これは、浦風藤内がまだ二年生だった頃のおはなし――
「せーのっ!」
富松作兵衛の掛け声を合図に、二年生の仲良し7人組が一斉に先日の算数テストの答案を見せた。
「よし、また一番だ! ジュンコと勉強したお陰だな。」
肩にいるペットのジュンコと満足げに頷き合うい組の伊賀崎孫兵、94点。
「じゃあ孫兵、今度のテストでジュンコ貸して。」
成績がいい割にとんちんかんなろ組の次屋三之助、87点。
「こんなヤツらに俺はテストで負けちゃうのか……。」
心底悔しそうなろ組の作兵衛、80点。
「勉強はしたんだけど、範囲勘違いしちゃった。」
「僕は途中で墨が切れて……。」
頭はいいものの不運が足を引っ張るくの一教室のとは組の三反田数馬、仲良く69点。
「いっぱい書いたのにいっぱい間違えたぞ!」
その割に全く落ち込んでいないろ組の神崎左門、60点。
「………またか………。」
ビリはは組の浦風藤内、48点。
「やーい、またビリ!」
「う、うるさい左門! 算数は苦手なんだからしょうがないだろ!」
「でもこの間の国語のテストも7人の中で最下位だったよな。」
「手裏剣の実技も、1人追試だった。」
追い討ちをかける孫兵と三之助。
「ぐ……。」
全て真実なだけに、藤内は今度は何も言い返せない。
「気にすることないよ、藤内君。きっと調子が悪かったんだよ。」
「そうそう、次がんばろう?」
フォローにまわる保健委員コンビ。
「、数馬………。」
「そうそう、気にすることはないんだ!」
意味なく偉そうな左門。
「って、お前に言われるとなんか更に落ち込むんだけど!」
「はあ……。」
先ほどのテストを眺めて、更に落ち込む。
「……えーい、悪いものは捨てるに限るっ!」
その答案を藤内はぐちゃぐちゃに丸め、くず入れに押し込んだ。
「あーあ…俺だって一応、勉強してるんだけどな。」
根が真面目な彼は宿題もサボった事はないし、テスト前には勉強もしている。
なのに全く成果が出なくては、やる気も失せるというもの。
「これって、勉強なんかしたって無駄って事なのかなぁ……。」
机の上に立てている、去年と今年の忍たまの友を広げた。
学園に入ってすぐの頃は今とは違った。
知らない事を勉強するのは楽しかったし、それなりの成果も出ていた。
だが同じようにしていても、最近は色々な事が上手くいかない。
(先輩にはこんな悩み、ないんだろうな。)
藤内は自身が憧れている一年上の先輩、を思い浮かべた。
三年のくの一の中で一番優秀と言われている彼女。
たまに見かける実技の授業風景ではいつも素晴らしい成績を叩き出している。
講義の成績も藤内の友人での従姉妹でもある曰わく、やはり優秀らしい。
羨ましくて、憧れて、恋をしていて。
自分の不甲斐なさや成績の悪さがますます気になって、落ち込んで。
(48点が先輩に近付こうなんて、釣り合わないにも程があるよな……。)
何度目か分からないため息をつき、そのままごろん、と横になった。
「うーん………。」
藤内が目を覚ました時には、外はすでに日が暮れかかっていた。
「うわ……。今何の刻なんだろう。」
そういえば、腹も減ってきた。
藤内はまだ微妙に眠気が覚めないまま、食堂へと向かった。
「……ん?」
くの一教室との境である塀の横を通りがかった時、かすかに聞き覚えのある声が聞こえた。
でも他の二年くの一でも委員会の先輩でもない、藤内が一番好きな声。
「先輩だ……。」
釣り合わないと思っていてもやっぱり好きなわけで。
偶然声が聞けた事が嬉しく、藤内の頬が緩みピンクに染まる。
「ていっ。……たあっ。」
(……何をしてらっしゃるんだろう。)
声から彼女の様子が上手に連想出来ない。
そして、時々金属音も聞こえてくる。
気になった藤内は以前何かの事故で開いたままになっている塀の穴からこっそり覗いて見た。
「あ………。」
音の正体は縄標で、は縄標の練習中だった。
(こんな時間に、くの一教室の建物からだいぶ離れた外れで……。)
元から優秀だったんじゃない。
きっと、ずっとこうして人知れず努力を続けてきたんだ。
「……行こう。」
そんな姿を盗み見し続けるのは彼女に悪いし、それに藤内には時間が無い。
「ごはん食べたらさっきのテスト広げて、忘れない内に復習しとこう!」
彼女に比べたら、きっと今までの自分の努力なんて“やって当たり前の事”。
まだまだ落ち込むには早すぎる。
「頑張るぞ!」
そう、もっと色々な努力をする事が出来る。
“真面目な藤内”がすっかり定着するのはこの半年後。
「度を越えた予習・自主トレをする子」になるきっかけはだったらいいなーって妄想。