「あ、二郭くん?」
自分を呼ぶ声に一年は組の二郭伊助が振り向くと、そこにいたのはくの一の二年生。
前に会ったことがあるが、名前が出て来ない。
「えっと、火薬委員会の……。」
「二年のだよ。二郭くん、今時間ある?」
「はい。」
は何やら小さめの風呂敷包みを持っている。
「今日ね、授業でお団子を作ったんだけど、食べきれなくて余っちゃったの。よかったら食べない?」
「ええ、いいんですか?」
伊助はぱあっと笑顔になった。
何しろ今は放課後、一番お腹が空く時間帯である。
「いっただっきまーす!」
美味しそうな匂いのするみたらし団子を一本手に取り、口に入れた。
「んー、おいしい!先輩、お料理おじょうずで…すね……?」
言い終わるか終わらないかのうちに、伊助は戸部先生のようにゆらりと倒れ、そのまま廊下で寝てしまった。
「大成功……かな?」
は伊助をじっと見て、団子を持ってくの一教室へ帰っていった。
ようやく伊助が目覚めたのはすでに空の色が変わる時間。当然の姿はない。
ワケが分からなかったが、とりあえず忍たま長家に帰った。
なぜか自分と庄左ヱ門の部屋に全員集合している級友たちに、先ほどの出来事を話したら。
「なんかね、くの一の子達の実習なんだって。」
そう言ったのは乱太郎。
「実習?」
「そう、私たちもユキちゃん達にお団子もらって。」
「さっきまで運動場のど真ん中で寝てて。」
「ハナミズがいつもよりいっぱい出ちゃった〜。」
「そ、そうなんだ。」
「ちなみに、ここにいる全員が被害者。」
苦い顔で庄左ヱ門は言う。
「やられちゃった〜。」
あはは、と力なく笑うのは三治郎。
「やっぱりくの一って怖いよな。」
「うん。今日は眠り薬で済んだけど、今度は毒薬かも……!」
「毒薬!?」
庄左ヱ門の縁起でもない予想に、は組の面々はびくっとなる。
「まさか、いくら何でもそれは……。」
「100パーセント有り得ないとは言い切れない。」
11人がそれぞれ真剣な顔になった。
「そう。この学園では、自分の身は自分で守らないと!」
「くの一に何か食べ物をもらっても食べない!」
「できれば近づかない!」
「おーっ!!」
全員で拳を上げ決心する中、伊助は複雑そうな顔をしていた。
――同じ委員会なんだけど。
嫌でもとは度々関わることになる。
(でも、そんなに警戒しないといけないのかな?)
そう思いつつも、“毒薬”という言葉は頭から離れない。
それに、からは初めてだったが、他のくの一からは前にも乱太郎達といるときなどに騙されたり脅かされたりしたことはある。
その度に「くの一って怖いね〜。」
と言い合っていた。
「……やっぱり、あんまりしゃべったりしない方がいいかな。」
そうつぶやいた瞬間、廊下の向こうからが歩いて来るのが見えた。
「わわっ。」
伊助は慌てて引き返す。
だが、すでには伊助に気が付いていた。自分を避けたということも。
団子事件から半月ほど経った委員会の活動日のこと。
「あ、え。」
集合場所にはが一番に来ていた。
伊助は他の上級生が来るまで隠れておこうと思ったが素早く見つかり、謝られた。
「この間のお団子、本当にごめんね。私たち、まさかは組の子たちにここまで怒られるって思わなくて……。」
“私たち”“は組の子たち”ということは、他のくの一も避けられている事実には気付いているのだろう。 「みんなもちょっとやりすぎたかなって反省してるんだ。それに、私二郭君と同じ委員会なのに、このまま避けられるなんて嫌なの。
半べそをかいてまっすぐ自分を見つめるを、伊助は疑うことはしない。
「……実習だから仕方ないです。怒ってたんじゃないですよ。ちょっとびっくりして、怖かったんです。こっちこそごめんなさい。」
友人たちがどうかは知らないが、ここ数日の伊助の避け具合が露骨だったのは事実。
それに、委員会の先輩であると仲良くしていきたいのは、伊助も同じだった。
「……じゃあ、仲直りだね。」
「はい。」
2人がにっこり笑ったその時。
「お、に伊助。お待たせー。」
「何だよ、今日はやけに早いな。」
「久々知兵助先輩、池田三郎次先輩。」
残りの上級生がやって来て、火薬委員が揃った。
「じゃあ、火薬庫に行くぞ。」
「はーい。」
わらわらと歩く途中、隣を歩いていたが声をかけてきた。
「これからもよろしくね。」
「……はい!」
“近づかない”ことができないのは自分だけじゃなかったんだな、とちょっとホッとしたとか。
忍術学園に入学してひと月ほど経ったある日。
「あー、伊助も食べさせられたの?あのお団子!」
(なるべく近づかないって、僕の場合は………)
「二郭くん、ごめんなさい!」
調子がいいって思われるかもしれないけど、仲直りしてほしい。」
その後しばらくしてやっぱりくの一のメンバーと普通に接している乱太郎たちを見た伊助は、
が伊助ちゃんを名前で呼ぶようになるのはこれから少しあとです。