happy -- surprise





「ねえ、次の日曜にお祝いパーティーをしない?」

とある日の朝、陽の光が爽やかに降り注ぐ街角で突如そんな提案をしたのは、カレンだった。
朝の挨拶もそこそこに、突然勢いよくそう告げた幼なじみに少々面食らいながらも
雑貨屋の横に置いてあるベンチへ腰を下ろしたリックは、当然とも言える質問を返す。

「お祝いパーティー…って、一体誰の?」


そんなリックの問いかけに、カレンはニッコリと鮮やかな笑顔を浮かべ口を開いた。

「あのね、昨日の夜…酒場でクレアと一緒に飲んでいたんだけど、その時にクレアとピートが
牧場を始めた頃の話になったの。覚えてる?最初にピートが町に来て、その後クレアがやって来た。
ほら…二人ともそれぞれ事情があって、一緒に牧場の仕事を始めることになったじゃない?
二人で牧場を始めた最初の日…言うなればあの牧場の誕生日が、丁度次の日曜らしいのよ。
だから、どうせなら何か記念になるようなことがしたいなぁ…と思ってね。」

「なるほど…いいかもしれないな。 俺もあの二人には色々と世話になってるし
そういうことなら、喜んで協力するよ。」

そう言って頷いたリックの背中をカレンは嬉しそうにバン…と叩き
「さすがリック、話が分かるわね! そうと決まったら早速、町長さんに話を付けてくるわ!」
ベンチから立ち上がると駆け出した。

そんなカレンの後ろ姿を見送り…
「まったく…いつも 思いついたらすぐ行動、なんだから。」
リックは、笑いながらそう呟いた。


**


カレンの提案を聞き、喜んだ町長はそのままカレンと一緒に町の人達の家を訪ねて回り
その日の夕方には、既に町中の人間が次の日曜に行われるパーティーの計画に胸を躍らせていた。

例えば牧場の隣にある養鶏場『にわとりりあ』では、その夜遅くまで灯りが消えることなく…
時折、談笑する声が聞こえていたし、宿屋の厨房からは営業時間が終わった後なのに
良い香りが漂っていたり…など主役の二人を驚かせるため、二人に気付かれないよう内緒で
プレゼントの用意や料理のメニューを決めていたり、といった具合に。

それは、真面目で人当たりが良い二人の人徳によるものなのか…それともこの町の人々が
大の祭り好きであるせいなのか、とにかくその日からミネラルタウンの住人全員が、コッソリと
楽しそうにパーティーの準備を進める様子が、町中至る所で伺えた。


「町長さんに相談したらね、どうせなら広場を使って盛大にやろう…って事になったの。
時間や準備なんかの細かい連絡は、ハリスさんがパトロールがてら各家を回ってくれることになってるし
以前、町長の家に住んでいたカメラマンのカノーさんに当日来て貰えるよう連絡を取ってくれるって!
そうしたらみんなで記念写真が撮れるじゃない? 町長さんに大感謝よ!」

数日後の昼下がり、楽しげに勢いよくそう話すカレンへ煎れたてのコーヒーを手渡しながら
リックは暖炉の前に置かれたソファーへ腰を下ろした。

「それで、カレンは二人に何をプレゼントするんだ?」

「私? 私はね…」
カレンはそこで一旦言葉を止めると、ちょうど階段を下りてきたポプリに向かって手招きをする。
軽い足音を立て二人の居るソファーへとやって来たポプリは、手にした大きな布をカレンの
目の前に差し出すと、ニッコリと微笑んだ。

「ほら、ここまで進んだよ! 後もう少しだね。」

「わあ、頑張ったじゃない!」

顔を見合わせて笑う二人の手元を覗き込んだリックは、布の上を鮮やかに彩る美しい花々や
牧場にいる可愛らしい動物達を目にし、思わず『へえ…凄いじゃないか!』と感嘆の声をあげた。

「普段でも気軽に使える物がいいかな…と思って、テーブルクロスを贈ることにしたの。
もちろん一人で縫うのは大変だから、ポプリちゃんと相談して…ね。
下絵は私の父さんに描いて貰って、母さんに刺繍のやり方を教わって…
ここまで二人で一生懸命頑張ったのよ。」

