2004年8月20日
箱(Getting Out Of Box) The Arbinger Institute 文春ネスコ
著者はアメリカのユタ州にある研究所である。
あとがきによると、The Arbinger Instituteは、「ビジネス、法律、経済、哲学、教育、心理学の専門家が一堂に会し、組織内にある人間関係の諸問題を解決することによって、収益性を高めようという独自のマネージメント研修やコンサルティング業務を行っている」とのこと。

組織の持つ収益性を、人間関係から解決しようというアプローチは非常に面白い。
組織の中で働くときに、自分の立場を離れて、冷静に全体を見たときに、やらなければならないことというのは、おのずとわかる事が多いが、わかっているのにできない事が多いのも事実。また、全体を見てやらなければならないことがわからないまでも、仕事をする上で、こうした方がいいのに、と思いながらそうできないことというのがよくある、と思う人は多いのではないか。
これらの主な原因は、組織内の人間関係に負うところが大きいと思われ、この本の書かれた視点は正解だと思う。

この本はまさにそういう観点から、組織の能率を上げる事を阻害しているのは何か、というのを捉えている。
題名の「箱」というのは、人が自己欺瞞に陥っている状態を「箱に入っている」という言葉で表しているところからつけたもの。
自己欺瞞は、人文科学の核心にある問題だ、と書かれており、個人や組織の中にある自己欺瞞をなるべく小さくすることで、収益性を高めよう、ということが書かれている。

内容は、ある会社に転職してきた新入の上級管理職が、その会社の役員や社長などから、この「箱」の問題についてのレクチャーを受ける2日間の物語として書かれており、非常に読みやすく、わかりやすい。
物語の中の会社はザグラム社といい、こんな会社があったらいいなあ、と思う会社である。

主人公の上級管理職は、家庭でも妻との間や子供との間で、人間関係の問題を抱えており、この「箱」のレクチャーを受けていく過程で、それらの個人的な人間関係も、「箱」から出ることによって(自分に忠実になって考えることで)改善されていく、という筋立てになっている。
簡単なたとえ話で話が展開されていくので、すごくわかりやすい。アメリカのこの手の本は、良くできていると思う。
ビジネス書のようだが、ビジネスだけでなく、家族や友人との人間関係を考える上でも役に立つ。

基本的にこの本も以前読んだビーンズと同じく、性善説の色が濃い。本来、人間は自分だけのことを考えているのではなく、本当は利他的なものなのだ、というのが人間に対する前提であるように思える。

自己欺瞞(=自分への裏切り)というと難しく聞こえるが、簡単なたとえで言うと・・・、

あなたは本屋で立ち読みをしています。読んでいる本を買おうと思った時に床に落として、少し表紙が破れてしまいました。その瞬間、あなたは自分が落として破ったので、この本を買おう、と思いました。でも、次の瞬間にせっかく買うんだから、横に積んであるきれいな本にしよう、と思い直しました。
この思い直した、ということが自分への裏切りであり、本の中で自己欺瞞、と呼んでいるもの。
自分を裏切ってしまうと、次にあなたは、こんな事は誰でもやっていることだとか、元々この本屋はサービスが悪かったんだから、これくらいは当たり前だとか、自分を際限なく正当化し始め、そうなるともしその事について、誰かから何かを言われても、聞く耳も持てなくなり・・・、と悪循環が続く事になる。これが「箱」に入っている状態である。

もし、最初に自分が思ったとおり、破れた本を自分で買おうと思った通りにしていたら、すべては前向きになり、それが企業でいうと収益性が上がるということであり、個人の生活でいうと、充実した人間関係が送れるということになる。

なあんだ、当たり前やん、と思う人もいるだろうが、この本にはもっとシビアな例も書かれており、ねばり強く説明していかれると、これは大事なことやなあ、ということがわかる。
世の中、自分も含めて、「箱」に入っている事が多く、それが自分を含めてまわりの人にもすごく悪影響を与えているんだろう、という気持ちになる。

こういう大事なことを、やさしい言葉で、だれでもがわかるように物語にして伝える、という努力に頭が下がる。
こういう本は日本人には書けないのではないかと、何となく思う。
1500円は安かった。