「伊作先輩、こんにちは!」

「こんにちは、。」


不運な幸せ


保健委員の3年生、は本日保健委員の当番。

学園全体から“不運委員会”と呼ばれているこの委員会に、彼女は一年生のときからずっと自ら希望して入っている珍しい人間だ。

、悪いけどこの立て札を薬草園に立ててきてくれる?」

「はいっ。」

が渡された立て札を見ると、“お腹用の薬草につき夕飯にするべからず”と伊作の字で書かれてある。

「先輩、これって……。」

「そう。」

伊作は苦笑する。

「この間食堂のおばちゃんがいなかったとき、乱太郎達が間違えて食べちゃっただろ?でも、これでもう安心。」

「そうですね。」


「これでよし、と。」

立て札を立て終えたが保健室に戻ろうと歩き始めたら。

「きゃああっ!!」

悲鳴とズボッという音と共に、彼女の姿が消えた。

……訂正。彼女はそこに掘られていた穴に落ちた。

「だーいせーいこーう。」

「そ、その声は作法委員の綾部喜八郎先輩?」

「当ったり〜。」

は穴から上を見上げる。

穴を掘った本人は、いつも通りの口調に似合わない無表情。

「さすが保健委員、いいカモ……おっと。いい人たちばっかり。」

「あ、綾部先輩、いいカモって言いましたよね、今!」

泥だらけで穴から這い上がったが「ひどいです!」と半泣きの顔で言った。

「だって君ら、目印ついていても落ちてくれるんだもん。下級生だけならまだしも、6年の善法寺先輩まで。」

甚だ失礼な言われようだが何しろ真実なので、は何も言えなかった。

「保健委員会辞めたら穴に落ちなくなるかもよ?」

先ほど彼女が落ちた穴(ターコ3号らしい)を再び落ちる前の状態に戻しながら綾部が言った。

「そんな、辞めるなんて嫌ですよ。」

「だって君が不運になったのは保健委員会に入ってからだって、君のお兄さんの先輩もよく言ってるし。」

「私、不運じゃありません。」

の言葉に綾部は“え?”という表情で振り向いた。

「私不運じゃないんですよ、綾部先輩。兄様にも言っておいてください。」

「……ふーん?」


「ただいま戻りました、伊作先輩!」

「お帰り、遅かっ……また落ちちゃった?」

ある程度の泥は払ったものの、今の彼女の姿はボロボロだった。

「あはは………ええまあ。」

「気を付けないと……って僕が言えたセリフじゃないけど。怪我してない?」

「大丈夫ですよ、なんとか擦り傷だけで」

「って、してるんじゃないか、怪我。」

伊作が見ると、確かにの手のひらには擦り傷があった。

「手当てするから、こっちおいで。」

言いながら伊作は救急箱を用意する。

「え、そんな。大丈夫ですよ、このくらいだったら自分で…。」

顔と手を横にぶんぶん振りながら慌てては断ろうとしたが、

「いいからおいで。左手だと自分でやりにくいだろ?」

擦りむいたのは右手だった。

「お願いします……。」


「綾部君も毎日毎日よく掘るなあ。昨日は数馬も落ちたし…。」

「ああ、それで数馬君、昨日怪我してたんですね。」

「そう。」

不運委員会の名は伊達ではない。

毎日必ず誰かが穴に落ちる、罠にかかる、食事をとり損ねるなどの目に遭っている。

「ここまで不運体質揃いだと、“不運委員会”って呼ばれるのも仕方ない気さえしてくるよ…。」

伊作が溜め息をつき言った。

「そ、そんな!変に悟らないでください!」

慌ててはフォローにまわる。

「そんな風に思っていたら、ますます悪いことが起きてしまいますよ!病と同じで気の持ちようですよ、こういうのも。」

「……うん、そうだね。」

「それに私は、保健委員会に入ってから不運なんて思ったことないです。」

「え?」

伊作がきょとんとすると、はにっこりと笑い、言った。

「私、保健委員でいられて幸せなんです。」

フォローでもお世辞でもましてや嫌みでもない、彼女の本心。

「そうなんだ。」

伊作は目の前にいる3歳下の下級生を素直に尊敬した。

「僕も、みたいに考えられるようになりたいな。どうしたらなれるかな……コツとかあるの?」

伊作が尋ねるとは急に頬を赤らめ、

「…内緒ですっ。」

と言った。

「え?気になるな、そう言わずにちょっとだけ。」

「恥ずかしいから嫌です〜!」

は立ち上がり、部屋の反対側へ逃げる。

「あっ、こら!委員長の言うことに逆らう気か?」

口調と裏腹に楽しそうな様子の伊作がを追いかける。

「こら待てっ。」

「きゃーっ。」

知らない人が見たらいちゃついているバカップルである。

そして、事件は起こった。

「ぎゃーっ!」

ふざけすぎて2人同時に薬草棚へ体当たりし、頭からざばっと薬をかぶった。

「今なんか物音が…どわ!」

「…………。」

いきなりの不運に二人が呆然としているところに、数馬が現れた。


「伊作先輩に!保健室で暴れたりしてまったく!」

「ごめんなさい。」

「ごめんね、数馬。手伝わせてしまって。」

保健室の掃除が終わる頃にはすっかり日も暮れきっていた。

「じゃあ、今日は解散。本当ありがとうね、数馬。」

「いえ、次からは気を付けてくださいよ。」

もお疲れ様。」

「お疲れ様でした〜。」


(結局、コツ聞き損ねたな…。)

(伊作先輩といられるから幸せだけど……恥ずかしくて言えない…。)


ヒロインの下の兄が作法委員なのと本人がよく罠にひっかかるので、

作法メンバーとなんだか仲良しです。

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