「行ってきまーす!」
「あ。待って、。」
クロガネに行こうとするを呼び止めたのは、彼女の母親。
「何? お母さん。」
「クロガネ炭坑に行くんでしょう? このお菓子を皆さんに持っていって頂戴。」
そう言って、に紙袋に入ったホウエンクッキーを差し出した。
「なんで?」
「なんでってあんた、いつもいつもお忙しいのにあんたに付き合ってくれるんでしょう? 何かお礼をしないと申し訳ないわ。」
――そうなんだ。
こういった“大人流”の遠慮や気遣いは、にはまだ今一分からない。
「うん、分かった。みんなに渡しとくね。」
「あまり迷惑をかけないようにね。忙しそうにしてらしたら無理言わないのよ。」
「は〜い!」
「……と言うわけで、うちのお母さんから預かったお菓子です!」
その日の仕事を終えたばかりの炭坑夫たちから「おおーっ!」と歓声があがる。
「ちゃん、1人何枚?」
若手の1人が尋ねる。
「多分2枚は確実にあると思いまーす。」
男たちはから配られるやいなや、嬉しそうに食べ出した。
「すごい……みんなよっぽどお腹空いてたんですね。」
「それもあるけど……みんなホウエンなんて滅多に行かないから、てのもあると思うな。」
からクッキーを受け取ったヒョウタが言う。
「うん、美味しい。ありがとう、ちゃん。みんな嬉しそうにしているから、良かった。」
こき使いたい訳ではないが、いつも半ば必然的にこき使ってしまう。
炭坑のメンバーに若干の負い目があるヒョウタは、“みんなが喜んでいること”を嬉しく思う。
だが、は少し違うことが気になっていた。
「ヒョウタさんは?」
「え?」
「ヒョウタさんは、嬉しかったですか?“みんな”は抜きで。」
じっとヒョウタを見ながらは言う。
ヒョウタはそんなの様子に若干照れたが、
「うん、嬉しかったよ。ありがとう。」
と、笑顔で言った。
「そっか……。」
「え? 何か言った?」
「ううん、何でもないです。」
――ヒョウタさん、嬉しかったんだ。
「こんにちは!」
それから数日後、は再び荷物を抱えてクロガネに来た。
「ちゃん、こんにちは。どうしたの? 凄い荷物だね。」
「えへへ、あのねヒョウタさん。」
「うん。」
「来る途中で寄り道して、ゼリー買ってきたんです。みんなの分買ってきてしかもドライアイス貰ってきたから、荷物多くなっちゃった。」
「へえ……ええ!?」
当然ヒョウタは驚く。
1人で何十人分ものゼリーを持ってきたというのだろうか。
いや、もちろんポケモンで飛んで来るけど、それでも相当の体力を消費するだろうし、それに……。
「そんなにいっぱい……高くなかった?」
「あ、大丈夫です。ホウエンのお菓子って基本他の地方より安いんですよ。それにセール中でしたし……あ、でも味はちゃーんとおいしいです!」
「そ、そうなの?」
いくらセール中だからって14歳の女の子が気軽に買える値段じゃないんじゃ? とヒョウタは思ったが、
せっかく買ってきてくれたのにそれ以上何か言うのはケチをつけるみたいだし、
何より周りにいる仲間たちがすでに大喜びで他の仲間に言いに行った。
「ありがとう、ちゃん。ありがたくいただくね。」
「はいっ。」
そして、それからというもの………。
「今日はジュース買ってきましたー!」
「ありがとう、ちゃん。」
「今日はおせんべいでーす!」
「あ、ありがとう。」
「お団子どうぞ!」
「……あ、ありがとう。」
……といった調子。
いくら何でもこんなに毎回大量の差し入れを貰うのは悪いし、何かおかしい。
今まで一度もはこんな事をしなかったのに、何故急に?
「じゃあね、ヒョウタさん。また来まーす!」
「あ、ちょっと待った!」
夕方になり、ホウエンに帰ろうとするを呼び止める。
「なんですか?」
「あの…さ。差し入れの事だけど。持ってきてくれるのは嬉しいけど、毎回持ってこなくてもいいんだよ。」
「え……。」
の表情が少し陰ったのを見たヒョウタは慌てて付け加える。
「あっいや……値段とかもあるし、重いだろ? 悪いから、無理しなくていいよって事なんだけど……。」
「……だって、ヒョウタさんが嬉しいって言ったから……。」
「え?」
「ヒョウタさんがお菓子もらうと嬉しいって分かったから、いっぱい嬉しくなったらいいなって思って。」
しゅんとした様子ではそう言う。
(……え、てことはちょっと待って。)
ヒョウタは自分の顔が赤くなるのが分かった。
――僕のため?
そして、の気持ちが嬉しかった。
「ありがと、ちゃん。僕はその気持ちだけで嬉しいよ。それに……。」
「それに?」
「………なんでもないや。」
「え…ええーっ。気になる〜!」
――ちゃんが来てくれるだけで、僕は嬉しい。
それを本人の前で口に出すのは、だいぶ恥ずかしかった。
ちなみにの収入源……たまにやるポケモンバトルと父親からのお駄賃