「ああ、ちゃん。ちょうどよかった。」

それは、図書委員のが4年生に進級した頃の話。


お手伝い


「何ですか?雷蔵先輩。」

は今日昼休み中の図書委員の当番ではなかったが、借りていた本を返すために図書室に来たところだった。

「今日の放課後ってさ、何か用事ある?」

は少し考えた後、首を横にぶんぶん振った。

「そう、よかった。頼まれてほしいことがあるんだ。」

「頼まれてほしいこと?」

「うん。」

雷蔵は頷く。

「今度の春、新しい事務の人がきたのは知ってる?」

「はい。」

ちょうど今朝、友人たちとその人物の話題で盛り上がったところだ。

「事務室の書物を整理するそうなんだけど、吉野先生も事務のおばちゃんも別の仕事があって、今日はその人しかいないらしいんだ。
一人だと大変だし、図書委員に手があいている人がいたら手伝ってほしいって吉野先生に言われてね。」

本のことなら図書委員。それは分かる。

でも。

「……なんで私なんですか?」

「僕も中在家先輩も別の用事があるんだ。久作ときり丸は放課後ここの当番だし、頼むよ。」

大変かもしれないけど、と付け足したということは、彼も新しい事務員の噂はすでに聞いているんだろう。

は一言「分かりました。」と言った。


「ふーん。まあでも、小松田さん…だっけ。噂通りの人とは限らないじゃない?」

「その噂を最初に私の耳に入れた人間に言われてもね……。」

と話しているのは、彼女の同い年の従姉妹兼クラスメート兼同室者の

彼女が言うには、例の事務員小松田秀作は随分仕事が下手な人間らしい。

「まあでも確かに、まだ慣れてないだけかもしれないしね。とにかく事務室行ってくる。」

「行ってらっしゃーい。」

は立ち上がり、事務室へ向かった。


「………は?」

は目の前の状況を理解するのに時間がかかった。

事務室の襖を開けた瞬間彼女の目に飛び込んだ光景は、大量の埃、プリント、本、その他事務室の備品らしき物。

それら全てが床の上に散らばって、足の踏み場もない状況である。

更に本棚をはじめとする合計4つの棚が倒れている。

が唖然としていると、呻き声がどこかから聞こえてきた。

「な、何!?」

が耳をすませ注意深く聞くと、奥の棚の下からその声は聞こえてくる。

は床のものを踏まないようにしながら棚のところへ行き、それを起こした。

「はあ〜、びっくりした〜!」

呑気な声をあげたのは、棚の下敷きになっていた男性。なぜか無傷である。

「あなた、もしかして新しい事務員の小松田さん…ですか?なぜ棚の下じきに?」

が言うと、秀作はを見、

「あ〜、君が助けてくれたの?ありがとう。」

と、へらっと笑った。

「あ、いえ……。」

「あ、ひょっとして、お手伝いに来てくれた図書委員の人?」

「はい、4年生のです……じゃなくて!」

いきなり叫んだ彼女を、秀作はキョトンとした顔で見る。

「小松田さん、質問に答えてくださいよ。なんでさっきあんな状況になって、なんでこの部屋はこんな散らかってるんですか?」

「あ〜。それがねえ、先に本の整理を始めとこうと思って本を運ぼうとしたら、床に落ちてた筆を踏んでこけて、さっきの棚にぶつかって、将棋倒しみたいに全部パターンって。」

あはは〜っと能天気に笑う彼は、きっとこの部屋を元通りにするのがどれだけ大変か分かっていない。

は大きな溜め息をついた。


「この書類はこの辺でいいかな〜。」

「ちょ、それ重要そうなやつじゃないですか!何棚の上に置こうとしてるんですか!なくしたらどうするんです!」

「は〜い。」

結局、本の整理の前に二人で部屋の掃除をしている。

は人よりしっかりしている方で掃除も得意だが、秀作は正反対の人間なので結局時間がかかる。

「あ、ねえ。さ〜ん。」

秀作は普通に呼んだが、は少し驚いた顔をした。

「あれ?どうしたの?さん。」

秀作がもう一度呼ぶと、はああそうかと呟き、

「下の名前でいいですよ。この学園にはって名字の人間、いっぱいいるんです。
だからみんな私達のことは下の名前か名字名前両方で呼びます。」

と説明した。

秀作は「へ〜。」と頷き、

「そういえば、先生っていたねえ。あ、用具委員の君にもこの間会ったっけ。」

――そんなに会っているのなら、その二人もみんなから下の名前で呼ばれていることに理由も含めて気付いてもよさそうだけど。

は思ったが、口に出すのはやめておいた。


「はあ、なんとか片付いたねえ。」

「全然片付いてないですよ。」

笑顔の秀作と裏腹に、は難しい顔をしている。

「え〜、そう?元通りになったと思うけど…。」

確かにそれはそうだ。

倒れた棚も元通りだし、床も掃いた。

でも。

「思い出してください。私はそもそも何の為にここに来たんですか?」

「えーと…事務室の本の整理……あ!」

「そうです。」

整理するべき本は全て床に落ちた為、床を掃く前に「とりあえず全部入れちゃおう!」と適当に本棚に詰め込んだ。秀作が。

「もう夜だし……続きは明日にしようか。」

明日という単語に、は若干の不安を感じる。

吉野先生は明日はいるだろうか。

図書委員に手があいてる人はいるだろうか。

出来ればこんな大変な作業はもうやりたくなかった。

「……明日はちゃんとしてくださいね。私も頑張りますから。」

「うん、頑張ろうね〜。」

なぜそう言ったのか、は自分でも分からない。

「じゃあ、また明日ね、ちゃん!」

行きたくないけど乗りかかった船だからしょうがない、とはくの一長屋に帰っていった。


しっかり者の妹とちょっと頼りないお兄ちゃん……萌(ry)

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