月は夜ごと海に還り

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(3)


「もう少し力を抜いて・・・そう、上を見て・・・もうちょっと開けられるかね?」

 包帯を解かれ、ようよう開かれたリアの瞼にギルモア博士は小さなライトを当てて診察している。

「これはどうかな?見えるかね?」
光の強さを徐々に調節しながら、視力の回復を細かく確認する。
リアは博士の診察には素直に応じていた。もっとも必要な事以外は口を開く事は無かったが。

「よし・・・。さあこれで終わり」
診察は終了だった。左目に折ったガーゼが当てられ再び包帯が巻かれていった。

「ふむ。水晶体はちゃんと適合しておる。後は角膜じゃな・・・今のままではまだ外部の刺激をそのまま受けてしまう。左目は もう少しこのままの方が良いじゃろう。体の方はもうほとんど大丈夫じゃ。そう、あと2、3日の内には起きられるかな。 もっとも、安静は必要じゃが・・・」

 そしてゆっくり包帯を巻きながら博士はのんびり話しかけた。

「リアと言ったね、青年よ。君は優れたサイボーグじゃ」

突然切り出され、僅かな驚きを持ってリアは相手に目を向けた。

「君なりに色々抱えておるようじゃ。このわしも、此処にいる皆も元はと言えばB.Gの一人。君の境遇は多少なりとも理解しておる つもりじゃよ」
「・・・・・・」
「今君が居る此処はB.Gの基地でもなんでもない。君は此処で自由であるのと同時に君が居るべき場所でもあると思っておる。 君の取った行動が、何よりもその証拠だと考えるのは間違いかな?」

博士はリアに明るく微笑みかけた。

「よっぽどの訳があるんじゃろ。君を死なせたくは無い。この我々の、ことに命をかけて君を救った009の気持ちを汲んで 教えてくれんかな。・・・戦艦に火を放ち、なおかつ自分自身の体まで死に至らしめようとした訳を、そして尚B.Gに固執する 訳を」
リアはちらりとこちらを横目で見た。

博士は言葉を続ける。

「君は裏切り者としての立場を余儀なくされた。このままではB.Gの追手が来るかもしれん。我々は君を助けたいんじゃ」

博士の最後の言葉がぽつりと静かなメンテナンス室に響いて落ちた。
 リアは無言だった。ただ博士の言葉の裏側を探ろうとでもする様に、ほんの少し眉を動かした。 新しい包帯が巻かれた左目の無機質な白さがさらに心を包み隠して、焦らす。

「・・・それを知った所でどうする?今の時点では俺はB.Gでしか無い」
発せられた静かな声。

「なるほど。しかし万全を尽くすというのが我々のポリシーでな。確かに我々は敵同士らしいが、それが今こうやって 戦場ではない場所で穏やかに話をしている。これが縁でなくて何であろう」

博士は微笑んで言った。やれやれと小さく首を振って見せる相手。

「009が009なら他の奴等も奴等だ。お前達がB.Gから逃亡出来た訳が分かった気がする」
「誉め言葉なら嬉しいんじゃがな」

年が成せる技なのかどうやら博士の方が一枚上手だった。

「つまり、俺にB.Gから足を洗って欲しいという事か」
博士は強く頷いた。
「我々はいつでも君を迎える準備が出来とるつもりだ。・・・いや、せめて君が」

「・・・俺をB.Gの裏切り者と思いたければ思えばいい。どっちにしろお前達には関係無い事だ」

博士はふーむと唸って顎鬚をひねった

「・・・リア、君は我々をただ巻き込むまいとそんな事を言っておるんじゃないかね」
「・・・根拠は?」
「わしとて元B.Gの科学者、多くの戦場を見て来た一人じゃ。そこには仲間の為、愛する者の為に、語る事無く義を貫き、散っていった人間が多く居た」

リアは鼻で笑い、冷えた眼差しを博士に送った。

「それが今度はお前達の番という訳だな・・・。裏切り者を助けた奴が次に裏切られ、自らを死に至らしめる、頭に叩き込んでおけ、あいつの 、009の頭にもな・・・!」


 博士の顔が悲し気に曇る。リアの言葉は真理かもしれなかった。





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