雪の面影



 雪が降ってきた。
 真っ暗な空から、天の慰めのように落ちてくる柔らかで白いものたち。
「ああ、どうりで……。寒い筈だ」
 歩む足を止めて夜空を仰ぐ。
 どんなに時代が変わっても、どんな土地に立とうとも、雪の舞い落ちる、この光景だけは変わらない。

――不思議なものだな。雪を、こんな風に懐かしく思うとは…――

 あれは、いつのことであったか。夜空を見上げる彼の、澄んだ瞳を鮮明に思い出す。
 怨霊調伏の活動が、越後から離れ関東に、そして全国にまたがり始めた頃だった。彼と自分は南西で任務にあたっていた。気候の穏やかな土地で、真冬であっても肌を刺すような冷たい風が吹く日はめったになかった。
 それが、師走のある日、急激に気温が下がったかと思うと、真綿のような雪が降り始めた。宵の入りで、彼と二人、宿に帰るために川岸を歩いていた時だった。

――ああ、寒いと思ったら…。雪だ、直江…――

 懐に入れていた手を空に差し上げ、彼は自分に静かに語りかけた。

――ここで、雪を見られようとはな……。おかしなものだ…――

 手の平に舞い落ちた雪をゆっくりと握り締め、彼は白い息を吐きながら小さく笑った。

――越後にいた頃は、雪などただ邪魔なものと思っていたが…。こうして、思わぬ土地で雪を見れば、なんとはなしに嬉しい。不思議なものだな。雪を、こんな風に懐かしく思うとは…――

 俺も、完全に越後者になっていたということか…。
 振り返って、そう言った彼に、自分はなんと返事をしたのであったか…。

――なぁ、直江…。俺達の旅はいつ果てるとも知れないが、どこにいようと、この雪の降る空だけは変わらないな。こうして、空を仰げば、俺達はいつでも越後に帰ることができる…――

 だから、大丈夫なのだと…。
 見る間に変わっていく時代の中で、それでも、自分達は永遠に近い時を生きていけると…。
 彼はきっと、それを自分に言いたかったのだ…。
 きっと、自らに言い聞かせたかったのだ…。
 
 今ならばわかる。

「初雪です、景虎様…」
 あの日の彼と同じように、手の平に柔らかな雪片を受け止める。
「春日山は、今頃深い雪に覆われていることでしょうね…」
 瞼を閉じれば、故郷の景色が白々と思い浮かぶ。
 そして、空を見上げる彼の眼差し。
 自分に語りかける凛とした声。
 伸ばされた指のしなやかさ。

 その全てが、長い歳月を経た今となっても、こんなにも鮮やかだ…。

 柔らかな白い光に煌く空に向かって、祈るように彼を思う。
 降り積もる雪のように、心の中に一層、彼への想いが堆積していく。

 あなたを、愛しています…。

 あなたを…、愛しています…。

 雪の中の彼の面影を、思い出と一緒に胸に抱く。
 どうか、この雪が止まないように…。
 少しでも長い間、あの日の彼とともにこの空を眺めていられるよう。

 
 例えそれが…、束の間の夢であったとしても…――。




 《完》


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■イッカク 感想■
痛い・・・イタイ・・・胸が苦しい・・・救心ください。
その後の直江を具体的に考えると、かなりつらいです。
40巻読み終えてから、悲しみはだいぶ麻痺してきたのですが、
こういう小説を読むと、あの完結時の悲しみは、
今もそのまま私の中にあるんだなと、気付かされます。

ゆんちゃん、はかなくて美しい作品をどうもありがとう!
泣かしてくれてありがとう。(TT)
この小説は、彼女が最近毎日のようにブログに書いている
その日の出来事をテーマにした即席(?)なんでもパロディ企画(という名のチャレンジ)
の中にあったミラ小説でした。ちなみにこの日のテーマは「雪」。
このブログ、オススメです。ジャンルの広さと酒量の多さに慄くこと必死です。