『仙蔵君はしっかりしてるから、私は安心。』
(……先輩……?)
「先輩。」
「立花先ぱーい。」
すぐ近くで自分を呼ぶ声がする。
仙蔵が目を開けると、目の前に委員会の後輩達の顔があった。
「あ。」
「起きた。」
「、喜八郎。」
「おはよーございます立花先輩。」
「もうすぐで委員会の開始時間ですよ、準備しないと。」
「あ、ああ。」
(私らしくもない……。)
うたた寝していた上、後輩二人が目の前にいたのに、仙蔵は気配に気付かず寝続けていたらしい。
(しっかりしてるから……か。)
仙蔵は無意識に夢の内容を思い返していた。
夢に出て来た“先輩”――先代の作法委員長、が卒業してから一年と数ヶ月。
仙蔵の夢に彼女が出てくるのは初めてではなかった。
それだけではなく、何気ない瞬間にふと彼女を思い出すことだってある。
(情けない……。)
一緒にいられた頃に自分の気持ちに気付かずにいたこと。
今や忍術学園の最高学年だというのに、三禁の一つ、“女”のことを考えてしまうこと。
何よりそんな現状を打破する方法が分からないことに、彼は情けなさを感じていた。
「……。」
「はい?」
首人形を準備しているに声をかける。
「先輩……お前の姉上は今どうなさっている?」
フリーのくの一をしていること以外、仙蔵は今の彼女のことを知らない。
「姉様ですか? 」
彼女の妹であるに聞く以外それを知る方法は思い浮かばなかった自分を、仙蔵は再び情けなく思った。
「元気ですよ。最近厄介な仕事してるみたいで、私も半年ぐらい会っていないんですけど。
でも、また忍術学園に行きたいって言ってたから、仕事のケリがついたら来るかもしれませんよ。」
「……そうか。」
自分も委員会の準備をしようと仙蔵が腰をあげたとき。
「た、大変ですー!」
作法委員の1年生二人が大声をあげ入ってきた。
走ってきたのか、二人とも息があがっている。
「兵太夫君、伝七君。」
「おやまあ、慌ててどうしたの。」
と綾部が尋ねると、二人は呼吸を整え、同時に叫んだ。
「副委員長の先輩が、綺麗な女の人を連れてますっ!」
「おやまあ。」
「兄が?」
兵太夫と伝七は、「彼女かな?」「彼女かな?」と言い合っている。
「6年生の先輩とかじゃなくて?」
「僕たち見たんです。その人小松田さんに“入門表にサイン!”って言われてましたから、学外の人ですよ。」
伝七が言う。
「そうなのかなあ、彼女がいるなんて初耳だけど…。」
「私も聞いたことないぞ?」
そのとき、作法室の襖が開いた。
ひょっとして噂の当事者が来たのかとみんな一斉にそっちを見たが。
「遅くなってすみません……どうしたんですか?」
「なーんだ、藤内先輩。」
「なんだってなんだよ、兵太夫。」
「なーんだ。」
「……綾部先輩まで。」
「今ね、兄の話をしていたの。兵太夫君と伝七君が、兄に彼女が出来たんじゃないかって。」
「先輩に?」
「俺がどうしたって?」
声が聞こえたやいなや、再び襖が開かれた。
現れたのは、今度こそ噂の張本人である作法副委員長の 。
「みんなで何話してたんだ?俺の名前が聞こえた気がするが。」
部屋にいたメンバーが“彼女”について聞こうかどうか考えていたら、の後ろから別な声が聞こえてきた。
「、私早く作法室入りたいんだけどなー。」
その声を聞いたメンバーは、嬉しそうな顔や驚いた顔、“彼女だ!”と言いたそうな顔など、様々な反応を見せた。
「悪い、姉。」
に続いて部屋に入ってきたのは、すらっとした美少女。
「姉様!」
「に仙蔵君、綾君に藤内君も久しぶり!」
「お久しぶりです、先輩!」
「お久しぶりです。」
「わあ、藤内君も綾君も大きくなったねー。」
は綾部と藤内をかわるがわる見、次に仙蔵の方を見た。
仙蔵は突然の再会に戸惑い、声を出せずにいる。
「久しぶり。仙蔵君も大きくなったね。2年前は私とほとんど身長変わらなかったのに。」
「……お元気そうで何よりです、先輩。」
必死に冷静さを取り戻し、ようやくそれだけ言った。
「あのお……。」
場の流れについて行けてないのが、先ほどをの彼女だと騒いだ一年二人。
「あ、そうか。」
が取り残された二人に気付いた。
「ごめん、二人とも。紹介するね。私の二歳上の姉、 。前の作法委員長だったの。」
「よろしくね。」
が二人に笑いかけた。
「あははっ。まさかの彼女に間違われるとは思わなかったわ。」
「ごめんなさーい。」
「まったく、信頼できるかどうか分からない情報を言い触らすなよ。」
「すみません。」
顔と口には出さないが、仙蔵もと同意見だった。
「あ、そこはこうした方がいいよ。」
「はいっ。」
は作法委員の作業を見、時折アドバイスをしている。
兵太夫も伝七も、いつの間にか彼女と打ち解けていた。
「わあ、綺麗な夕焼け」
が声をあげた。他のメンバーも窓の方を見る。
「え、もうそんな時間なの?私、そろそろ帰らないと。」
は腰を上げ、帰り支度を始めた。
「母上たちによろしくね、姉様。」
「うん。」
「じゃあ、今日の委員会はこれまで。」
仙蔵は少し迷ったが、そう言った。
「え、ちょっと先輩?」
「まだ時間早くないか?仙。」
すかさず藤内とは口を出したが、
兵太夫が「ラッキー!」と言い、綾部がすでに片付けを始めたため、
「まあ、たまにはいいか。」と片付けに加わった。
「先輩、途中まで送ります。」
「え?」
「送らせてください。」
仙蔵は努めて冷静に言った。
「…じゃあ、お願いしようかな。」
「いきなり来ちゃってごめんね。」
「いえ、気にしていませんよ。」
二人は山道を並んで歩く。
「でも、本当びっくりした。みんな凄く大人っぽくなっちゃって。」
1年って意外と長いのね、とは笑った。
仙蔵はの話に相づちを打ちつつ、自分の彼女に対する気持ちについて考えていた。
初めて会ったときから、好意を抱いていた。
恋に変わったのはおそらくあの時――『安心』と言ってもらえた時。
顔には出さないが、仙蔵の中では今、二つの意見が戦っている。
次はいつ会えるか分からない彼女に、後悔する前に気持ちを伝えるべきだと思う一方、
伝えたことで彼女を困らせたり、気持ちそのものが彼女の迷惑にはならないか、と。
学園一冷静で優秀と言われた男だが、あと少しの自信が持てなかった。
「あ、この辺でいいよ。」
いつの間にか辺りの風景は変わっていた。
「ありがとうね、送ってくれて。」
「……先輩。」
「なあに?」
名前を呼んだものの、仙蔵はその先の言葉が出ない。
は首を傾げる。
(いつもの冷静さはどうした、立花仙蔵。)
「……また、会えますか?」
言った後でなんて間抜けな質問だ、と仙蔵は後悔した。
は一瞬きょとんとしたが、すぐににっこり笑い、
「次の仕事はまだ入れてないから、しばらくは家にいるの。また学園にも行かせてもらうね。」
と言い、「じゃあ、またね。」と手を振り去っていった。
仙蔵は、彼女が見えなくなるまでずっと見送っていた。
年上相手だと、仙蔵は結構変わるんじゃないかと思って。態度とか。