「カレンちゃんのお父さんって凄いのよ!何も見ないのに、素敵な動物とかお花を
真っ白な布の上にサラサラ〜っと描いちゃうんだもん!カッコ良かった。」

その時の様子を思い出したのか、興奮したように目を煌めかせ言葉を紡ぐポプリを見て
カレンの頬が、ほんのりと赤く染まった。

「まぁ、絵は父さんが胸を張って自慢できる唯一のことだからね。」
口ではそう言いながらも、そんな父の特技を彼女が誇りに思っているのは
傍で聞いているリックにもよく分かっていたので、特に何も言わず彼は笑って頷いた。

「それにしても…ジェフさんの絵も勿論凄いけど、二人も意外と器用なんだな。
動物も花も凄く丁寧に縫えているじゃないか。」

手元の布をまじまじと見つめそう言ったリックに
「お兄ちゃんってば、意外と…は余計よ。 」
と呟きながらポプリは頬を膨らませる。

「動物はカレンちゃんが、お花はポプリが縫ったのよ。
仕上がったら綺麗にアイロン掛けをして…後で家のお母さんが布の縁に小さなレースを
付けてくれるんだって。」

そう言って手元の布をギュッと胸元に抱き寄せ、完成するのが楽しみ…と
目を細めたポプリの頭をポンポンと撫で、リックは微笑む。

「そういえば…リックは何をプレゼントするの?」

思いついたように尋ねたカレンの問いかけに、リックは部屋の奥に立てかけられた
木の板を指でさした。

「俺は、牧場の案内板を新しく作り直してあげようと思って。
今使っている奴が、この前の風で大分痛んできた…ってピートが言っていたからね。
ゴッツさんに加工して貰った木に、牧場の名前を入れて…今そこで乾かしているところ。」

「へえ…素敵なプレゼントじゃないの! やるわね、リックも。」

「お兄ちゃんにしては、気が利いたプレゼントだよね。」

丁寧に作られたそれを眺めながらそう言った二人に、リックは一瞬 「…ん?」と考え込む表情をして
「お兄ちゃんにしては…は余計だ。」そう言い、隣に立つポプリの額を軽く指で弾いたけれど

「…二人とも、喜んでくれると良いね。」
額を抑え、優しい口調で呟いたポプリに 「そうだな。」 と笑顔で同意した。


**


その頃、ミネラル医院では午後の診療を終えたドクターが椅子に座ったまま大きく背を伸ばしていた。
診察室の奥にある簡易キッチンから、コーヒーの良い香りがフワリと漂ってくる。
暫くしてトレーの上へコーヒー入りのカップを乗せ、やって来たエリィがデスクの上に湯気の立つ
カップを置くと、ドクターは上に伸ばしていた両手を下げ身体を起こした。

「お疲れのようなのでコーヒーにしましたよ。」

そう言って微笑んだエリィに、ありがとう…と礼を言って彼はそれを一口飲み
窓から入る夕暮れの光にほんの少し目を細め、思いついたように口を開いた。

「そういえば、今週末に広場でパーティーを行うって話…聞いたかい?」

「ええ、先日ハリスさんから聞きました。 家でもユウが張り切っちゃって!
なんでも、当日カーターさんの伴奏でメイちゃんと一緒に歌とダンスをプレゼントするらしいんです。」

張り切る弟の姿を思い出したのか、彼女は口元に手を当てクスクス…と笑みを零した。



「プレゼント…か。 エリィはもう用意した?」

更に質問を重ねるドクターに、彼女は 「ええ、ちょっと待ってくださいね。」
そう言って受付のテーブルから小さなバッグを持ってくると、中から二枚の布を取りだした。
鮮やかなワインレッドカラーの無地が一枚、もう一枚は白地に淡いピンクのチェック模様がプリントされた
それは、どちらも外側部分が丁寧に縫われてあり端には二人の名前の頭文字なのだろう…
『P』 と 『K』 というアルファベットが刺繍されている。

