手塚治虫が書き下ろしたのかと思って買ったが、講演の記録をまとめたものだった。
手塚治虫といえば、鉄腕アトム、リボンの騎士、ワンダースリー、ビッグX、悟空の大冒険などが小学校時代に見たアニメ。今でもアニメは好きだが、その原点はアトム。宝塚の手塚治虫記念館に行った時に、手塚アニメのオープニングテーマばかり集めたものを見たが、どれも今でも歌えた。
残念ながらこの本は、手塚治虫の講演を集めたもので、少しバラバラな感はあるが、手塚治虫の生い立ちやマンガ家になった経緯、マンガに対する思い入れや作品の哲学、今の世相に対する意見などが書かれており、面白かった。
いじめられっ子だったが、マンガが上手く、芸は身を助けた、という話や、終戦の日に灯火管制が無くなり、ネオンや街灯がついている大阪を見て、「ああ、生きていてよかった」と思った経験が、自分がマンガを描く支えになっているという話など、手塚マンガを貫くものについての説明もある。
倒産して苦労した話や、それを助けた友人の話などもあり、アニメーションを作る裏ですごい苦労があった事がわかった。アニメを楽しませてもらった僕らにとってはありがたい事だ。
また、校内暴力や子供の自殺、若年者の殺傷事件などの発生に関して、手塚治虫の考えが次のように書かれている。
現代の(註:1990年代と思われる)中学生に、二一世紀について尋ねると、驚いたことに、ほぼ半数の子供から「核戦争が起こる」、「食べ物を取り合って殺し合う」などという悲観的・絶望的な答えが返ってくるのです。(略)
このような未来像は、テレビや映画のSFドラマとかマンガで覚えたイメージかもしれませんが、あまりに虚無的で情けなくなってしまいます。たしかに世界に危機感が増しつつあることには違いないのですが、二一世紀を社会人として迎える子供たちをおおうこの絶望感はいったいどうでしょう。
かといって、それを積極的に防止するとか克服するとかいった勇気ある答えはめったに返ってきません。
「戦争がもし起こったらどうする?」とたずねると、半数以上が「逃げる」と答え、「どうせ逃げられない戦争なら、しょうがないから死ぬ」と割り切っています。
「だってぼくたちが何とかしたって無駄でしょう。えらい人が勝手におこすんだから」
こういった諦観は非常に大人じみています。と同時に、そういう大人の否定的なビジョンを子供に強烈に植えつける情報洪水や、それに押し流されるのを食い止めることもできないいまの社会や教育の弱さに、腹立たしさを覚えるのです。
見かけは平和を享受していても、大衆の心は戦争時代よりもある意味でもっとすさんで、不安な状況になっていると思います。少なくとも戦争中は、それがまちがっているにせよビジョンのようなものを人々は持っていました。それが多少なりとも「生きがい」につながったと思います。しかし最近は体制社会のなかで、ただ毎日を生きのびるという処世術が先行して、人生の喜びや未来への期待はしだいに失われてきています。ことに若者や子供がそうです。
引用が長くなるので、はしょって書くと、こうなった原因はテレビの影響が大きい、テレビの一番の大きな欠点は、場面がどんどん変わることであり、たいへん深刻で本当は深く考えないといけなかったり、あるいはクライマックスでひじょうに感激しなければならない場面になって、こちらがグッと心を入れたとたんに、コマーシャルがポッと出て、そこで感情が消されてしまう。つまり、そこでわれわれはいったん覚めてしまって、その覚めかげんで、ある世界を客観的にのぞいているという錯覚に陥ってしまう。そういうテレビをずっと見て育った子供たちは、何を考えるにも、自分と距離をおいて考えるくせがついている。その結果、アンケートをとっても、自分自身がどうしていいかわからなくなっている。
これは100%大人の責任である。
大人はもっと自分たちが生きてきた道、特に年配の方が、戦後の混乱期から、今まで苦しみ抜いて築きあげてきたことを話さないのか、あるいは戦争中の話を子供に聞かせてあげられないのか、と思う。そのときに、おれたちは生きているのだということを、子供たちにもっと強く話していかなければならない。
(中略)
現代では、数学や社会や法律は教え込まれても、コンピューターやワープロや先端技術の扱い方は学んでも、もっとも重要でもっともいま必要な教育がなされていないと思う。それは、人生というものの無限の価値、生命の尊厳、あるいは宇宙や大自然の中における人間の重大さである。
引用が長くなったが、自分のことを少し棚に上げていうと、「自分が苦しい道を選んででも、人のために何かをすることができる」ということに価値を見出せたら素晴らしいと思う。
それを一番に教えてくれたのは、地球を救うために、自らを犠牲にして太陽につっこんでいった、アトムだったと思う。
あの最終回の印象は強烈だった。
手塚マンガの哲学を知るためには、良い本だと思う。
子供の頃に、手塚マンガやアニメを見ることができて、ラッキーだったということを再認識した。 |