「土井先生はいつまで独身なんすかー?」

ゴンという音が学園の廊下に響いた。


親友


「くそー、痛ってえ。」

「いつもいつも、きりちゃんは余計な事を言い過ぎなの!」

頭のたんこぶを抑えながら文句を言うきり丸を、乱太郎がたしなめる。

氷を貰いに保健室へ行く二人が、廊下の端にある人物の姿を見つけた。

先生!」

声を揃えてその人物――学園の教師、を呼んだ。

は振り向き、寄ってきた二人に笑顔を向ける。

「乱太郎にきり丸。こんにちは。」

「こんにちはー。」

乱太郎ときり丸も笑顔で挨拶をする。

「あれ、きり丸頭どうしたの?」

がきり丸のたんこぶを見つけた。

「あー、これすか?土井先生にやられたんすよ。」

「ああ、結婚ネタでも出しちゃったんだ。」

「なんで分かったんすか!?」

「いつものことだもん。ね、乱太郎。」

「はい。」

きり丸は「え〜。」と言ったが、事実だ。

「なんでも土井先生が忍術学園の生徒だった頃の同級生が今度結婚するそうなんです。それできりちゃん、“土井先生は?”って。」

「え、ほんと?誰?」

「さあ、名前までは……。」

乱太郎は首を傾げる。

「後で詳しく聞きに行こっと。」

「そういえば、先生も学園の出身で、土井先生とは同級生でしたっけ。」

「そう。だから今度結婚する同級生とやらは、高確率であたしの知り合いでもあるんだよね。」


「失礼します。」

正座をして挨拶をし、は襖を開ける。

部屋の中にいたのは、彼女の目当ての人物、土井半助だけだった。

「ねえねぇ、誰が結婚するって?」

「なんだ、耳が早いな。」

親友ゆえ、二人だけでいるときはお互い気安い話し方になる。

「さっき乱太郎達に会ってね、教えてもらったんだ。」

「あ〜…。」

半助の顔が若干引きつったのは、先ほどきり丸に言われた言葉を思い出したからだろう。

「それで、誰よ。私も知ってる人?」

「私と同じ学級だった堂木宇正だ。学年主席だったから、名前は知ってるんじゃないか?」

「うん、覚えてるよ。顔が長い人よね。」

「そうそう。」

笑いながら話す。

「…そういえばさ、さっきのきり丸じゃないけど半ちゃんはまだ結婚しないの?」

は何気なく言ったのだが、半助は動揺して持っていた筆を落とした。

「あーあー、畳に墨ついちゃってない?」

が確認したが、あまり墨が筆に残ってなかったらしく、畳は無事だった。

、お前がそれを聞くか?」

「だって気になったんだもん。」

平然と言う。

「半ちゃん、忍たまだった頃結構女子に人気あったのよ。私しょっちゅう聞かれたもん、“土井君と付き合ってるの?”って。」

「え?」

半助は知らなかった。

確かに昔女子から告白されたことは何回かあったが、がそうやって聞かれていたのは初耳だった。

「そうだったのか。」

「うん。」

は頷く。

「だけど結局誰とも付き合わないし、卒業して10年間結婚する気配もないし、勿体無いなって思って。」

「……勿体無い、か。」

彼女のその言葉に嘘や裏がないことは、半助には分かっていた。

だからこそ、彼は今切なさを感じていた。

「……そういうお前こそどうなんだ?」

いい年をして独身でいるのは、も同じ。

それに、普通こういったことは女性の方が周りから口うるさく言われる。

は一瞬きょとんとしたがすぐにけらけらと笑った。

「大丈夫大丈夫。私んところは後を継ぐ可能性がある男衆のがむしろうるさく言われるもの。
私はとりあえずここの教師やってるのが楽しいし、しばらく結婚はしないわねぇ。」

とても呑気な口調では言った。

「なら、私のこと言えないな。」

「うーん、でも本当に半ちゃんは勿体無いと思うんだけど……。」

「…いいんだよ、私も今が楽しいからな。」

少し寂しそうに半助は言った。にそれを悟られぬように。

「そっか。」

は言い、ふわあと欠伸をした。

「なんだ、眠いのか?」

は頷く。

「遅くまで弟に借りた薬草の本読んでたの。今日授業入ってなかったから、つい。」

「今日は早めに寝ろよ。」

「うん、そうする。」

「……なあ。」

駄目で元々だ、と半助は言ってみることにした。

「何?」

「……お前が誰かと結婚したいって思うようになったら、私も結婚する気になれるんだが。」

は再びきょとんとした。

半助は緊張しながら彼女の言葉を待つ。

「ああ、それ面白いかもねぇ。友達同士、同じ時期に結婚するの。」

「は?」

「でも、無理して待たなくてもいいからね。」

「あ、いや。」

半助の告白が遠まわしすぎたのか、が鈍いのか。

どうやら彼の気持ちは全く伝わらなかったらしい。半助は肩を落とした。

「……ねえ、半ちゃん。」

「ん?」

「どちらかがこの先誰かと結婚してもしなくても、ずっと友達でいたいね。」

ずっと友達。

友を持つ人間なら誰でも願うが、忍者にとってそれは叶わない願いになる可能性の方が高い。

半助もも、それは痛いほどよく知っている。

だけど、はそれを願い、言った。

「…そうだな。」

半助の本音は友達よりも特別な存在になりたいのだが、の心情を思うとそう言わずにいられなかった。


鈍感先生と地味にヘタレな土井先生。
堂木宇正は「どうきうせい」と読みます。忍たまっぽい名づけ方をしてみた。

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