「お祖母さんに作り方を教えて貰いながら、スカーフを作ってみたんです。
二人分、色違いで端に名前の頭文字を入れてみたんですけど…こういうのってなかなか難しいですね。
でも、あの二人にはいつも綺麗なお花を貰ったり本当にお世話になっているので、感謝の気持ちを込めた
手作りの物を贈りたくて…」

エリィが机の上に置いたスカーフを手に取ったドクターは、何かに気付いたように口元を緩めた。

「ふむ、でも…こっちのスカーフには感謝の気持ち以外のモノも込められているみたいだが…」

「…え?」
と不思議そうな表情で首を傾げるエリィに見えるよう、スカーフの端を指さす。

「ほら、ここ…Pという頭文字が縫ってある方のスカーフには、小さなハートマークが付いているから。」

心なしか楽しげな表情を浮かべつつも冷静なドクターとは対照的に、エリィの顔はみるみるうちに
赤く染まっていき、慌ててスカーフをドクターの手から奪い取ると、そのままバッグの中にしまい込んだ。

「そ、そんな細かい部分まで見ないで下さい! 別に私、そんなつもりじゃ…ありません!
そういうドクターこそ、クレアさんに渡す方のスペシャル栄養ドリンクは綺麗にラッピングして
あるじゃないですか!しかも…それとは別に、お花まで用意してあるのも知っているんですから。」

エリィから思わぬ反撃を受け、今度はドクターの方が真っ赤になった。
彼にしては珍しく、慌てふためいたような声で 「わかった…わかったから。」 と言いながら
真っ赤に染まった頬や口元を掌で押さえる。

そんなドクターの姿を見て、少しは落ち着いたのか…
「コーヒー…冷めてしまったみたいなので、煎れ直してきます。」 と言ってキッチンへと向かう
エリィの後ろ姿を眺めつつ、赤くなったままの頬を押さえながらドクターは
『この話題は藪蛇だったか…』心の中でそう呟いた。


**



夜になった宿屋の二階では、同室のカイ・クリフ・グレイ…が一日の仕事を終え
部屋で顔を合わせるなり、やはりその話題で盛り上がっていた。

「なぁ、日曜のパーティーってカイが料理作るんだろう? 楽しみだな!」

さっき夕食を食べたばかりにも拘わらず、ニコニコと笑顔になるグレイに
「言っておくけど、グレイのためのパーティーじゃないんだからね。」と突っ込みを入れながら
クリフもまた笑顔になった。

「ああ、でも…メインの料理担当はランとダッドさんとアンナさんだよ。
俺はデザートのケーキ担当。でも、特別豪華な特大の奴を作るから楽しみにしててくれよ。」

「…町の料理名人達が作る料理と、カイ特製の特大ケーキ。
俺、絶対に当日の朝飯抜こうっと。」

両方の拳を握りしめ…そう呟くグレイに、笑いながらカイは言葉を続ける。

「材料もさ、色んな人に協力して貰ったんだ。
例えば、ケーキに使う牛乳はムギさんの牧場からだろ?…卵はリリアさんの養鶏場からだし
その他の材料でちょっと今の時期手に入りにくい物はグルメマンに手配して貰ったんだ。
偉い評論家の先生だって聞いてたから、ダメ元だったんだけど…意外と気さくな人なんだな。」

「まぁ、毎年料理祭で町に来ているからね。」

それはきっとグルメマンがカイの料理を食べてみたいからに違いない、とクリフは心の中で
思ったけれど、感心しているカイに水を差すのも…と思い、あえてその部分には触れなかった。

「ところで、グレイとクリフは何を渡すんだ?」

カイの言葉に、グレイとクリフは顔を見合わせる。

「俺らは二人で合作なんだ…正確に言うと俺の爺さんも、だけど。」

照れたように苦笑しながらそう口を開いたグレイを横目に、座っていた椅子から立ち上がったクリフは
ベッドサイドに置いてある紙袋の中から、木で出来た時計を取り出した。

鄙びた味わいのある色合いの樹には葡萄の果実や葉、そして小鳥などの細かな装飾が施され
時計となる中央の文字盤部分はシルバーで加工されており、端には二人の名前が刻印されている。

