「はい、出来たよ〜。」
「わぁ、ありがとうタカ丸さん!」
「タカ丸さん、次私! あみこみのコツ教えて〜。」
忍たまであると同時に髪結い師でもあるタカ丸。
今日も今日とて、おしゃれなくのたまのニーズに応えている。
「相変わらず人気者だな。」
「器用よね、本当。」
後ろから聞こえた声にタカ丸が振り向くと、そこにいたのは彼が最も懐いている六年生とその従兄弟。
「あー、先輩に作法副委員長の君。」
「オス。」
「斉藤君はもう今日の授業は終わったの?」
「うん。え、僕“は”って事は、二人はまだ終わってないの?」
時間はすでに夕方で、ほとんどの生徒は授業が終わっている。
「俺達は教職とってるからな。」
「この後ももう一つ授業があるのよ。」
「え〜、そうなんだ。大変そうだね……。」
「斉藤君ほどじゃないわよ、あと三年で六年分の忍術を勉強しないといけないんでしょう?」
「あ〜、そういえば。」
「おいおい、大丈夫なのかよ。」
とぼけたようなタカ丸の様子に、は苦笑する。
「よし、と。出来たよ〜。」
二人と話しながらもタカ丸はしっかり手を動かしていて、また一人くのたまの髪型が華やかになった。
「ありがとう、タカ丸さん!」
「うん。頑張ってね〜!!」
嬉しそうに駆けていく少女に、タカ丸はガッツポーズでエールを送る。
「“頑張って”って?」
「あの子、今から好きな子に告白するんだって。」
「おお、青春だな〜。」
「、そろそろ行かないと。」
可愛い恋にほのぼのする男二人とは対照的に、はいたってクール。
「うわ、もうそんな時間か。」
「勉強頑張ってね。そうだ、先輩も今度時間あるときおいでよ。髪の毛可愛くするよ〜。」
道具を片付けながら何気なく言ったタカ丸は、の表情が変わったことに気付かない。
「……私はいいわ、髪の毛こんなだし。」
「え? 先輩……」
タカ丸が振り向いた時にははすでに彼に背を向け、小走りに近くの教室へ入っていった。
「あーあ。髪の話題出しちゃったな、斉藤。」
「え? 僕何かまずいこと言っちゃったの?」
「あいつの髪、他の奴らと違って短いだろ。」
が入っていった教室のほうを若干気にしながら、は小さな声で話す。
「うん……個性的で可愛いって思ってたけど。」
「昔は長かったんだよ。四年の時だったか、演習中に木にからまってな。もちろん一つにくくってはいたんだけど。」
「そうなの?」
「おう、それで取れなくなって無理矢理引きちぎって何とか演習は終わらせたけど、時間大分取られて成績も落ちてさ。また同じ事があったら困るっつって、それ以来短い。」
「そんな事があったんだ……全然知らなかった。」
「まあ、はそういうの人に話すタイプじゃねーしな。」
ちょうどその時ヘムヘムの鐘が鳴ったためは「んじゃ」と軽く手をあげて、と同じ教室へと入っていった。
「あ、先輩!!」
「斉藤君……?」
数日後の休日、の前に現れたタカ丸は髪結い道具をさげたまま、笑顔で近寄っていった。
「先輩、今時間ある?」
「あるけど……?」
「君に聞いたけど先輩、お昼から友達と買い物に行くんでしょ? せっかくだからおしゃれしようよ。」
「ちょ、ちょっと待って。」
てきぱきと自分を縁側に座らせ髪を結う準備を始めたタカ丸に、は待ったをかける。
「この間も言ったじゃない。私の髪の毛短いんだから、無理よ。」
「これも君に聞いたんだけど。」
タカ丸はが止めるのも聞かず、まずは傷んだ毛先を整える。
「先輩、演習中の事故で髪の毛短くなるまでは休みの日に髪型を変えるのが趣味だったんだって?」
「………。」
「あのね、短くてもアレンジは色々出来るんだよ。僕に任せて!」
「………のおしゃべり。」
怒ったようにそう言ったきり、は黙ってしまった。
タカ丸の手は休みなく動く。鋏が髪の毛を整える音、櫛が髪の毛を通る音だけが聞こえる。
「出来たっ!! どう、どう?」
そう言ってタカ丸がに渡した手鏡には、短くても十分年頃の少女らしく可愛らしい髪型の彼女が映っている。
髪の毛の両端に細いみつ編みを作り、それを後ろに持っていって花かざりでまとめてある。
「可愛いでしょう、自信作だよ!」
「………うん、うん。」
――二年前のトラウマとそこから来るコンプレックスを、一気に可愛くするなんて。
「……本当に凄いわ、斉藤君。」
――どうしよう、嬉しい。
赤くなる頬を押さえるのに、少しばかり努力がいった。
「よ、上手くいったみてーだな。」
「君。ご協力ありがとね〜。」
が行ったあと、天井裏からこっそり見守っていたが降りてきた。
「髪の事で辛くなってる人を見過ごすわけにはいかないから、先輩が喜んでくれてよかったよ。」
「……“それ”だけか?」
に特別な感情があったりはしないか? という意味を含めては意地悪く聞いたが。
「それだけって?」
……タカ丸は気が付かない。
「いや、まーいいや。」
はそう言って、タカ丸の前――さっきまでがいた場所に腰を下ろした。
「最近切ってないから暑いんだよなー、量も多いし。今回の礼にちょっと整えてくれよ。」
「いいよ〜。」
――ま、面白そうだししばらく見守っててやるか。
鋏で髪の毛を切られるくすぐったさの中、はそんなことを考えていた。
いまさらだけどタカ丸の一人称が僕なのか俺なのか分からない。