようやく全員とのバトルが終わった時には、日はとっくに暮れていた。
「みんなもお疲れ。じゃあ、今日は解散。」
トクサネの家に帰りながらダイゴはふっとある少女を思い出した。
(………明日、会いに行こう。)
「やあ、ちゃん。おはよう。」
「ダイゴさん、おはようございます!」
ある少女とは、もちろん。
彼女は旅をしているが、居場所をすぐに知ることなどダイゴには容易い。
の顔を見たダイゴはにっこりと満足そうに笑った。
そんなダイゴの様子を見て、は首をかしげる。
「やっぱり、癒されるなぁ……。」
「何がですか?」
「ううん、何にもない。こっちの話だよ。」
疲れもストレスも、の笑顔を見たらたちまち吹っ飛ぶダイゴなのであった。
の笑顔≒マイナスイオン。