「実は、ワイナリーにもう花や実を咲かせなくなってしまった古い葡萄の樹があるんだ。
デュークさんは、このまま生やしておいても他の樹が栄養を取られるだけだから切ってしまおうって
言っていたんだけど、とても立派な樹だから何か別なことに使えないかな、と思って。
そんな時に…お祝いパーティーの話を聞いたから、これだ! と思ってね。
デュークさんに許可を貰って切ったその樹を使い、壁掛け時計をグレイと一緒に作って
プレゼントすることにしたんだ。 」
「そう…中の時計は俺が作って、外側の飾り木部分はクリフが作ることになったんだけど
時計の細工って難しくてさ、爺さんからダメ出しのオンパレードだよ。」

「僕の方も葡萄の樹って凄く硬くて丈夫だから、なかなか飾り彫りが難しくて…おまけに花も実も
今の季節見ることが出来ないから、バジルさんに頼んで植物図鑑を貸して貰ったんだよ。」

「へー…凄いじゃないか!葡萄の樹で作った時計なんて洒落てるな。」

感心したような表情でテーブルの上に置かれたそれを眺め、何度も頷くカイを見たクリフとグレイは
照れくさそうに一瞬俯いたけれど…次の瞬間、クリフが思い出し笑いを始めた。

「それにしてもグレイってば、文字盤に二人の名前を入れるとき…特にクレアさんの名前の時に
めちゃめちゃ緊張して指先が震えてるんだもん…見ていられなかったよ。」

クリフの言葉を聞いたカイが堪えきれず吹き出したのを見て、真っ赤になったグレイが負けずに言い返す。

「な、何だよ!!そういうクリフだって、細かい飾りが気に入らない…って何度もやり直してたじゃないか。
おかげで爺さんに、お前も少しはあの丁寧さを見習え…なんて小言をいわれたんだからな!」

「せっかくプレゼントするんだから、装飾も凝った方が良いと思ったんだよ!」

目の前で繰り広げられる子供のようなやり取りに、とうとう大声で笑い出したカイは

「それ…絶対二人とも喜ぶって。 俺も甘い特大ケーキに力一杯愛を込めるかな。」
外したバンダナを握りしめ、そう呟いた。


**


賑やかな声で溢れる二階とは対照的に、酒場の営業を終え…さっきまでいた客も全員
帰った後の一階では、忙しそうに後片付けを行うランの姿があった。

「父さん、こっちは全部片付いたよ!」

厨房の方に向かってそう声を掛けると、洗い物を終えたダッドが手を拭きながら
「おう、ご苦労さん。 もうこっちも終わるから、あがっていいぞ。」
とカウンターへ向かいながら返事をする。

「うん、じゃ…お先に。」

そう言って大きな伸びをしたとき、入り口のドアが遠慮がちに開かれ
「こんばんは、夜分遅くにゴメンね。」
そう言いながら、入ってくるマリーの姿が見えた。

「あれ? マリーが夜ここに来るなんて珍しいね。バジルさんだったら丁度さっき…」

毎晩ここへ酒を飲みに来る父を迎えにきたのか、と思い声を掛けるが
マリーは口元へ笑みを浮かべ首を振った。

「ううん、パパを迎えに来たんじゃなくて…ちょっとランちゃんに用事があって来たの。」

「え、私に?」

思いがけないその言葉に少々驚きながらも、ランは入り口近くの椅子に座り…
マリーもどうぞ、と隣の椅子を勧めた。

「それで、私に用事って?」

「うん、あのね…日曜日に、ピート君とクレアさんのお祝いパーティをやるでしょう?
私は二人にお話を書いてプレゼントしようと思うんだけど、その本の挿絵をランちゃんに
お願いしたくて。」

ニコニコと笑顔で話すマリーに、ランは今度こそ驚いたように口元を抑え…目を丸くした。

「ええ!?…でも私、本の挿絵なんて描いたことないし…無理だよ。
それに絵だったらジェフさんに描いて貰った方が良いんじゃない?」

そう言いながら慌てたように両手を振るランに、マリーはすぐ横のテーブルの上に置いてある
メニュー表を開き、中に描いてある動物のイラストを指でそっと撫でる。

「このイラストを描いたのってランちゃんでしょう?
今回の話はね、最初荒れ果てて何もない場所を一人の男の子と一人の女の子が頑張って
緑や動物で溢れた場所にしていき、最後に動物達からありがとう!って感謝される物語なの。
この前、ここでランちゃんの絵を見たときイメージにピッタリ!と思って…だから、お願い!」

