「あー、先輩だ!」

15歳の4年生斉藤タカ丸は、同い年の先輩である少女の背中を見つけ、「先輩!」と走っていった。


やさしいひと


「斉藤君、こんにちは。」

「こんにちはっ!」

が無表情に近い普通の顔なのに対して、タカ丸は満面の笑顔で挨拶をする。

知らない人が見たら、二人が同い年だとは露とも思わないだろう。

「あのね先輩、僕、この間の小テストで満点とれたんだ!」

「あら、凄いじゃない。4年生のテスト?」

タカ丸は首を横に振る。

「ううん、1年生の。」

「……そう。あ、でも編入してから3ヶ月だから凄いのに変わりはないかしら…。」

「でしょでしょ?」

タカ丸は本当に嬉しそうな顔をしている。

「頑張ったわね。」

は彼を褒めずにいられなかった。

タカ丸はさらに笑顔になり、

「うん!」と言った。


「タカ丸さん、凄いですね。」

口を開いたのは三木ヱ門。

4年生男子4人はたまたま食堂で会ったため、一緒に夕飯をとっている。

「でしょ?僕テスト勉強頑張ったんだ。」

「いや、その事ではなく。」

すかさず突っ込む。

「え?」

「昼頃、6年生の先輩と話してましたよね。」

「え?うん。」

「仲良さそうだったから、凄いなあって。」

タカ丸は首を傾げる。

「…なんで凄いの?」

タカ丸のその言葉に三木ヱ門は驚く。

「だって、6年生の先輩ですよ?それもくの一の。同じ委員会ならともかく、近寄り難いっていうか……。なあ。」

三木ヱ門は喜八郎と滝夜叉丸に同意を求める。

「でもタカ丸さんはこれでもあの人達と同い年な訳だしね。」

「しかし、相手が先輩というのは確かに凄いな。あの人はこの平滝夜叉の過去の話を聞いても“それが?”とか“もう行っていい?”とか“そこ退いてくれないかな。”とか、とにかく一切興味を持たない不思議な人だからなあ。」

それは不思議でも何でもない、と3人は思った。

「まあでも、ミステリアスっていうか近寄り難いのは確かかな。穴に落としたくならない感じ。」

「お前の基準は穴か、喜八郎。」

「ええ〜、先輩優しいよ?」

その時丁度、の従姉妹で彼らと同じ4年生の2人が通りがかった。

「やっほー、男子4人組。」

「あー、ちゃんにちゃん。」

「何の話してたんですか?先輩って、うちの姉?」

が尋ねた。

「そうだよ。なんかね、僕が先輩と仲良しなのが凄いって。」

「へえ、確かにそりゃ凄い。」

が言い、も頷いた。

姉は何て言うかクールな感じだから、よく知らない下級生は結構近寄り難いって思うみたいね。」

「実際優秀だしね。だから話すとき緊張するみたいですよ。」

「うーん、緊張……しないなあ僕。」

「ま、いいんじゃないの?それがタカ丸さんのいいところよね。」

「そうですよ。」

は三木ヱ門達のようにタカ丸に対して敬語を使うが、は普通に話す。

「そっかぁ〜。」

「じゃあ、私たちこれで。あ、そうそうたっきー。」

「その呼び名で呼ぶな、!」

「こへ先輩がさっき呼んでたわよー。」

そう言い残しと共に出て行ったは滝夜叉丸と同じ体育委員。

「なっ…そういう事はすぐに言え!まったく、この私に対してなんと無礼な!」

滝夜叉丸は慌てて食器を下げ、出て行った。

「ごちそーさま。私も行こっと。」

「あ、私も。」

「え、待ってよ、二人とも〜!」


「あ、6年生が実技の試験をやってるみたいだぞ。」

4年は組の数人が窓から外を見ている。

その中にタカ丸の姿もあった。

「やっぱり凄いな、6年生は。」

「2年後私達もああなれるように頑張らないとな。」

「あ、くの一教室の人達もいるんだ。」

タカ丸は緑色の群れの中に混じって桃色の制服を着ているの姿を見つけた。

「ん、本当だ。」

試験は丁度の番だったらしい。

見事な腕前に他のくの一や忍たまの方からも感嘆の声が聞こえた。

「凄いな、さん。流石家のお人なだけある。」

「格好いいなー。」

「性格も忍者に向いてそうな感じするよな。冷たいっていうか、クールっていうか。」

1人がそう言った。

「え?」

「ああ、分かる。」

タカ丸以外のメンバーはその意見に賛同し、頷きあっている。

「……冷たくないよ、先輩は。」

「タカ丸さん?」

(クールならともかく、冷たいなんて……)


「なんでみんな知らないんだろう。先輩はとっても優しいのに。」

勉強の休憩がてらよじ登った木の上で、タカ丸は呟く。

ふと彼が下を見ると、が歩いているのが見えた。

「おーい、せんぱーい!」

大きな声を出して彼女を呼ぶ。

はタカ丸に気が付き、木の下までやって来た。

「斉藤君、木登りなんて出来たのね。」

「えへへっ、この前久々知君に教えてもらったんだ。いい眺めだよ、先輩も上がって来ない?」

「……いいわね、今行くわ。」

はタカ丸がかかった時間より大分短い時間でするすると木に登り、タカ丸の隣に座った。

「本当、景色がよく見える。」

「でしょ?」

タカ丸は笑った。

「そうそう、先輩たちさっき実技の試験してたでしょ、外で。」

「え?そうだけど、なんで知っているの?」

「うちのクラスから見えたんだ。先輩、すっごくかっこ良かったよ!」

「……そう。」

素直で真っ直ぐなタカ丸の言葉に、は不覚にも照れた。

最も、彼女はそれを上手に隠すことなど容易いが。

「僕も先輩みたいになりたいなぁ。……無理かな。」

タカ丸の笑顔が少し陰った。

自分の忍たまとしてのスキルが4年生どころか1年生にも劣っているのを、彼は気にしている。

「…何言ってるの、無理なんて誰が言ったの?」

「え?」

「斉藤君がこの3ヶ月、人一倍努力していること私は知ってる。今後どこまで伸びるかは6年になるまで分からないでしょう?」

「先輩……。」

「だから、自分で自分のこと無理とか言わないの。そういう気持ちが自分の成長を妨げるのよ。」

その時一瞬だったが、は微笑んだ。

それに気付いたタカ丸は一瞬目を見開き、そして自分も微笑んだ。

「……ありがとう。」

――ほら、先輩はこんなに優しい。

自分の中が優しい気持ちで満たされるのを彼は実感していた。

「僕、もっと頑張るよ!」

「そう、その意気よ。私、応援するわ。」

タカ丸の決意表明もの微笑みも、知っているのはお互いだけ。


クールで冷静だけど、実は面倒見が良くて優しい。そんな先輩。

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