「今日の当番は……藤内だな。」

「……行ってきます。」


名前


浦風藤内の1年先輩にあたる作法委員の四年生、綾部喜八郎。

飄々とした性格で、マイペースぶりは天下一品。

どれだけマイペースなのかというと、趣味の塹壕掘りに夢中で委員会の開始時間をすっかり忘れるほど。

再三注意しても治らないので、作法委員会にはそんな彼を呼びに行く“当番”が存在する。

そして今日の当番は彼、藤内なのだ。

「どこだろう、綾部先輩……。」

藤内は、とりあえず以前喜八郎を見つけたことのある場所を中心に探すが、なかなか見つからない。

「……あ!」

声をあげた彼の視線の先には、ひとつの塹壕。

中から土が次々出てきているということは、今掘っている最中だということ。

藤内は走って塹壕の場所まで行き、穴に向かって叫んだ。

「綾部先輩、探しました……よ…。」

語尾が小さくなっていったのは、そこにいたのがどう見ても別人だったから。

「あ……れ?」

「え?」

「……せっ……!!」

その人が自分を見上げて目が合った瞬間、藤内は心臓が止まりそうになった。

何しろその人とは彼の憧れのくの一四年、だったのだから。

「…あ、確か前会った3年生の子よね?どうしたの?」

藤内は人違いで声をかけたのに、はわざわざ塹壕から出て来てくれた。

前に会ったことを覚えていたという嬉しさよりも申し訳なさに藤内の顔が赤くなる。

「あ、ごめんなさい、あの、うちの委員会の先輩探してて、間違えて先輩に声をかけてしまいました。」

「先輩?ああ、作法委員の綾部喜八郎のこと?」

「あ、はい。」

「やっぱり。体育委員以外で普段塹壕掘っているのなんて、あいつしかいないものね。そっか、君作法委員なのね。」

「は、はい。」

思わぬところで憧れの先輩と会話が出来た藤内は、戸惑いと嬉しさで声がうわずる。

「あ、じゃあ俺そろそろ失礼しますね。お邪魔してすみません。」

もう少し話をしたいのが本音だが、自分の使命を果たさない訳にはいかない。

「あ、待って。」

藤内を呼び止める

「は、はい?」

「私も探すの手伝うよ。あーやんの行く場所なら、何となく検討つくし。」

「え……ええっ!?」

突然のの申し出に、藤内は驚く。

「そ、そそそそんな!悪いですよ、先輩も委員会中じゃないんですか?」

「ああ、違う違う。この塹壕は自習なの。今日の授業で掘ったやつ、みんなに気付かれて誰も落ちてくれなかったの、悔しくってね。」

は笑う。

「で、でも申し訳ないんじゃ……い、いいんですか?」

自信なさげな藤内に、は頷いてみせた。

正直なところ、“綾部先輩探し”は藤内にとって最も嫌いな作業のうちの一つ。

手伝ってもらえるならとてもありがたい。

申し訳ないとは思いながらも、本音が出た。

「……お願いします。」


「まったく、あーやんにも困ったものよねぇ。」

「は、はい。」

の言う“あーやん”が綾部喜八郎の事だと気付くのには少しだけ時間がかかった。

変なあだ名だなあと思ったが。

(あだ名で呼ばれるほど、仲がいいんだ……。)

少し、羨ましくなった。

「確か四年男子は授業であっちの野山に行っていたの。
みっきーが言うにはあーやん、その近くで塹壕掘りたがっていたらしいから、そこじゃないかな。」

「そ、そうなんですか。」

二人はその場所へ向かう。

は藤内に委員会や授業の事を尋ねたりしたが藤内は緊張しながら相づちを打つだけで、

自分からの事を尋ねたりするのは到底出来なかった。

「あ、あれかな。」

問題の場所に着くやいなや、藤内は土が盛られているのを見つけた。

「きっと塹壕を掘るときに出た土です!綾部先輩ー!」

「あ、待って…。」

何かに気付いたらしいが藤内を止めようとしたが、遅かった。

「ぎゃ!!」

「あらま。」

盛られている土の数歩手前で、藤内が穴に落ちた。

「大〜成〜功〜。」

「あ……やべ先輩!」

怒りと情けなさでいっぱいになり、藤内は怒鳴った。

に手伝ってもらい(情けなさの要因はこれだ)、藤内は穴から出る。

塹壕の掘り主喜八郎は、さっきの盛り土の後ろからひょいっと顔を出す。

「藤内ってばぼーろぼろ。」

「あんたが掘った穴でしょうが!」

「目印置いたもーん。よく確認せず突っ込んで来た方が悪いんで〜す。」

これだから、藤内は彼が苦手なのだ。

「あーやん、あんたそれは無いわよ。この子、あんたを探してくれていたのよ?お礼と謝罪くらい、してやったら?」

半ば呆れながらは言う。

「ごめんね、藤内。ありがとう。」

すると喜八郎は無表情のまま語尾にハートマークが付いてそうな口調でそう言った。

「そんな気持ち悪い言い方しなくても……。」

「あ、先輩、本当にありがとうございます。俺一人じゃ、この場所思いつきませんでした。」

「いえいえ、困った時はお互い様よ。じゃあね、藤内君にあーやん。」

そう言い、は去っていった。

「ほら、綾部せんぱ………あ、れ?」

藤内はとにかく早く喜八郎を連れて行かねばと声をかけたが、あることに気がついた。

(今………先輩、俺の名前、呼んだ?)

「藤内。」

「へ、へ?」

「ちょっとは感謝してよね。」

「……え!?あ、綾部先輩、どういう意味ですか?それ!」

「さ、委員会委員会。」

「ちょ、ちょっと待ってください先輩、せんぱーいぃ!」


綾部はカンが鋭い。絶対。

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