そう言って両手を合わせ頭を下げたマリーを前に、暫く考え込んでいた様子のランは

「わかった、上手く描けるか分からないけど…一生懸命頑張るよ。
マリーが二人にプレゼントする素敵な物語だものね。お話のモデルはあの二人、なんでしょう?」 
と言い、優しい笑顔になった。

嬉しそうに顔を輝かせ頷きながら「うん、その通り。ありがとう!」とお礼を言うマリーへ
「そういえば、お話のタイトルはもう考えてあるの?」
とランが尋ねると、マリーは「色々考えたんだけど、どうしてもこれしか思いつかなくて…」
照れたように俯いて声を落とし…


「牧場物語…というタイトルなの。」


そう呟いた後、ニッコリと微笑んだ。


**


その日の深夜、マザーズヒルの中腹にある湖には甘く柔らかな声が響いていた。

「ねえ、いいでしょう!協力してよ〜!」

声とは裏腹に、まるで子供がお願い事をするときのような口調で湖の上にふわりと浮かんでいるのは
泉に住んでいる女神だ。月の光を受けますます美しい色に輝く髪を靡かせ、彼女が視線を向ける
先には湖面に顔を出す河童の姿があり、頭上に音もなく浮かんでいる女神へ顔を向け

「断る…もう帰れ。」

殆ど表情を変えず単語に近い言葉でぼそりと呟くと、河童は女神の視線を避けるように顔を背ける。

「なによう!自分だって、あの二人からたくさんお供え物を貰ったくせに!
私だってあの二人にはいつもお供え物を貰っているし、なにより二人のことが大好きだもの…
何か特別なプレゼント、したいじゃない。」

「………」

俯きながら真剣な表情で呟く女神の言葉を聞いた河童は、暫くの間無言で湖面に写る月を
見つめていたけれど、やがて溜息をひとつ吐き「……わかった。」とだけ簡潔に答えた。

次の瞬間、パッと笑顔になった女神へ背を向け
「…………一度だけだ。」と言い残し、湖の底へと帰って行く。

一人、残された女神は湖面に広がる波紋を見つめ

「そうこなくちゃ!せっかくのお祝いパーティーだもの…パーッと派手にやらなきゃね!」
楽しげにそう呟いた。


**


当日、晴れ渡る青空の下…朝早くから広場ではパーティーの準備が進められていた。

「このテーブルはこっちで良いのか?」
大きなテーブルを軽々と肩に抱えたザクが、会場の飾り付けをしているカレンに大声で尋ねる。

「あ、それは右端に…その周りに椅子を置くから。」

カレンが指で示した場所にテーブルを置くと、その上にテーブルクロスを掛け…
今度は広場の端に積み上げられている椅子を並べた後で、ふう…と大きく息を吐くいた。

「他に力仕事があれば何でも言ってくれよ!ジャンジャンやるからな!」

そう言ってキビキビと動き回る様子を感心して眺めながら、海岸から歩いてきたのは町長とグルメマンだ。
その少し後からはカメラマンのカノーが、懐かしそうに町の景色をレンズに納めつつ歩いてくる。

「なんでもパーティーの料理に使う材料の手配をして貰ったそうで、ありがとうございます。
わざわざお手数をお掛けしてすみませんでしたね。」

そう言ってグルメマンへ頭を下げる町長に、グルメマンは豪快な笑い声を上げながら

「そんなに気にしないでくだサーイ。私も牧場のお二人には料理祭で美味しい物を
頂いてますから…これくらい朝飯前デース。
それに、今日は料理祭に参加したことのない料理人の方がいるそうで…
今まで味わったことのない料理が堪能できるかと思うと、とても楽しみデス。」

