「僕、トマト好きなんだ。……ありがとう、とっても美味しいや。」

彼がそういって笑った夏のある日。

あれは現実だったのか。それとも――――。

トマト

力強い鶏の鳴き声で目が覚めた。ミネラルタウンは今日から夏。

「起きないと……。」

何となく気だるい体を起こし、簡単に身支度をして外へ出る。

ああ、暑い。

動物達の世話をしたあと、木陰に腰掛けて休憩した。

牧場に目をやると、成長しきらなかったキャベツが2、3個しおれている。

空を見上げると、入道雲。

山のほうからは蝉の鳴き声。

去年と同じ夏の風景。

………だけど、去年とは違う。


「クレアさん、こんにちは。夏野菜の種なら入荷してあるわよ。」

「ありがとう。じゃあ………トマトの種、もらうね。」

「…………クレアさん……、」

「じゃあね。」

お代を払って、足早に雑貨屋を出る。

「あ、クレアさん。」

「…ランちゃん、こんにちは。」

牧場に帰る途中でランちゃんに会った。

「お買い物?」

「うん、まあね。」

ランちゃんの目線が私の持っているトマトの種の袋に向いていくのが分かった。

「あ……。」

ランちゃんの表情が変わったのが、はっきりと分かる。

「じゃあね。」

みんなに悪気が無い事は分かってる。

私を心配してくれているんだってことも。

でも、もうどんなセリフも聞き飽きた。


『クレア……さん?』

『…クリフ君。こんにちは。』

あれは、さっきのような雑貨屋からの帰り道。

去年の春の彼は大人しくて、ろくに目もあわせてくれなかったから、まともに話したのは多分あの日が最初。

『その荷物……。』

『ああ、これ?さっき雑貨屋さんでね、買ってきたのよ。トマトの種。いっぱい収穫できてお得なんだって。』

『そうなんだ。』

そんな短い会話をして、別れた。


『あ、それ……この間のトマト?』

『うん、そうよ。なかなか綺麗にできたでしょう。』

『うん、とってもおいしそうだ。』

『……クリフ君、1つ食べる?』

『え、いいの?』

『どうぞどうぞ。』

『わあ……僕、トマト好きなんだ。……ありがとう、とっても美味しいや。』

『そう?良かった。……夏はまだまだ長いし、またあげるわね。』


彼と話をして、彼の好きなものを知って、彼を知っていって。

………彼を好きになっていった。

結局去年はあの後大きな台風が来て、トマトは全滅。

また来年を楽しみにしてるよって、彼はそう言った。

………言ったのに。

クリフ君、いなくなっちゃった。


どこに行ったのかそれすらわからない。

きっと帰って来るって信じて……裏切られて。

町のみんなは彼のことを忘れていった。

「もう諦めなよ」「元気出して」

そんな聞きたくもない慰めの言葉を、何度聞いただろう。

恋人や好きな人が死んじゃったお話がよくあるけど、いっそ私もそうならよかった。

クリフ君は今もどこかで生きているかもしれないから、生きていればきっとまた会えるとか考えてしまう。


「クリフ君。」

牧場で1人つぶやく。

トマト、今日植えたの。

去年よりいっぱい植えたから、去年よりいっぱい食べさせてあげられる。

クリフ君を、嬉しい気持ちにさせてあげられるから。

だから、お願い。

「帰って来て………。」

<おしまい>



珍しく悲恋。BGMは失恋ソングでした。

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