「あれ……降ってきたかな。」
クロガネ炭鉱から出ようとした矢先、がぽつりと呟いた。
「え、雨?」
隣にいるヒョウタは耳を澄ませ、首を傾げる。
「聞こえないけど……。」
「匂いですよ。雨で土が濡れまくったときの匂い、しません?」
に言われ、ヒョウタは匂いをキャッチしようと鼻をひくひくとさせた。
「あ、言われてみれば……。」
逆に言われなければ分からなかった。の野生スキルを久々に実感する。
そうこうしているうちに炭鉱の出口へと二人は近づいていて、微かに雨音も聞こえてきた。
雨音はだんだんと大きく近くなってきて――。
「うわ……。」
外に出て気付いたあまりの豪雨っぷりに唖然として言葉が出ない。
「こりゃーしばらく戻れないな……弱くなるまで雨宿りしていこうか。」
「ですね。」
ところが待てど暮らせど雨は弱まる気配を見せない。
「へくしっ。」
「寒い? ちゃん。」
何度かくしゃみをする、止まない大雨、家まではダッシュで30秒。
これらの条件から導き出されることは――。
「……濡れるけど僕の家まで走ろう。大丈夫?」
「大丈夫です。」
未来の研究者である野生児にとって、単なる豪雨など敵ではない。
「――よし、行くよ!」
ヒョウタも覚悟を決め、二人同時に炭鉱の入口を飛び出した。
「ふぅ。」
「うへー、びしょびしょ。」
玄関で服の裾を絞るが髪からもズボンからも水は滴るため、あまり意味はない。
「待ってて、とりあえず急ピッチでお風呂沸かしてくるから。」
たまたま玄関近くに干してあったバスタオルをに渡し、ヒョウタは風呂場へ向かう。
「あ、ありがとうございます。」
――そういえば、ヒョウタさんのお家に入るのははじめてだ……。
一目でだいたい見渡せるワンルームはきちんと片付いていて、対称的な自分の部屋を何となく情けなく感じる。
かと思えばちょっとした棚や机には化石標本などが飾られていて、その“らしさ”にクスッと笑う。
「あ、テレビの上……。」
二つの写真立て、一つは炭鉱夫のメンバーとの写真でもう一つは家族写真だろう。
強そうな父親に優しそうな母親、幼いヒョウタが笑顔で写っている。
両親はシンオウの違う町に住んでいて、父親はそこのジムリーダーをしているとそういえば以前聞いた。
「凄いなぁ、一人暮らし。」
「ごめんちゃん、もうすぐ沸くからその辺座って待ってて。」
「はい。あ、テレビつけていいですか?」
この雨はいつ止むのか知りたい。せめて小雨にならないとポケモンが飛べない。
テレビをつけるとちょうどタイミング良く、画面の向こうのアナウンサーが「次はお天気のコーナーです」と告げた。
「シンオウ地方は激しい雨が降り続いており、先程大雨警報と高潮注意報が発令されました。シンオウ在住の皆さん、くれぐれも波に乗ったり空を飛んだりしないで下さい。この大雨は明日の明け方頃まで降り続く模様です。」
「……どうしようヒョウタさん。私今晩家に帰れません。」
泊まっていってもいいですか?
(一応)女子であるの言葉に、ヒョウタは持っていたタオルをバサッと落とした。
「ヒョウタさーん、お風呂お先でしたー。」
「あ、う、うん。」
結局をこの状況で外に放り出す訳にはいかず、一晩泊めることになった。
風呂上がりのほかほかと温かそうな彼女を直視出来ず、ヒョウタは目線を逸らす。
年下の友達で妹のような存在とは言え、やはりは女の子で自分は男で……
……という考えそのものに罪悪感を抱いてしまい、ますますを直視出来なくなる。
「……ヒョウタさん? お風呂入らないと………。」
「ああ! そ、そうだね。入ってくるから適当に過ごしてて。」
「はーい。」
うろたえていることを隠すように風呂場に滑り込む。脱衣所の鏡をふと見ると真っ赤な自分の顔がそこにあって――
――バカかなぁ、僕……。
ヒョウタが風呂から上がると、疲れていたのかは眠っていた。
悶々としていた自分と違っては何とも思っていないのだろう、仮にも男と二人きりの状況で眠れるということは。
「……ホントにバカかな、僕………。」
はヒョウタのことを男として意識など全くしていない、という動かぬ証拠。
「僕一人が気にしているの、バカみたいだな。」
すやすやと平和そうに眠りこけるを見て、ヒョウタはため息をつく。
――まつげ長いな……肌も綺麗。意外と白いし……。
普段見慣れているはずの顔なのに、改めて間近で見ると色々なことに気が付く。
じろじろ見るなとたしなめる心の声は聞こえず、無意識に柔らかそうな頬へヒョウタの手が伸び――
「……ん〜〜……。」
……目を覚ましたが一番に見たものは、ヒョウタが自分と反対側の壁に張り付いている光景だった。
「ヒョウタさん? どうしたんですか?」
「いいいや、何でもないよ。何もしていないよ?」
「…そうですか?」
「ああ、おなか減ったでしょ。何か適当に作るね!」
声がいつもより大きくなっているのが自分でも分かった。無意識に心臓の音を隠そうとしているのだろうか。
――どうしよう。
これから、彼女のことを今までのように女友達と思えるのだろうか。
まさか自分が「男子が悶々とする話」を書けるようになっているとはww