☆前書☆ (パロディ歳時記のコメントより)

入学式のパロ、「邂逅」に引き続き、桑原水菜著「炎のミラージュ」のパロです。
私は別に、とりわけて譲が好きな訳ではないのですが、連休をテーマにネタを考えてみたところ、どうしてもこれしか思い浮かばなかったのでした。「無人駅」を書きたかったというのもある。だって、鈍行に乗る直江を想像できるでしょうか(笑)




 
無人駅

 遠くで車の走行する音が聞こえた。
 その音が、やがて小さく、細くなっていくと、辺りには再び静寂が訪れる。
 窓の外は夕闇に沈んでいる。光源となるような物は何もなく、ただ、田畑だけでがどこまでも広がっていた。
 明度の低い白熱球の明りの下、古い木造の待合室は何もかもが空虚な黄色味を帯びていた。懐かしいようでいて、どこか人を不安にさせる色だ。普段は忘れている様々な記憶や思いが、じんわりと心に染み出してくる。
 ベンチに腰を駆けていた高耶が、座ったままの状態で床を蹴った。ジャッという音が静寂を破って辺りに響く。それまで眠っていた譲が、はっとして隣の友人を振り返った。
「高耶…?」
 高耶はジャケットのポケットに両手を突っ込み、ベンチに深く背を凭れた格好で、正面の何かを睨んでいる。
「何?」
 譲がもう一度声を掛けると、高耶は目線だけを譲に向け、不貞腐れたような顔をしてみせた。
「来ねぇな、電車」
「だから、次ぎの電車は1時間半後だっていったじゃん」
「信じられねぇ。どんな田舎だよ…」
「しょうがないだろ、二人して乗り間違いに気づかないで寝ちゃったんだから」
 海の幸が食べたいという高耶の要望に沿って、電車で日本海側に向かった二人である。適当な駅で降りて民宿でも探す予定であったが、適当が過ぎて、気づけば海ならぬ山中の無人駅に着いていた。慌てて引き返そうとしたものの、待てど暮せど電車が来ない。時刻表を確認すると、次ぎの電車が来るのは1時間半後ということだった。
「ちっ、まどろっこしいな。やっぱ、電車よりもバイクだぜ、バイク!」
「俺、バイクの免許持ってないし。高耶が単車にサイドカー付けてくれるなら良いけどさ」
「冗談。いくらすると思ってんだよ」
「じゃ、やっぱり電車でいくしかないじゃん。どうせ急ぐ旅でもないし、偶にはこんなのもアリなんじゃない?」
「……じっとしてるのは性に合わねぇんだよ」
 言いながら、高耶はもう一度床を蹴った。
 譲は、そんな高耶の顔を、じっと見詰めている。
 確かに、高耶はいつも何かに駆り立てられていた。彼は常に力を求めている。それは、彼と彼の妹を守るために必要な力だ。自分の力で立ち、世の中と対峙できる力を得ることを、大人になることを、高耶は中学生の頃から切望していた。
 じっとしてなんかいられない。この手に力を!早く、一刻も早く、この手に力を!
 譲には、その気持ちが痛いほどわかる。わかるのだが、そんな高耶の姿を見ていると、いつも切ないような気持ちになる。
 こうして肩を並べて歩いていけるのも高校までだ。高校を卒業すれば、進路も分れる。自分は家業を継ぐために歯科医大に進むであろうし、家庭裁判所の調査官を目指す高耶は、教育学部か人間科学部に進むだろう。
 道は分れる。
 高耶を得難い友人だと思えばこそ、成長を急ぐ彼の姿は切ない。
――こんな風に一緒に旅行ができるのだって、今だけかもしれないんだ、高耶…――
 ずっと友人と共にありたいと願う自分は幼いのだろうか。離れていても、友人は友人だ。大人になれば、誰だってそんな風に、物理的にも心理的にも距離を置いた付き合いをするようになる。それが普通で、当たり前のことだ。
 でも、っと譲は思う。離れていては、何かが起こった時に、自分は大切なこの友人を守ることができない。自分よりも上背も力もある高耶のことを、守るも何もないのだが、この大人びた友人が、実は酷く脆い一面を抱えていることを、一体どれだけの人間が気づいているというのか。自惚れかもしれないが、崩れてしまった高耶を支えることは、自分の役割だと譲はずっと思ってきたのだ。
――それともこれは、俺の独り善がりな考えなのだろうか――
 溜息を吐いて、それまで見詰めていた高耶の顔から、譲が視線を外した時だった。
「譲、お前、大学は行ったらさ、車買えよ」
 唐突に、高耶が言った。
「車…?」
「そ、四駆がいいな。山でも海でも行けるヤツ。大学に入ったら、お前も忙しくなるだろうけど、時間作って日本中を旅しようぜ。北は北海道、南は沖縄までだ。それで、このちっぽけな国を、俺達で全部走破してやるんだ」
 高耶の言葉に、譲は息を呑んだ。恐らく、思い付きで語られたのであろう友人の言葉に、それでも胸が熱くなる。
――自惚れても良いのだろうか。彼もまた、俺を必要としてくれていると…――
「……いいけど、ガソリン代は割勘だからね」
「馬鹿、当ったり前だろう」
 無人駅に少年達の笑い声が響き渡った。
 笑いながら、譲は少しだけ目を潤ませた。
――きっと、大丈夫。俺達は大丈夫――
 別れても、離れていても、高耶に何かが起こったら、どこにいようと自分はきっと駆け付けるし、逆もまたしかりだろう。自惚れても良い、自惚れなんかじゃない。物理的な距離は如何ともし難いが、自分達の心理的な距離が離れることはない。
 自分の、自分達の心が、それを望むのであれば。
 遥か遠くから、何かの音が聞えてきた。じっと目を凝らすしていると、やがて闇の中から二つの光りが現れた。ゴウゴウという、電車の走行音が、夜を震わせる。
「行こうか」
 荷物を片手に譲が立ちあがると、ああ、と答えて高耶も立ちあがる。
 待合室の扉を開くと、初夏の爽やかな風が吹き込んできた。
 旅はまだ始まったばかり。
 この夜の果てには、必ず望む未来が待っているはずだ。
 歓声を上げて、少年達は夜の中に飛び出す。
 その上空では、いつの間にか昇った月が、静かに光りを振り撒いていた。

 《完》

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最後の3行に泣かされました・・・これを最終巻読んだあとに書いたゆんちゃんは、なんて卑怯な人なんでしょう!!(泣) byイッカク