遺伝子を調べることによって、ヨーロッパの人類の成り立ちを解明した、というノンフィクション。
作者はオックスフォード大学の人類遺伝学の教授。
彼らの研究の結果、「遺伝学が、現在の人類の起源が過去十五万年以内のアフリカにあることを明確に示している」とのこと。
今まで、遺跡や土器の形式などを調べることで、人類の足跡を調べてきたが、遺伝子の構造を調べることで、人間そのものから過去の歴史を調べることができる、という事実に感銘を受ける。
僕らが学校で習ったときは、人類文明の発祥の地は4つであり、、エジプト・インダス・メソポタミア・中国などの原人の遺跡から、各々の地域で人類は生まれてきた、というような事だったと思う。(いい加減な記憶だが)
しかし、以前新聞で、全ての人類はアフリカの一人の女性から生まれた、というような記事を見て学説が変わったのか、と思っていたが、この本を読んでなぜそういう結論が生まれたのかがよく分かった。
人間の遺伝子の中に、ミトコンドリアDNAという、母系からしか受け継がれない遺伝子があり、そのDNAの配列を調べることによって、その人の母系のタイプが分かる、というのがすごいところ。
すんなりと研究が進んだわけではなく、途中何度も壁につきあたるが、それをクリアして、それまでの通説であった、「現在のヨーロッパ人は南の方から来た農耕民族が祖先であり、もともといた狩猟民族ではない」という説を覆して、今のヨーロッパ人は、1万五千年以上前から存在する6人の母たちを祖先とする人がほとんどである、という証明をする。
途中、ミトコンドリアDNAの突然変異の頻度を解析するときに、ネットワークの考え方で解析しないといけなくなる、という下りがあり、去年読んだ「新ネットワークの思想」に出てきた話と一致し、思わぬところで数学が役に立つ、ということがわかった。
遺伝子のタイプの頭文字をとって、七人の娘たち(一番最初の母はアフリカにいる)は、アースラ・ジニア・ヘレナ・ヴェルダ・タラ・カトリン・ジャスミンと名付けられ、本の後半で作者が彼女らの当時の生活を想像して一章ずつ書いている。(ちょっと、この部分はついていけなかったが)
しかし、古い化石からDNAを取り出すところや、ヨーロッパ人の研究に先立って、ポリネシアのDNAのタイプを分析し、そこから全人類のタイプを調査することができる、という着想を得るところなど、読んでいてスリルがある。
最後の章で、作者は「自分とは?」と題し、「DNAは、そのつながりを解明するメッセンジャーであり、文字どおり祖先のからだを通じて、世代から世代へと受け継がれてきた。どのメッセージも、われわれを時空を超えた旅へといざなってくれる。祖先の母たちが発する長い糸でつくられた旅路だ。何千年、何千マイルを超えるその旅路のすべてを知ることはできないだろうが、想像することならできる。」と記し、自分が舞台に立ち、その前にはかつて存在した人全員が列をなし、遙か彼方まで列がのびており、自分の手に後方に並ぶ祖先の母たちと自分を結びつける糸の端を握っている、というような想像を物語っている。
遺伝子というと、薬を作ったり、臓器を作ったり、クローンを作ったりというある種物騒なもの、という印象があり、倫理と科学の狭間でこれからどうなるのか?という側面が表に出ることが多いが、このような遺伝子の研究ならどんどん進めていってほしいと思う。
ちなみに、日本人のミトコンドリアDNAの研究もされており、日本人の95%は9人の母たちを持つ、という事が確認されているとのこと。母たちの名前もあとがきで紹介されている。
作者がこの分野の第一人者なんだろうが、日本人自身がこの分野の研究はできなかったのだろうか?作者が来日したときに、日本人の母たちの名前を決める作業をしたとのことだが。
薬や臓器とは関係なく、金にならないとしても、こんな研究ならやってほしいと思う。
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