冬の寒さが一段と厳しく、いやでも後2ヶ月の我慢だと人々が歯を食いしばるこの時期。
ミナモデパートの一角に出来たあるコーナーでは楽しそうな様子の女性達がバレンタインチョコレートを選ぶ季節。
その女性達の中に、恥ずかしそうにこっそりとチョコを選ぶの姿もあった。
そして2月14日。
はいつもと違い、バトル中以外はずっとそわそわと落ち着かない。
その様子をミクリが不思議に思わないはずがなく、何回か「どうした?」と声をかけたが。
はその度に周りを見ては「あ、後でいいです!」と、逃げていった。
そうこうしているうちにミクリは気が付いた。今日の日付に、の挙動不審の理由に。
そして、緩む口元を思わず手で覆った。
――どうしよう……。
今日に限って、挑戦者が多くて休む暇もない。
休憩時間がミクリと被ってもほぼ必ず他のジムトレーナーが近くにいる。
チョコを渡すのは二人きりの時でないと困る、恥ずかしいから。
そんな理由では朝からためらい続け――
気付けば夜、本日最後の挑戦者が負けてすごすごと帰っていく時間。
「お疲れ様ー。」
「お疲れ様でしたー。」
他のジムトレーナーも仕事を終え次々と帰っていく中、はミクリのいる事務所に入るタイミングを逃し続けていた。
「。」
「ひゃっ!」
――訂正、事務所にいるとばかり思っていたミクリはバトル場にいた。
「今日バトル中以外ずっと様子がおかしかったが、何かあったのか?」
分かりきっているがあえて聞く理由は、もちろん楽しいから。
ミクリは表情には微塵も出さずに、恥ずかしそうにしているの様子を心底楽しんでいる。
「……あのミクリさん、実は今日…その。」
朝からずっとチャンスを伺っていた。初めての彼氏に渡す、初めての本命チョコ。
後ろ手に隠した、大好きという気持ちの結晶。
心臓が動きすぎてうるさい。顔が、手が、熱い。
――変な顔していないかな、ていうかチョコ溶けないかな。
頭はぐるぐるしながらも覚悟を決めた、その瞬間――
「こんばんはー、宅急便でーす。」
……何と言う間の悪さ。出ない訳にもいかず、ミクリは玄関へ向かった。
「……た、」
――宅急便空気読んでよ!
――いい所だったというのに……。
二人が心の中で罪のない宅急便業者を呪ったのは言うまでもない。
そして更に空気を読まず、段ボール箱の中身はチョコだったりする。
「ミクリさん……チョコいっぱい貰うんですね。」
箱を開けた瞬間目に飛び込んできた、いくつもの色とりどりの高そうな包み。
後ろに持ったままの自分のチョコを、無意識にぎゅっと握る。
「……こら、潰れるだろう。」
いつの間にかミクリが後ろに来ていて、の手をそっと包んだ。
「私にくれるやつじゃないのか?」
「あ………。」
の手から力が抜けて、チョコはそのままするりとミクリの手へ。
「ミナモデパート、で買ったんです……。」
「うん。」
「だけど、今届いたチョコ……包み紙からしてどれも綺麗で高そうな……って……。」
彼氏が他の女性からチョコを貰った(というより、送り付けられた)ことよりも。
自分が買ったものよりも綺麗で高級感溢れていることの方がショックだった。
だって、もしそれらが自分のチョコより何倍も美味しかったら彼女としての立場が無い。
それに、この中には本命も混ざっているのではないだろうか――。
「……。」
「………はい。」
「のところは妹さんも多いし、このチョコ食べ切れそうか?」
「……え。」
「一度に持って帰るのは無理だから、小分けして……」
「ま、待ってください。これって全部ミクリさん宛ての……」
「私はこれしか要らないから。」
そう言って顔の高さに掲げたのは、のチョコ一つ。
「だから、心配は要らない。」
(……ああ。この人は、全部分かってしまったんだ。)
――私が不安がっていたことも、自分に今ひとつ自信が無いことも。
「……ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
――それだけ好きでいてくれるんだ。
そのことに気が付いた瞬間、さっきまで感じていた不安は消えてしまった。