2005年4月30日
ラッキーマン マイケル・J・フォックス SB文庫

「神様、自分では変えられないことを受け入れる平静さと、自分に変えられることは変える勇気と、そしてそのちがいがわかるだけの知恵をお与えください。」

マイケル・J・フォックスが毎日捧げているという祈りの言葉だそうだ。

映画ではバック・トゥ・ザ・フューチャーが彼の代表作だと思うが、アメリカではファミリー・タイズというテレビコメディのシリーズで一躍有名になったらしい。ファミリー・タイズは見たことがないが、ドク・ハリウッドという映画を見て、面白い役者だなあ、と思っていた。

一番なじみがあるのは、スピンシティというテレビのコメディシリーズ。毎週ケーブルテレビのこの番組を楽しみにしていた。残念ながらこのシリーズを最後に彼は引退した。引退の理由がパーキンソン病であることは何かで読んで知っていたので、この本をハードカバーで初めて見たときに、買おうと思ったのだが、値段を見てやめてしまった。意外に早く文庫になったので、見つけてすぐに購入した。今もスピンシティは続いており、主役はチャーリー・シーンに変わっているが、ニューヨーク市長の政策補佐官というのが彼の役どころだった。

番組が進むに連れて、彼の表情に違和感が感じられ、何かおかしいなあ、とは思っていたのだが、その時はパーキンソン病のことは知らなかったので、違和感を感じつつも楽しみに見ていた。

この本は彼自身がパーキンソン病の徴候を認めたところから始まるが、実質的には彼の今までの人生を綴った自叙伝である。彼自身が「びっくりハウス」と呼んでいる、ハリウッドの映画スターの生活を抜け出し、自分自身の人生を取り戻す(この言い方は良くないかもしれないが)部分が中心である。というか、30歳で発病したパーキンソン病に、自分自身が本当に向き合えるまでの過程が、彼にこの物語を自分の言葉で書かせたのだと思う。

僕はハリウッドのコメディ映画が好きだし、コメディができる役者を尊敬している。
解説に、中野翠という人が書いているが、「・・・人生は悲しい喜劇だ。(同じ意味だが)滑稽な悲劇と言ってもいい。悲惨と滑稽の混沌の中にしか、ほんとうの感動はないと思う(「泣きました」と「感動しました」が同義語として公認されている今の日本はおかしい。こう言ってしまえばミもフタもないが・・・要するに、幼稚なのだ)。マイケル・J・フォックスは悲惨と滑稽の混沌を、人生の真実を、「ラッキーマン」という本の中にみごとに描き出した。」ということである。

この本は、若く、これから有望なハリウッドスターが、若年性パーキンソン病になり、結局は映画界を引退する、という事実を描いたものであり、それは悲惨なストーリーである。お涙頂戴にもできただろう。
しかし、マイケル自身が、この病気になったおかげで得たものを考えると、誰かが来て、この病気になったことを帳消しにしてやろうと言われても、「出ていってくれ」と言い切れる強さで、自分自身の生き方を語ったということが、この本を単なるスターのパーキンソン病闘病記ではなく、すべての人が読んで楽しめる自叙伝に変えているのだと思う。

1998年の11月に彼はついに自分がパーキンソン病にかかっていることを公表する。

 「ついにパーキンソン病にかかってからのことを公表する決意をしてから、ぼくはひとつの目標を頭に描いていた。この七年間、いかにしてこの病気を心豊かで生産的な生活に取り込んできたかを正直に説明する、と。自分の楽観主義や、感謝の気持ち、今後の見通し、それからパーキンソン病を抱えての人生のある面を笑い飛ばせる能力(ぼくはコメディ=悲劇+時間というジョーク・ライターの公式の信奉者なので)までをも伝えることが、ぼくにとっては重要だった。ぼくはこの発表を人生においても、仕事の面でも自分が前に進む方法と見ていて、追いつめられた結果とは考えていなかった。」

「人生のある面を笑い飛ばせる能力」という言葉は、すごい言葉だと思う。
前々から、人を笑わすという仕事ができる人は、自分を客観的に見て、自分を笑える強さを持っていることが大事と思っていたが、まさにそのことが書いてある。
ほんとうのコメディができる人は、単に自分をおとしめるということではなく、悲しみの中でもそれを前向きに捉え、その悲しみを笑い飛ばすだけのパワーを持っている、ということだ。
その意味で、マイケル・J・フォックスは一流のコメディ俳優だと思う。

本の中に、お客さんをスタジオに入れて、ライブでスピンシティをやっているときに、パーキンソン病をいかに隠すか、ということにすごく苦労した場面が書かれているが、ほんとうに涙ぐましい努力をしていたということがわかって、すごく感動した(こんなありきたりの言葉になるのが情けない)。

現在、パーキンソン病は胚性幹細胞(体外受精された受精卵の受精十日後のもののうち、不妊クリニックで廃棄されるものから採取される)を使って治療できるのではないか、と言われている。

パーキンソン病研究に対する補助を進めているマイケル・J・フォックス財団の力を得てこの研究が進み、いつの日かパーキンソン病が治癒可能な病気になり、また彼がテレビのコメディに戻って来て、ジョークを飛ばす日が来ることを祈らずにはいられない。