モドル | ススム  009

  色づく季節   



 深まり始めた秋は森の木々をほんのり色付かせ、溢れ落ちた色はすぐ下の沢の水を点々と染めた。
澄んだ空は余りに高くて、遠い筈の宇宙の闇まで透けて見えそうに思った。

 岩に腰掛け体を反らせ、ジョーは空を眺めていた。
ジーンズを膝まで捲り上げ、沢に浸した足。その上をを透明な水の帯が優しく包んでは解き放って行くのを感じながら、 V字型になって飛ぶ鳥の群れをぼんやりと目で追った。
 腰掛けた岩肌はぬるく、水は冷たい。落ち葉や木切れが流れの通りに上下運動を繰り返しつつ、次々と通りすぎて行った。
明るい陽の光が川面一杯に反射して、秋の森は金色に輝いていた。


 沢のせせらぎ、風が時折木々をそっと揺らす音、森の奥から響く山鳩の低い鳴き声、 長い間それらだけしか聞こえなかった耳に、遠くからガサガサ言う音が混じり始めた。

落ち葉を踏む足音だとすぐに分かった。
それは一定の速度を保ちながら静かに、けれども的確に、ジョーの居る場所に向かっている。

足音はさらに真直ぐこちらを目指し、徐々に徐々に大きくなりそして──── ぴたりと止まった。



──── 探したぞ

ジョーはゆっくりと声のした方をを向き、笑った。

──── 気持ちいいよ。君も足を浸してみたら?

そう言ってジョーは、戯れにばしゃりと水面を蹴り上げた。
濡れた白い脹ら脛が、飛び散った幾つもの水滴が、陽光を受けてきらきらと輝き、彼の茶色い髪が揺れて周りに光の輪を幾つも降り溢した。

まるで小鹿が水辺で戯れている様だと、アルベルトはその様相に似合わないメルヘンチックな事を考えた。


──── 昼飯だ。行くぞ

──── あ・・・

 ジョーはアルベルトの言葉にちょっと困った顔をした。どうした、と声を掛けそうになって分かった。 濡れた足を拭く物が無いのだ。

──── 拭く物も無しになんで水遊びなんてやってるんだ

アルベルトは呆れた声を出した。

──── 乾かせばいいと思ったんだもん。もうお昼だなんてすっかり忘れてて・・・

唇を尖らせながら、ジョーは足を流れから引き上げ、水滴を落す様に空中でぶんぶんと振った。

──── 悪いけど先に行ってて。すぐ乾くと思うから・・・って、え、ちょ、ちょっと!

 近づいて来たアルベルトは、両腕をさっとジョーの背中と膝裏に差し込み、持ち上げた。
そしてそのまま元来た道を歩き出す。


──── 皆を待たす訳にはいかんからな。着くまでにはある程度乾くだろう。ちゃんと靴を持っとけ


 有無を言わさぬ物言いに反論出来ず、ジョーは小さく縮こまって、それでも大人しく腕の中に収まった。



 彼のしっとり濡れた脹ら脛が、足を踏み出す度に揺れる。
それをアルベルトはなるべく見ないようにして歩いた。
茶色い髪をそよがせ、少々不安そうに細い体を抱かれて運ばれる姿はやはり小鹿の様だと思った。
 それにしても、こういう抱き方は意外と体が密着しないものだ。





 今日の日が秋で良かった。

地面に積もった落ち葉を踏む音が、彼に気付かれたくない余計な音を紛らわせてくれるから。



 背後から何度も風が吹き下ろされる。木々が揺れ、色付いた木の葉がはらはらと頭の上へ、川面へ落ちた。
 やがてその風は舞い散る落ち葉と共にふたりを森の出口へと誘うだろう。



 まるでこの森から追い立てる様に。







2010.9.12改訂
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