「すみません、鶏一羽ください!」
「はい、どうぞ。可愛がってあげてね。」
これが僕と彼女の、最初の会話。
あれから半年が経った。
「クレアさん、こんにちは。鶏の餌、届けに来たよ。」
「ありがとう、リック君。入って入って。」
彼女はそう言って、僕を鶏小屋に案内してくれる。
僕の家は養鶏場で、彼女はお隣の牧場主。
彼女が鶏を飼い始めてからは餌やらアドバイスやら何やらで毎日のように顔を合わせるから、いつの間にか“友人”と呼べる間柄になっていた。
「わあ、大分増えたなぁ。」
前に来たときより広くなった鶏小屋には、やっぱり前より多くの鶏がいて、コケコケと賑やかに鳴いている。
「何しろ、卵さえあれば簡単に増えちゃうからね。餌がすぐ無くなるから、買い足すの大変。」
「はは、分かる分かる。」
僕は餌の補充、彼女は卵の回収。
話をしながらもお互い作業の手は止めない。
「よっと。餌入れ終わったよ。」
「ありがとう。ねえ、この後時間ある?」
彼女も丁度作業を終わらせたらしく、手を拭いている。
「うん。」
「お昼食べていかない?朝ご飯に卵焼きを作りすぎちゃって、いっぱい余ってるの。普段お世話になってるお礼も兼ねて。」
卵料理は僕の大好物。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。」
「餌が大変ならさ、放牧したら?確か前やってたよね、何でやめたの?」
彼女の手が止まる。
……ひょっとして、悪いこと聞いてしまったのかな。
「実はね、前野犬が来ちゃって。幸い被害はなかったんだけど、それ以来ちょっとトラウマなんだ。」
「……そっか。」
野犬の怖さは、僕もよく知っている。
尋ねたことを僕は少し後悔した。
「でも、今日みたいな日はやっぱり、外に出してあげたいなぁ。」
そう言って彼女は、窓の外を見る。
今日の天気はとても気持ちのいい快晴。
「何か野犬に襲われない方法とかって無いのかな……。」
「クレアさん、分かったよ!これならきっと大丈夫だ!」
「リック君。」
今日はこの間みたいな快晴。
彼女の牧場の動物たちも、鶏以外は全員外に出ている。
あれから僕は野犬の習性を調べた。
本によると、野犬は頑丈な柵をぶち壊せるほどの力と頭脳は持ち合わせていないらしい。
「つまり、柵を頑丈にすれば夜まで外に出していても大丈夫ってわけさ。」
「そういえば、私前放牧した時は、資材でぐるっと囲っただけだった。だからかも。」
「よし、じゃあ柵作りだ!余分な資材はある?」
「まかせて、こないだ割りまくって来たから!」
「ははっ、さすが!」
鶏のためとなると僕はいつもテンションが上がる。
幼なじみのカレンには“鶏オタク”なんて言われるけど、今のクレアさんを見た限り、彼女も僕と同じタイプらしい。
「よいしょっ……と。」
一緒に資材を鶏小屋の近くまで運ぶ。確かにいっぱい余っていて、充分過ぎるぐらいだ。
「3重ぐらいで囲ってみよう。」
「ラジャー!」
よいせ、よいせ。
鶏たちがのびのびと過ごせるよう広めの空間にしたけど、思ったより早くそれは完成した。
僕たちが入るのさえ面倒くさく感じる3重の柵。
おまけに石まで並べた。
「鶏たちを出してみよう。」
「うん。」
再び、2人で協力して鶏を外に出した。
「……嬉しそう。」
彼女の言った通り、鶏たちは外に出してもらえるなり、羽ばたいたり歩き回ったりと、嬉しそうにしている。
「後は夜、どうなるか…だね。」
彼女も頷いた。
野犬が出るのは夜の6時以降。
ニオイを嗅ぎつけるのか、鶏を放牧した夜はほとんどの確率で現れる。
果たして、3重柵は鶏たちを守れるのか。
「そろそろ6時だね。」
僕はあの後一旦家に帰ったけどなんか気になったから、再び牧場に来た。
大丈夫だと思うけど、万が一、ということもある。
野犬に襲われずに済むところをこの目で見ないと、やっぱり安心は出来ない。
空が暗くなり、教会の鐘が聞こえた。
すぐに「ワンワン!」と嫌な鳴き声が聞こえてくる。
「来た!」
僕たち2人は万が一に備えて、鶏小屋のかげで様子を見る。
野犬はしばらく吠えながら柵の周りをうろうろしていたけど、やがて諦めて帰っていった。
「……やったぁ!」
「よかったね、クレアさん。」
「リック君、本当にありがとう!」
あれから数日、鶏たちが危険な目に遭うことはなかった。
「はよー。」
「おはよー、リック君。」
雨の日以外はずっと放牧するようになったから僕の役目はほとんどなくなったんだけど、その代わり何となく鶏を見に来ることが多くなった。
「やっぱり、放牧した方がみんな機嫌いいな…。毛艶も。」
「それにね、卵もおいしいの。今日はプリン作ってみたんだ。」
彼女が家から2人分のプリンを持って出て来た。
「どーぞ。」
「ありがとう。」
並んで座り、鶏を眺めながらプリンを食べる。
「本当、おいしいや。」
今日も空は快晴。
結構のん気な話を書くのは珍しい気がする。私自身はのん気なのにね。