2004年9月12日
老楽抄 ゆめのしずく 田辺聖子 集英社文庫
非常食ではないが、何冊か本棚に読む予定の本をストックしている。その中に田辺聖子の本はなくてはならないものの一つ。まだ読んでない文庫を見つけると買っておく。今回の本はそのストックの一つである。
(こんな事を書くと作者に失礼か。)

この人はエッセイもたくさん書いているが、この本は作者の昔の思い出や、年齢を重ねてきて思う事などを中心にまとめられている。

四部に分かれており、「私、中年アリスです」「酔生夢死」「ひらかな文化」「露ちるや」というタイトルがついている。死や神サン、故人への追悼などのテーマが多く、作者自身それらが身近なテーマとなってきた事を書いておられるが、僕自身もそのテーマにだんだん共感するところが多くなってきたからか、すごく示唆に富むエッセイ集だった。

田辺聖子は、本当に文章がうまいと思う。この本は短いエッセイが多いが、どれを読んでもすっと頭に入ってくる。また、あとでエッセイの題名を見たら、内容が思い出せるものが多い。短くても、十分に内容がわかるからだろう。もちろん、作者自身の思いが明確で、伝えたいものがはっきりしているから、という事もある。(そっちを先に書かないとファンに怒られるか?)

また、発想や表現力がすばらしい。飲み屋で傍若無人に大声で話をするサラリーマンの団体を見て、<人柄の賞味期限>という事を書いている。なかなか「人柄の賞味期限」なんていう言い得て妙な言葉は出てこない。

「文明開化」という題で、田舎に突然建設された近代ホテルで、お爺さんが浴衣のままレストランにきて、もめているのを見た話で、

−田舎に突如出現した近代ホテルほど、せつないものがあろうか。爺さんの言は間違っていないが、<当然>は一つではなく、いくつもあるのだという、文明開化の温度差をどうやって爺さんに納得させればよかろう?

と感想を述べる。文明開化とは違う尺度のものが入ってくる事だということを田舎の近代ホテルで偶然目にした光景に託してあっさりと書いている。
平易な文章で、すっと読めてしまうが、僕にとっては得るところは多い。

「人生は神サンから借りたもの」では、以前から書いておられるが、ご自分の死生観を語っている。

「南京虫と天瓜粉(てんかふん)」では小学校の頃の夏休みの思い出(これはこれで、戦前の小学生の生活が興味深いが)に絡めて、最後にさらっと夏休みを人生に置き換えて考えさせられる。

「私の好きな女たち」では岸和田のだんじりを見に行ったときの、お店のお姉さんの生き生きしたすばらしさを語り、そういうのがほんとに人間が住む町の文化だ、といい、大資本が作るチェーン店というのが「心温まるサービス」を追放しつつあるように思えて淋しくなる、という。(個人的にも岸和田の女性はすばらしい人が多いと思い、そうそう、と言いつつ読む)

「大吟醸」「教養はまわりくどいもんだ」では日本の教育について、「老年」では老いていく実感について、「ひらかな文化推進」では小説作法やひらかなで考える事の大事さを、「読書のたのしみ」では文字通り作者の読書についての思い出を語り、人間の読書の手持ち時間は意外と少ない、という・・・わかりやすい話ばかりだが、奥は深い。

最後の「露ちるや」という章は、亡くなった人の思い出が書かれている。中で、吉行淳之介に若い頃会って、笑わされた時の事をふり返って、六十を過ぎて、よかった、と思う、この心情にはしずかに感動した。

阪神大震災の事もいくつか書かれている。「力強い現場報告」に被災した中学生の作文が紹介されているが、ここは涙が出るので、立ち読みはしない方がいいですよ。

僕は以前からの田辺聖子ファンだが、このエッセイ集は本当によかった。
いくつか、以前読んだ田辺聖子の恋愛ものを読み返してみたくなった。

中年以上の方にお勧めします。
こういう本がある、ということそのものがうれしい事だ。