あ、山本七平だ、と本屋で見つけて、すごく懐かしくなって、すぐにレジに持って行った。
亡くなってから、2冊ほど買ったが、久しぶりの新刊である。
没後、全集は出たが、文庫や単行本でほとんど持っているので、さすがにもったいなくて買わなかった。
山本七平の文庫本を三十代で何気なく読み、すごく刺激的で面白く、それから本屋で山本七平を見つけると、必ず買う、という時代が続いた。この人は本当にすごい人だと思う。山本七平の著作に出会ってなければ、今の自分はだいぶ違う自分になっていただろうと思う。一つ一つの本について、具体的にどうこうというわけではないが、「空気の研究」、「あたりまえの研究」、「私の中の日本軍」、「ある異常体験者の偏見」「小林秀雄の流儀」などを読んで、目から鱗が落ちる、という経験を何度もさせてもらった。自分に影響を与えた人を先生呼んでもよいなら、この人は間違いなく山本七平先生である。
この本は野生時代という月刊誌に1975年4月号から1976年1月号まで連載したものを、今回初めて新書に収めたもの。
山本七平が亡くなったときは、すごく残念だったのを思い出す。表紙の裏を見ると、1991年没とある。もう13年も経ったのか。
内容は、なぜ日本は太平洋戦争で敗れたのか、という理由を書いた、小松真一という人の「虜人日記」という本の解説をしながら、敗れた理由を作者なりに明らかにする、というもの。小松真一という人も、虜人日記という本も知らなかった。小松氏は技術者で、ガソリンの代替え燃料を作るべく徴用され、フィリピンに行き、そこで終戦を迎え、アメリカの捕虜となって、収容所の中で虜人日記を書いたとのこと。虜人日記は、文字通り捕虜の身である小松氏が、戦争を実際に体験して何故日本軍が敗れたのか、という事などを現地で書き綴ったもの。
本の最初に、敗因二十一ヵ条として結論が書いてある。
一、 精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、全て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた
から始まって、
二一、指導者に生物学的常識がなかった事
まで、書いてある。
この二十一個の敗因について、虜人日記を引きながら、山本七平が自分の従軍経験も加えて、日本の軍隊、ひいては日本人そのものについて、敗戦の原因を究明すると同時に、このような事態に再び陥らないためにはどうすればよいのか、という視点で書いている。
70年代には、まだこのような企画が月刊誌に連載され、読まれていたということか。
太平洋戦争における南方の戦線がいかに悲惨だったかを知るには、この本を読むのがよいと思う。また、なぜ日本が第二次大戦を始めてしまったのか、負けるとわかっているのに、と思う人にとっても、参考になる本だと思う。
「物量に負けた」という意見はよく聞くし、「物量の差があるのに、なぜ戦争を始めた」という意見も非難としてある。それを簡単に考えてはいけない、ということが第七章に書いてある。
虜人日記の中では、
「今度の戦争は、日本は物量で負けた、物量さえあれば米兵等に絶対に負けなかったと大部分の人は言っている。確かにそうであったかもしれんが、物量、物量と簡単に言うが、物量は人間の精神と力によって作られる物で物量の中には科学者の精神も農民、職工をはじめその国民の全精神が含まれている事を見落としている。こんな重大な事を見落としているのでは、物を作る事も勝つ事もとても出来ないだろう。」
と書かれているとのこと。
これを解説して、作者は、よく言われる、"「物量」さえあれば勝ち得たと考える考え方そのもの" について、「その考え方自体が敗戦の原因だ」、と追記している。
なぜ、物量の差があるのに戦争を始めたか、という根本の考え方に向き合って、なぜか?を考えないといけない、という事なのだろう。
最後に、二度とこんな事を起こさないためのキーは、「自由」であろう、と書かれている。そして、76年当時の日本にも、まだその「自由」は無いと。
ここから先は、「空気の研究」などの日本人論になると思う。
その他、山本七平の他の著作に重なるところはあるが、虜人日記というテキストを得て、日本軍、日本人をテーマとした考えが簡潔に示されており、小松真一・山本七平という二人に感謝。
こういう本が新刊で出るのは本当に良い事だと思う。この781円(税込み821円)はすごく安い。角川書店、エライ。
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