2005年1月4日
考える日々2 池田晶子 毎日新聞社

シリーズの2冊目を読んだ。1999年の作品。
書かれている内容の切り口は同じであるが、それはすごいことだと思う。

自分が存在することの謎
自ら謎を考えることの大事さ
死は無であり、無は存在しないのだから、死は存在しないこと・・・

作者とはだいぶ懇意になった感じがする。

結局は、宇宙とは何なのか、人生とは何なのか、生きているとは何なのか、というところで、絶対的な視点を持たないと、何に対しても普遍的な真実は見えてこないということを言っているんだと思う。
ただ、その視点というものがひとつの解答ではなく、「わからない、という事をわかり、考え続けること」である、ということがなかなかわかりにくい。

今まではいつもどこかに答えがあるという事が当たり前だった。
もしも答えがわからないにしても、それは自分にわからないだけで、きっと答えはあるはずだった。
また、中には答えのない問題というのもあるけれど、今はあっても、無限の時間の中では答えに達する、という暗黙の了解があり、だから結果的に答えのない問題は無い、というふうにしてきたと思う。
さらに、宇宙の始まりとか、自分はなぜ生きているのか、というようなところは、ここから先は神の出番、ということでケリをつけていた。
「わからないということ」を実際にわかることは難しい。
それがなかなかわからないから、「考え続ける」ことは実際にはもっと難しい。

しかし、この人は半端ではない。
「世の騒音から身を守る術」というところに、耳栓について書いてある。

 耳栓を携行するのは、乗り物の中での仮眠のためと、待合室などですごす時間を守るためだ。病院その他の待合室で、部屋の真正面に大きなテレビを据え、かなりの音量でつけっぱなしをしているのは、いかなる了見なのだろうか。サービスのつもりなのだろうか。しかも、念の入ったことに、そこで流されているのはほとんどの場合、昼間の愚劣なワイドショーである。あんなもの、自分から見ることさえあり得ないのに、逃れようもなく目の前に座らされて、強制的に見せられることの苦痛たるや、私にとっては拷問以外の何ものでもない。
(中略)
 私が耐えられないのは、車の騒音、飛行機の爆音よりも、むしろ、愚劣にして無内容な人の声、すなわちそのような「言葉」である。「いやしくも」人が話しているのだから、何らかの意味があるに違いないと思うのは、当然なのではないだろうか。それこそ、「脳が」、習慣的に反応して耳をそばだてる。耳が追う、言葉を、意味を追う。意味を待つ。しかし、ああ、いくら待っても意味が来ない、まったく何の意味もない!
 まったく何の意味もない無内容な言葉を最後まできいてしまったのだ、と気づいた瞬間の脱力と腹立ち、それで私は耳栓によって「防御態勢」をとるのが習慣となっている。無内容な書き言葉なら、読まなければすむけれども、無内容な話し言葉を、聞きながら聞き流すためには、おそらくまだまだ修行が足りないのであろう。

僕も同意見だが、耳栓をして防御態勢をとるところまでは、いってない。
一人で見ていれば、確実に消すのだが、待合室なら仕方ない、と思ってしまう。
ここまで、言葉の意味を真剣に考えている、というのはすごいことだ。

もうかなり読んできたので、書いていることの表面的な意味はすっと読めるのだが、読めば読むほど自分が考えていないことがわかってくる。
今回も、脳死の問題や臓器移植、死ぬことより生きてしまうことの問題、女子高生の車両の中の行動(これは人間ではない!)など、色々と書かれていて、盛りだくさんである。

最後の方で「落ちるところまで落ちてきた」というテーマで、警察の不祥事をあきれつつ、戦後の50年を評して、

 私は直には知らないことだが、敗戦の焼け跡、つまりまさしく最悪の状態から立ち上がってくる人々のパワーというのは凄いものだったと、知っている人々は口を揃えて言っている。しかし、立ち上がってくるその方向を、どうやら間違えていたらしい、五十数年かけて、われわれは一国を滅ぼしつつあるらしい。五十年かけて滅んだものを立て直すには、通例二、三百年はかかるというのは、さる碩学の言である。建造物ではない。壊れた建造物なら、数年数か月で再建できるが、いったん壊れた国家や社会を再建するのは、容易なことではない。ことは人心の問題だからだ。人心の教育、再教育には、何世代にもわたる忍耐と覚悟とが必要なのだと。
 このような議論の運びには、その通りと納得しつつも、だからどこからそれを始めるのだ、始められるのは誰なのだ、という現実的な疑問に、いつもハタとぶつかってしまう。やっぱりニワトリとタマゴなのである。教育こそが必要なのだが、教育する人を教育する人がいない。警察官を取り締まる人がいないのと同じことである。

と書いている。
50年かかったのか、40年なのか、それとも20年なのかはわからないが、これも同感である。
「教育こそが必要なのだが、教育する人を教育する人がいない」・・・言い得て妙だ。
そんな気がしません?