――今日は、少し幸せだった。
食堂で先輩をお見かけする事が出来た。
――浦風藤内の日記より――
3年は組の浦風藤内には憧れの人がいる。
4年くの一の、体育委員。
2年前彼が忍術学園に入学してすぐの頃、当時2年生だった彼女は藤内と同じ学年の男子たちの間でちょっとした話題になっていた。
『くの一2年の背の高い先輩、綺麗な人だな。』
『って言うんだって。って、確か有名な忍者の一族だよ!』
『美人で優秀なんてすごいなあ〜。』
……といった感じの話題はどのクラスでも聞くことが出来た。
自然に藤内もに興味を持ち、初めて彼女を見かけた時は
『オレ、先輩見た!本当綺麗な人だな〜。』と、友人たちとはしゃいだ。
だが、友人たちの多くにとっては幼い頃の一時の憧れでしかなく、1年が経つ頃には既に騒ぐことも減っていた。
そんな中で藤内は、今でも変わらず――いや、むしろ今の方がずっと強く、彼女に憧れている。
とはいっても、藤内にライバルがいない訳ではない。
「がいるぞ。」
「本当綺麗だなぁ、あの子。年下とは思えない。」
昨日藤内が食堂でを見かけた時も、彼の近くに座っていた5年生がそんな会話をしていた。
すらりと背が高く、長くて綺麗な髪、13歳とは思えない大人っぽい美しい顔立ち。
先輩後輩問わず男子から人気があるのも頷ける。
だが、藤内にはそれがあまり面白くはない。
(…って、自分から話しかける事すら出来ないのに勝手だよなぁ……。)
はあ、と溜め息をつく。
「どうした?藤内。元気ないぞ、具合悪いの?」
一緒に食堂で夕食をとっている友人の数馬が藤内に声をかけた。
保健委員だけあって、よく気が付く。
「あ、ううん。そんなんじゃないんだ。ちょっと疲れただけ。」
慌てて藤内は誤魔化した。
「そっか。今日の実技はキツかったもんな。」
「本当それだよー。」
言いながら、藤内はちらりと食堂の入り口付近を見る。
4年生が数人集まって、食事と話をしている。
その中にもいた。
藤内は数馬と少し離れたところに座っているので会話の内容は聞こえないが、彼女の表情は見ることが出来た。
は、とても楽しそうな顔をしている。
(いいなあ……。)
自分の委員会の先輩を含めた4年生達を、藤内は羨ましく感じた。
(俺も後1年早く産まれていたら、あの輪に入っていたのかな……。)
と、どうしようも無いことを考えたりもした。
「ご馳走様でしたっ。藤内、お待たせ。」
「ん、いいよ。食器片付けて帰ろう。」
二人は立ち上がり食器を片付け、食堂を後にした。
「あ!」
忍たま長屋に戻る途中、数馬が叫んだ。
「なんだ、どうした?」
「保健室に忍たまの友を忘れてきた!かもしれない。」
「マジで?」
今日3年は組は確か宿題が出ている。
数馬は転びそうになりつつ慌てて走っていった。
「わ、すいません!」
しかも誰かにぶつかったらしい。
(大丈夫か?あいつ……。)
心配になった藤内が数馬を追いかけようとして、忍たま長屋と反対の方向に一歩歩いたその時。
「あ、いたいた。」
藤内の目の前で確かに彼を見てそう言ったのは。
「……先輩?」
紛れもないその人だった。
「君、さっき食堂にいたよね?」
「えっ……。」
「これ、君のじゃないかな?食堂に忘れてあったんだけど。」
そう言ってが差し出したのは忍たまの友。
「え?……あ、これは一緒にいた友達のやつです。」
裏表紙に“三反田数馬”と書かれている。
「あ、じゃあさっきぶつかった子の方か。」
(保健室じゃないじゃないか……。)
「あの、わざわざありがとうございます。俺から友達に渡しておきますね。」
「うん。じゃあお願いね。」
そう言ってはくの一長屋の方へ歩いていった。
残された藤内は今のが“憧れの先輩”との初会話だった事に気付き、ほんの少しだけ不運な友人に感謝した。
あ、今後はちゃんとお近づきになる(予定な)ので。
初恋のお姉さん的な。