2004年6月5日
ソクラテスよ、哲学は悪妻に聞け 池田晶子 新潮文庫
ソクラテスシリーズ3巻中の2巻目。結局1巻目、3巻目、2巻目の順で読んだ。
僕にとっては、2巻目が最も難しく、読む順番としては正解だったと思う。

タイトルどおり、今回はソクラテスとクサンチッペとの対話で全編を通している。作者も書いているが、ソクラテスの妻クサンチッペは史上最高の悪妻、ということになっているものの、全く資料もないので自由にソクラテスとの会話が書けた、とのこと。

1994年から1995年にかけて連載されたとのことで、20の章の中には、阪神大震災やオウム真理教の話題が出てくる。

また、今回は実名でソクラテス(の名を借りた作者)が批評しており、結構きつい事も出てきて、そこは面白い。

実名で出てくるのは、ソフィーの世界(けっこうボロクソ)、柄谷行人(かなりボロクソ)、大江健三郎(ノーベル賞受賞挨拶について)、立花隆(臨死体験について)などなど。

柄谷行人という人は、時々対談などに出てくるが、とにかく難しい事を言う人で、読んでいると、「それがどないしたんや」と思ってしまうことが多い。こちらの語彙や知識が足りないからだとは思うが、この本の中では結構バッサリやっていて、気持ちよかった。(おそらく、自分の次元が低いのだとは思うが)
「文学批評だって、人間を馬鹿にするのもほどほどになさいよ、柄谷君。僕は君の批評文に、文学を感じたことがない。」など、書いてしまっていいのかな?と思うほどきつい。それでも、あとがきによると、一切誰からも文句は来なかったらしい。

3巻のシリーズの中では、この本が一番難しかった。簡単な言葉で書かれてはいるが、各々の話題の対象についての知識が無いと、なかなかついていけないように思う。結局読んではみたけれど・・・という類の本になってしまったのが残念。

比較的わかりやすかったのが、阪神大震災について書かれている、「地震と人生」というところ。

「・・しかし、生きるということが生存するということなんだったら、なんにも難しいことなんかないのだ。頑張って生きればいいだけなんだから。難しいのはね、生きるのがほんとに難しいことになるのは、生存しようがするまいが存在する以外にはない、このことに気がついてしまった場合なんだ。
 大地震の直後、人々の率直な想いはこんなふうだった。すなわち、自然は畏れるべきものだ、人間はその前に無力なものだ、我々は奢っていた、人間の営みははかないものなのだ、そして異口同音にこう締め括ったのだ「考え直そう」と。
 考え直す−−−。でも、何を?何をいったい僕らは考え直すことができるというのだろう。生存と存在について、どんな新しい考えが僕らには可能だというのだろう。震災に強い街づくり、普段からの防災の心構え、危機管理体制を強化せよ、なるほどそれらはその通りだ。しかし、これらのことごとのどこがいったい考え直されたことなんだろう。生きるために生きようとすることは、地震の前だって同じだったじゃないか。自然が人間の力を超えていることだって、忘れていたことを思い出しただけで、新たに考え直されたことじゃない。
 なら、生死かい?生活とか生命とかいうものは、何かがなければ何となくいつまでも続いてゆくものだと漠然と思っていた、それが間違いだったということを思い知らされた。なに言ってんだい、そんなこと、こういうことでもなければ気付かれないくらい当たり前なこと、それがようやく気付かれただけのことであって、ちっとも考え直されたことなんかじゃない。ほんとうに考え直すというのはね、考え直すことなんかできやしないということを常に新たに考え直し続けることでしかないのだよ。わかるかい?」

震災の後、自転車で毎日会社に通う道すがら、倒れた家や崩れたビルをみて、確かに人間は無力なものだ、と思った。そして、実際にニュースなどで言われていた、「考え直そう」という言葉に、いったい何を考え直したらいいんかな?と思っていた。
実際に地震を見てしまった人にとっては、行政面では考え直すべき事はたくさんあったと思うが、根本的な事については、ここで書かれているように、人は存在する限りは生きていかないといけない、という当たり前なことを思い知らされ、人間が自然の前に無力な存在だという、これも当たり前な事を思い出したということだったと思う。

こんな事が起こったら、しゃーないな、という諦めの気持ちが、被害が軽かった僕の正直な気持ちだった。

でも、ソクラテスが言うには、

「・・・僕らには人生を諦めるということは、できないことなのだ。なぜと言って、諦めている自分が、なおそこにいるからなのだ。
諦めることができるんなら事は簡単なのさ、何もしなくていいんだから。しかし、僕らは生きることを諦めることはできんと諦めつつやはり生きることしかできん。これこそが大変なことなのだよ、皆まだよく気付いちゃいないんだがね。・・・」となる。

そう言われると、実際、そうなっている。
やはり、生きることしかできない。しゃーないな、と思っても、生きていかないとしかたない。

前向きも後ろ向きもなく、しかたないかどうかはさておいても、生きていく、ということは死ぬまでは続く事であり、それはなぜか?という問いに対して、そんなことはわからない、ということを言ったのがソクラテスという人だ、という事がこの3巻を読んだ結論。
これで合っているのかどうか、そんなことはわからない・・・。