激しい雨の中を走り抜け、重いドアを押し開けるとまず誰もいない祭壇が目に入った。
そこから右に視線をずらすと目的の人物―この街唯一の医者であるドクターが椅子に座ったまま首だけをこちらに向けて誰が来たのかを確かめようとしていた。
そしてあたしに気付くといつものように優しく微笑む。
「やあ、クレアくん。偶然だね」
偶然なんかじゃありません、そう言いそうになって慌てて押さえ込みコクリと頷く。
「君もカーターさんに用事かい? 残念だったね。今深刻そうな顔をしたクリフくんと話してるんだよ。僕もちょっと話でも、と思って来たんだけどね。ほら、外はこんな天気だろう? 今日は薬草を取りに行く日だったんだけどね」
残念そうに顔を翳らせるドクターを見てズキンと胸が痛む。
「やっぱり、行きたかったですよね……山」
「ん、まあね。……ってどうして君が落ち込んでるんだい?! 君が降らしてるわけでもないのに」
慌てて傍にやって来てクシャリと頭を撫でてくれるドクターを見て思わず懺悔したくなる。
神様にでもカーターさんにでもなくこの人に。
ごめんなさい。クリフくんはあたしが送り込みました。あなたと二人きりになる為に。
ごめんなさい。一週間前からずっと雨乞いしてました。少しでも長くあなたといる為に。
近くの椅子にあたしを座らせてドクターもその隣に腰を下ろす。
「クレアくん仕事は終わってるのかい?」
コクリと1度首を振る。
「そうか。じゃあちょっと話し相手になってもらえるかな」
驚いて数秒ドクターの顔を見つめた後、もう1度首を縦に振るとドクターは満足そうに微笑んだ。
「最近牧場はどうだい?」
「え…っと、少しは牧場らしくなったと思います。動物も増えたし」
「そうか、それは良かった。あんな荒れ放題の牧場で君は良く頑張ってるね。
そうだ! 君さえ良ければこれから君の牧場を見せてくれないかい?」
ドクターがぱぁっと顔を輝かせるのを見てあたしはまた首を振りそうになったが、
ちょっと待って、あんな牧場見せられるわけがないではないか。
ここ4日程の牧場来訪者の顔が脳裏に浮かぶ。あの引き攣った笑顔。
「クレアくん?」
今の牧場は逆さてるてる坊主が至る所に吊るされているのだ。
そんなのを見られたらあたしが雨乞いしていたことがバレてしまう。
「あっあの、今日は雨が降ってるんで動物たち放牧してないですし……っ」
「……そうだね。じゃあまた今度行かせてもらうよ」
ドクターの顔に落胆の色が走ったのが一目で分かった。
あたしは必死に次の言葉を探す。そして決心した。
「ど…ドクターは好きな人と自分の誕生日とか……相手の誕生日を一緒に過ごしたいとか思いせんか?」
「え? う〜ん……また難しいことを言うなぁ」
「あたしはそう思うんです。どうにかして少しでも長く一緒にいたいって」
ドキドキと鼓動が速くなる。ドクターはあたしの言いたいことを理解してくれたのだろうか。
「君がそんな風に自分の意見を言うのを聴くのは初めてだなぁ。驚いたよ」
「それだけですか?」
「それだけって……ああ! 君の意見からすると今日は僕の誕生日なのにどうして女の子じゃなくてここでカーターさんを待っているのかっていうことかい? 別に僕がカーターさんを好きってことじゃないからね。僕は君みたいに思ってないし……」
「違います!! あたしが言いたいのはつまり、あなたのことが好きってことなんです」
やっと言えた。ドクターは何も言わず呆然とあたしの方を見ている。
目を合わすことが出来ないまま数分が過ぎた。
「あの……ドクター? あたし失礼します。プレゼントここに置いとくので受け取ってください」
あんな重い沈黙には耐えられない。そう思ったあたしはリュックから雑貨屋で包んでもらった牛乳を置くと席を立った。
「クレアくん! ……っと、僕も君が好きだよ。ちょっとびっくりしてしまってね。これありがとう」
涙で霞んでしまったけど、初めて見るドクターのはにかんだ笑顔だった。
「ドクター今日うち見に来ますか?」
「都合悪いんだろう?」
「いえ、ドクターが怒らないと約束してくださるなら」
「……どうして僕が怒るんだい?」