予算会議帰りの用具委員長・食満留三郎は、後輩の姿を見つけ、声をかけた。
「おう、。」
「留先輩。」
「どうでした? 予算会議。」
「現状維持だ。悪い意味で。」
「はあ…。」
がっくりと二人同時に肩を落とす。
「あひるボートの修理代が……くそ文次郎め。」
悪態をつく留三郎。
は落ち込んでいたが、くっと顔を上げる。
「決まっちまったもんはしょうがないです。これ以上会計委員会と喧嘩するとますます色々壊れそうだし、現状のまま何とかやりくりしますよ。」
用具委員副委員長のは、会計係も兼ねている。
「……そうだな。頼むぞ!」
留三郎はの背中をばんばん叩く。
「ててっ。分かりました!」
留三郎との2人は、お互い1年生の時からずっと用具委員に所属している。
2年前に留三郎が委員長、が副委員長にそれぞれ就任してからは文字通り二人三脚で用具委員会を引っ張ってきた。
今でも、お互いにとって相手が頼れる大事なパートナーであることに変わりはない。
「よし、そうと決まれば作戦会議だ。俺の部屋でいいよな?」
「はい。」
作戦会議、と言っても茶でも飲みながら気楽に話すのがこの2人のパターン。
「あ、ー!」
少し遠い場所からを呼ぶのは。
周りには他の五年生たちも揃っている。
「よー、お前ら!」
「、俺らこれから町へ行くんだけど、お前どうする?」
そう尋ねたのは兵助。
「悪い、私これから留先輩と作戦会議なんだ。」
「そうなんだ、なら仕方ないね。」
「また今度の機会に、だな。」
「じゃあな、頑張れよー。」
「行こーぜ、。」
「うん、じゃあね。」
「おー、行ってらっしゃーい。」
は6人にひらひらと手を振る。
「じゃ、行きます?………って、留先輩?」
留三郎は今しがた去っていった6人の方をじっと見ていたが、が声をかけるとぽつりと言った。
「お前ら五年ってさ、仲いいな。かなり。」
「へ?」
「何て言うか……しょっちゅう一緒にいるだろ?」
「ええ、まあ……。先輩たちも似たようなもんじゃないですか?」
なぜ留三郎がいきなりそんな事を言い出したのか分からず、は首を傾げるが。
(……まさか。)
頭に浮かんだ考えに、僅かにの胸がきしむ。
「あれれ、留先輩?ひょっとしての事気になってます?」
胸のきしみに気付かないふりをして、は明るく留三郎をちゃかす。
「……まあ、な。」
留三郎はかすかに顔を赤らめ、そう言った。
留三郎のその様子に、再びの胸がきしんだ。
「……へ、へー。さっすが留先輩、女見る目ありますね!うん、留先輩だったら私も安心してを任せられます。」
「おいおい、気が早いぞ。」
苦笑する留三郎。
「俺は単に“気になってる”ってだけなんだから……おい、ニヤニヤするなそこ!」
「にやにやにやにや。」
最早完全に“からかいモード”に入っている。
「やかましいっ!ほら、作戦会議だ作戦会議!」
「はーい。」
「あ、兵助。長屋にいた?。」
「いや、何か“ちょっと走ってくる”っつって出てったらしい。」
「へえ、珍しいな。まあ、帰って来たら渡すか。」
そう言った八左ヱ門の手には、への土産である団子。
「そうだな、じゃあ食堂行こうか。」
「あ、ごめん。私今日、お風呂掃除の当番なんだ。先やっちゃわないと。」
はそう言って立ち上がる。
「そっか、じゃあまたな。」
「うん、ばいばい。」
5人と別れた後、は真面目な顔になり、くの一長屋とは反対の方向へ走り出した。
――違う違う違う。この感情は違う。間違っている。
は学園から少し離れた丘にある洞穴で、ひとりうずくまっている。
――私は男だ。男なんだ。
「やっぱりここにいた。」
後ろから声が聞こえた。
学園広しと言えど、この場所が分かるのは自分の他にはひとりしかいない。
「……びっくりした。どうしたんだ?。」
笑顔を作ってから、は振り向いた。
「……大事な話、しようと思って。、辛いんでしょ?今の自分が。」
の言葉にの顔が曇る。
「……何のこと?」
「食満先輩。、先輩のことが好…」
「ち、違うよ!何言ってんだよ。」
「を見てたら分かるもの。」
「や……やだなー、。そんなワケないだろ?男同士なんだから。」
「……でも、は本当は……」
「言うなっ!!」
滅多にないの怒鳴り声には驚く。
「……。」
「……ごめん、言わないで……ちょっとひとりにして欲しいんだ。」
は何も言わず、その場を立ち去る。
「……ごめんね。」
2人が同時に呟いた言葉は、相手には届かない。