“その知らせ”をゴヨウが聞いたのは、つい30分前のこと。


早く笑顔を見せてください


「あ、ゴヨウさん……。」

さん、さんは!?」

ここが病院内ということも忘れたのか、ゴヨウは着くなり慌てた様子でに尋ねた。

息があがっている姿からも、よほど急いで来たんだということが伺える。

は俯き、ぽつりと言った。

「……まだ、気が付かないんです。熱も高いままで……。」

ゴヨウの表情が悲しげに歪む。

はゴヨウに座るようすすめ、飲み物を買いに一旦その場を離れた。

さん――。」


話は数日前に遡る。

「へえ、ミオシティにこんなに大きい図書館が出来たんだ。」

その日は部屋でシンオウ地方の観光案内を読んでいた。

「早く行きたいなぁ。」

ぽつりと呟いたのと同時に部屋のドアがノックされた。

「はーい。」

、入るよー。」

「お姉ちゃん。」

は部屋に入りの洗濯物を置くと、彼女の持っている観光案内に目を付けた。

「何見てんの?」

「シンオウの観光案内!お母さんに借りたんだ。」

そもそもの始まりは約1ヶ月前のの言葉。

「またシンオウに行きたいなぁ。」

別にわがままを言った訳ではなく、ふと思ったことをそのまま口にしただけ。

だけど、その呟きをたまたま聞いたの主治医に相談した結果、最近の彼女はとても体調が優れているので、

その状態を1ヶ月キープ出来れば遠出しても大丈夫、という許可が下りた。

もちろん、一人で行かない事と無理をしないことが条件として挙げられたが。

「楽しみだね、お姉ちゃん!」

シンオウ行きはが付き合う事になっていた。

「うん、でも今からそんなにはしゃいで大丈夫?しんどくなってない?」

許可が下りた日から半月ほど経った頃からのテンションはあがりっぱなしだ。

「大丈夫大丈夫!」

子供のような屈託のない笑顔でピースをするの姿はまるで昔の、本当に元気だった頃の彼女のようだった。


しかし、の心配は的中した。

その翌日の夜中に彼女の容体が急変した。

意識を手放すほどの高熱、緊急入院、点滴、面会謝絶。

峠は何とか超えたものの、依然意識は戻らないまま今に至る。


「どうぞ。」

ゴヨウが顔をあげると、お茶の紙パックを二つ持ったが立っていた。

「喉渇いてるでしょ、急いで来てくれたんですもんね。」

そう言われて初めてゴヨウは喉の渇きを自覚した。力無く礼を言い、お茶を受け取る。

はゴヨウの隣に腰掛けた。しばらく無言が続く。

ゴヨウは最後にに会った日のことを思い出していた。

(……あんなに、元気そうにしていたのに……。)

つい先週の事。はシンオウに行ったらあそこに行きたい、あれを食べたいと楽しそうに観光計画を話し、

ゴヨウの方もが行きたい場所の空いている時間帯やおすすめの店などを教えた。

もゴヨウも笑顔だった。

(もし、万が一………。)

考えるなと自分に命令しても、最悪のケースを考えてしまう。

――万が一、彼女の笑顔が二度と見られなくなったら。

「ゴヨウさん?」

自分を呼ぶの声に、再びはっと我に帰る。

「……ゴヨウさんの方が倒れてしまいそうですよ。顔、真っ青。」

「…すみません、大丈夫です。」

――何を考えているんです、縁起でもない。

“縁起でもないこと”を考えてしまうと同時に、ゴヨウは実感した。

(ああ、こんなにも。)

――こんなにも、彼女の存在が大きくなっていたなんて。

どうか、手遅れにならないでください。

あなたともっと色々な話がしたい。

あなたに薦められた本の感想もまだ言っていない。

……自分の気持ちだって、言っていない。

まだあなたと離れたくない。

もっと一緒にいたいから、早く笑顔を見せてください。

ゴヨウはひたすら祈り続けた。


どれぐらいの時間が過ぎたのか。

病室内にいたが出て来て、ゴヨウに声をかけた。

「もう大丈夫です。意識も戻ったし、熱も大分下がってきたみたい。」

「そう……ですか………。」

ほっとした様子のゴヨウを見て、は微笑む。

「ありがとうございます、ゴヨウさん。の心配してくれて。、ゴヨウさんに会いたいみたいなんで、よかったら会ってやってください。

私、家に電話してきますね。」

そう言い、はその場を離れた。

ゴヨウはドアをノックし、中へ入った。


「ゴヨウさん……。」

ゴヨウを見たは弱々しく、しかしいつもの笑顔で微笑んだ。

ゴヨウはベッドの脇に座る。

「……頑張りましたね。」

「……うん。」

――よかった。本当によかった。

やがて、が戻って来たのが足音で分かった。

「……今日は、これで失礼しますね。」

本当はずっとここにいたいが、の負担になってはならないとゴヨウは腰を上げた。

「……もう少しあなたが元気になったら、また来ます。そのときあなたに伝えたいことがあるのですが、聞いていただけますか?」

は笑顔で頷いた。

ゴヨウが自分の気持ちを伝えてがそれに応えたのは、それから数日後のこと。


いちおーくっつきました。ゴヨウ&ちゃんへの愛だけは込めました。

ちょっと補足…病院にしかいなかったのは、家族が交代で病院での意識が戻るのを待っていて、この日はの番だったからです。

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