「うー、寒い。」
「早く春になりませんかねー。」
暦の上ではとっくに春、しかし実際はまだまだ冬が続く。
「今日は雪も降るらしいですね……。」
ゴヨウも窓の外を眺め、ため息をつく。
と、ゴヨウのポケナビが鳴った。かけてきた相手は恋人の。
「はい、こちらゴヨウです。」
『ゴヨウさん、です。こんにちは!』
明るい声にゴヨウの表情も緩む。
「こんにちは。」
『あのねゴヨウさん、次のお休みっていつかな?』
「休みですか?」
ゴヨウは四天王控え室の壁に貼ってあるカレンダーを見る。
「えーと…次の木曜ですね。」
『本当!? やった!』
「何かあるんですか?」
『よかったら、うちの近くでお花見しない? ちょうどその頃、桜が満開になるみたいなの。』
「桜?」
こんなに寒いのに、と思ったが、彼女の住むホウエンはここよりずっと暖かいのだと思い出した。
「いいですね。一緒に見ましょう、桜。」
避暑ならぬ避寒。
花見デートというのもなかなか健康的で、彼女の身体にもいいだろう。
ゴヨウは楽しそうに、手帳に印を付けた。
全国的に晴れ渡った木曜日。
相変わらずシンオウは寒いが、ホウエンはきっと絶好の花見日和だろう。
土産にと買った桜餅を手に、ゴヨウはホウエンへ向かった。
「さん、おはようございます。」
「おはよ、ゴヨウさん。タイミングちょうどだったね。」
ゴヨウがの家に着いた時、ちょうども出て来た。
「じゃあ行こっか。すぐそこの道路に穴場があるんだ。あ、家にコート置いてく?」
確かにこの暖かさでコートを着ていれば、むしろ汗ばむくらいだろう。
「では、お言葉に甘えますね。」
「いいお天気でよかったね〜。」
「ええ、本当に。」
軽く手をつなぎ、二人は歩く。
楽しげなポッポのカップルに生まれたてのキャタピー、仔マッスグマ。
周囲は様々な“春”で溢れている。
「ほら。あそこだよ、ゴヨウさん。」
が指差した先には。
「ほお……。」
桜の木は一本だけだがとても大きく、青い空に優しい桃色がとてもよく映えている。
「綺麗ですね……。」
「でしょう? 一本だけなのに、すごい存在感なの!」
しばらく手をつないだまま、二人は無言で桜を眺める。
爽やかな風や優しいお互いの手の感触が心地いい。
だがが疲れてはいけないとゴヨウから「座りましょうか。」といい、桜の真下に腰掛けた。
「本当にいい暖かさですね……シンオウはまだ寒いので帰るのが辛いくらいですよ。」
「そうか、ここよりずっと北なんだもんね。」
一足早く春を味わったゴヨウ、しかしシンオウの春にはまだ遠い。
「そうだ、いいこと思い付いた。」
「何ですか?」
「シンオウに春が来たときは、私がそっちに行く。で、またお花見しよう? 二種類の春が楽しめてお得だよ。」
「ああ、それはいいですね。」
少し遅れてやって来るシンオウの春もまた、が気に入りそうな風景で溢れるだろう。
「…そうそう、忘れるところでした。桜餅を買ってきたんで、一緒に食べましょう。」
ガサガサ、と手提げから桜餅の入った紙袋を出すと。
「え 、桜餅!?」
その言葉は、嬉しさというよりも驚きから発せられた。
「どうしたんです? ひょっとして苦手でしたか?」
「ううん、そうじゃなくて。」
もハンドバッグから紙袋を出す。
「母さんが作ってくれたの。二人で食べなさいって……。」
中身はこちらも、桜餅ふたつ。
二人は顔を一瞬見合わせ、クスッと笑った。
「では、一つずつ頂きましょう。」
「うん!」
桜を眺めながら、一緒に桜餅をほおばる。そんななにげないことが、大切な二人の幸せ。