そう言って町長の肩をポンと叩いた。

「ああ、それはカイ君のことですね。
彼はまだ若いが料理の腕はかなりのものですから、期待していて下さい。」

ちょうどその時、二人の背後からカイとグレイが特大ケーキの乗った皿を抱え広場へと歩いてくる。
崩したり落としたりすることの無いようゆっくりと運ばれるそれを見た瞬間、グルメマンの目が輝いた。

何段にも重ねられたスポンジにはたっぷりとクリームが塗られ、周りには新鮮そうなフルーツが
美しくデコレーションされている。一番真上には二人の姿や牧場にいる動物達を模した砂糖菓子が
ちょこんと乗せられ、その場にいる全員の気持ちを更に盛り上げた。

素晴らしいデス!…と呟いたグルメマンや、無事にテーブルへと載せることが出来てホッとしている
カイやグレイの姿を見た町長は、楽しげにもう一度頷いた。



「ん〜!ケーキも勿論嬉しいけど、こんなに沢山のお花を飾れるなんて…本当に嬉しい。」

手渡されたカゴへ一杯に詰められた花を一輪手に取り、幸せそうな表情を浮かべたエリィの横で
ランやポプリもまた同じように、はしゃいだ声をあげた。

「本当に綺麗だよね…でも大丈夫なの?ホアンさん。
まさかこんなに沢山お花を持ってきてくれるなんて思わなかったから、びっくりしちゃった!」

いつも商売や損得に関しては余念がないホアンがまさか…と言わんばかりの表情を浮かべ
覗き込むポプリに、ホアンはドンと自分の胸を叩き高らかに言葉を発する。

「あの二人は大事なお得意様だから、今日は採算度外視で協力するアル!
損して得取れ…と昔の人も言っているから、しょうがないアル。
今回の赤字分は、またあの二人から沢山品物を買ってもらって…って、どうしたアルか?」

ホアンの言葉を聞き…クスクスと小さな笑い声をあげる三人に、ホアンは途中で言葉を止め
不思議そうに首を傾げる。

「素直に二人のこと、お祝いしたい…って言えばいいのに。」

楽しそうにそう呟いたランの言葉を聞き、ホアンは真っ赤に染まった頬をフイと横に向けた。


**


やがて準備もあらかた終わった頃、何気なく空を見上げたユウが突如興奮したように
大きな声をあげながら空を指でさした。

「見て!! すっごい…大きな虹だよ!!」

「ホントだ…綺麗。」

「こんなに近くで見るのなんて、初めてだな。」

「晴れているのに、不思議ね。」

ユウの声をきっかけに次々と空を見上げ、浮かぶ虹の美しさに驚きの声をあげたり…
感嘆の溜息を吐いたりしている人々の中、メイが小さな爪先を精一杯伸ばし
すぐ隣に立つカーター神父の服を軽く引っ張ると、屈んだ神父の耳元で囁いた。

「あのね、メイ…女神様がこの虹をプレゼントしてくれたのかな、って思うの。」

カーター神父は可愛らしい三つ編みの少女の顔を覗き込み、優しい笑顔を浮かべながら

「私もそう思うよ。 案外…女神様は今この広場のすぐ近くにいらっしゃるかもしれない。」
小さな声でそう囁き、空を見上げた。

カーター神父が見上げる視線の先には、フワフワと身体を浮かべる女神の姿があり…

「それでこそ、あの頑固者を説得した甲斐があるってものよね。」
悪戯っぽい表情を浮かべそう呟くと、神父に向かって片目を瞑り手を振った。




そして────


何も知らずいつも通り仕事を終えた二人を向かえに行った子供達に、頭へ花冠を乗せられた後
手を引かれ広場に向かったピートとクレアが…集まった人達からの「おめでとう!」という声に
驚きと喜びで顔を輝かせるのは、それからほんの少しだけ先のこと。

大きな虹が鮮やかに輝く空の元、マナとデュークから手渡されたワインで集まった全員が
幸せそうな笑顔で乾杯している様子を町の上から眺めていた女神は、美しい微笑みを浮かべ

「ここは本当に素敵な町ね。」

優しい口調でそう呟いた。


1号館のトップへ戻る。 一気にトップページまで戻る。