2004年12月6日
ハーバードからの贈り物 デイジー・ウェイドマン ランダムハウス講談社
原題はRemember Who You Are。自分を見失わないで、という事らしい。

ハーバードビジネススクールでは、各学期の終わりの授業には、教授が自分自身が経験した試練や成功、失敗などのエピソードを話すという伝統があるとのこと。

作者はハーバードビジネススクールの学生で、これらの講義を聴きながら、この本を作ることを思いついたとのこと。「はじめに」にはこう書かれている。

「これはハーバード・ビジネススクールの伝統だ。一学期と二学期の終わりにも、私はこうしたはなむけの言葉を10あまりも聞いてきた−−最初は驚き、やがて夢中になって。教授自身が経験した試練や成功、失敗の数々。今の私と同じように途方に暮れ、混乱に陥ったときのこと。思わず噴き出してしまうエピソードや、何年もの熟慮の末に至った結論、皆が目を潤ませるような話。無造作に机に寄りかかり、パワーポイントで手をかけて作ったスライドを見せながら自信たっぷりに話す教授もいれば、メモを書いた黄色いレポート用紙を握りしめ、背中を丸めて教室を歩き回りながら話す教授もいる。学生と同じように、まるで自分も初めてその話を聞くと言った風情で、話しながら深く物思いにふける教授もいた。多くの教授はユーモアを交えながら、気さくな調子で話してくれた。話の内容は、それを語る教授の個性と同じく、バラエティに富んでいた。けれども同時に、すべての話には共通点があった。どの教授もリーダーとしていかにより良い人生−−有意義な人生を築くかについて語っていた。」

アメリカは、ある意味では日本以上に学歴社会であり、ハーバード・ビジネススクールに入ってくる学生というのは、組織のリーダーになるべき人、という位置づけがはっきりしていることがわかる。きっとここの学位を取れたら、いきなり組織のトップ、少なくともマネージャー以上で働くことが出来ると思う。(もちろん、その裏でガレージの工房からミリオネアになるというアメリカンドリームも存在しているのだろうが)

しかし、読んでみるとわかるが、教授陣の言葉はリーダーにだけ与えられているものではない。

本の扉の裏側には、

「この本は、ハーバード・ビジネススクールの教授陣の協力を得て生まれました。卒業生のなかには、「恒例の最後の授業にこそ、ハーバードの精神が息づいている」という人も少なくありません。語られるメッセージは、エリートだけに向けられたものではなく、働きながら生きる全ての人びとに、励ましと戒めを与えてくれます。この本は、たんに知識を与えて正解を示すことが教育ではなく、精神のあり方や物の見方を実感をもって伝えることこそが教育の本質であると、おしえてくれます。人と交わって生きるすべての人に、本書を贈ります。」

と書かれている。
全部で15の短いエピソードが収められている。
登山で死にかかった体験から、自分の世界観が変わった、という話や、娘の視野を広げるために旅行に連れて行ったが、旅先で娘に問われた質問から、自分の一生の研究テーマを得たという話、卒業五年目の同窓会には行くな、という話など興味深い話が並んでいる。
さすがアメリカ、というか、どの話もなべて実用的、具体的であり、日本人好みの抽象的な精神論(・・道を示すようなもの)はあまり無い。そういうものを期待してこの本を読むと何これ?と思ってしまうだろう。

驚いたのは、自分の両親の事をテーマに話しているエピソードが多かった事である。
父親の事、母親の事、両親の事を元に、現在の自分について話している人が数人いた。これもアメリカらしいような気がする。

一番いい話だと思ったのは、「レース」という題名がついたヘンリー・B・ライリングという教授の話。
成功を収めるファクターとして「失望から立ち直る能力」「運」「リーダーシップの資質」「公正さ」を挙げた後、これら4つのリストアップは難しくないが、五つ目の要素である「判断力」について、実際にハーバード・ビジネススクールであった実話を元に紹介している。
この手の話にはすぐに感激してしまう。
立ち読みするなら、これです。

ただ、この本の中にも書かれているが、エンロンをはじめとするアメリカの大企業の不祥事から、CEOたちに対する社会の不信という状況があるのも事実。ハーバード・ビジネススクールの多くの卒業生も、その批判にさらされている。
それを乗り越えていくべき指針の多くがこの本の中に示されていると思う。
それが本当のハーバード・ビジネススクールの教授たちの願いであるのかもしれない。

最後に「自分を見失わないで」というエピソードがあるが、その中に、こう書かれている。

「今日、私の仕事は明日のリーダーを育てること−−より良い世界を作るための力を伸ばす手助けをすることだ。その力は、あなたたち一人ひとりのなかにある。人間は誰しも、自分なりのよりどころを持っているはずだ。それは必ずしも両親の教えではないかもしれない。恩師や友人のアドバイスかもしれないし、自分自身の価値観や信念かもしれない。でも、私の父と母の言葉をぜひ心に留めておいてほしい。あなたが将来、どこにいて、どんな組織で働こうと、あなたの周囲の人びとが「われわれはいったい誰を信頼できるのか?」と自問するとき、その答えは「あなた」であってほしい。
 これから未来へ向かって羽ばたくあなたには、大きな期待がかかっていることを肝に銘じてほしい。行く手にある世界は、波風も多く不確かなものだ。−−リスクに満ちている反面、大きな見返りもある。そのような世界のなかで、ビジネスがもっとも力強い力のひとつであることは間違いない。そこで求められるのは、最高レベルの誠実さと敬意と自己責任の確固たる基盤に立ち、社会に変化をもたらすリーダーだ。目標を高く掲げることを恐れず、大いなる夢と希望を持って、自分を信じ、周囲の人びとを信頼するリーダーである。
 あなたはまさにそうしたリーダーの一人となる人間だ。だから私のアドバイスは簡単だ。入念に考え、賢明な選択をせよ。自分の人生を律する価値観や信条をしっかり見きわめ、それに忠実であれ。
 自分を見失わず、思う存分ハイカントリーを駆けよ。」

善し悪しは別にして、明確にリーダーを育てる、という教育をしている。
こないだ読んだ、昭和ヒトケタの本の中の海軍の学校の事を思い出した。
戦後民主主義教育の「平等」という観念には反するのだろうが、こういう教育プログラムも必要ではないかなあ、と余計なことも考えさせられた一冊だった。
しかし、授業は難しいんだろうが、こんな教授の話を聞けるというのは、値打ちがあるなあ、と思う。