HOT CHOCOLATE  ※TOP絵 ≪ 逢い引き 〜Sweet Kiss〜 ≫ のイメージSS





 バレンタインの夜も、高耶は遅くまで業務に励んでいた。
 ふと時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時刻だった。山と積まれた資料や書類をめくる手を止めて、冷めたコーヒーを喉に流し込む。
(残りは明日の朝にするか)
 書類をまとめて部屋を出ると、予想外の気温差に一瞬体を震わせた。
 窓の外が白く染まっている。いつのまにか雪が降り始めていた。
(どうりで寒いわけだ)
 窓辺に寄って、高耶はぼんやりと白い世界を眺める。

――ホワイトバレンタインですね。

(あの男がここにいたら、そんなことをいいそうだな……)
 淡く笑った息が白く窓を曇らせた。



 直江は、結局今日一度も現れなかった。
 執務室のドアがノックされるたび、どきりと胸を鳴らしていた自分がおろかに思えた。
 曇った窓を手でぬぐい、外を眺める。
(バレンタインだろうが何だろうが、そんなものどうでもいい)
 口実なんてなんでもよかった。
 会いに来てくれるのなら。
 あとわずかで日付が変わる。今夜はもう、来ないだろう。
 だけど、窓の外に、雪の中に、男の姿を探してしまう。車のエンジン音を耳が拾おうとする。そんな未練がましい自分に高耶は自嘲めいた笑みをもらし、振り切るように窓から視線を逸らせると足早に自室へ向かう。
 しかしその足は、数歩進んだところで再び動きを止めた。
 高耶は目を見開く。少し先の窓辺に人影があった。
 気がつけば走り出していた。ぶつかるように窓に手をつき、力任せに開いた。
「なんで、んなとこにいるんだよ!」
 怒鳴る高耶を、いつものやわらかな笑みを浮かべながら直江が見上げている。いつからいたのか、髪が雪まみれになっていた。
「風邪引くだろ馬鹿野郎」
 高低差のせいで、直江のつむじまで見える。それを頭の片隅で新鮮に思う。
「早く中に入れ」
 そう、ぶっきらぼうに言う高耶に「すぐ宿毛へ戻らないといけないんです」と直江は申し訳無さそうに言った。
 高耶の顔が、悲しげに歪む。
「これだけ、今日中にどうしても届けたかったんです」
 そういって、直江は赤い小さな箱を窓から差し出した。
「受け取ってください」
「いらない」
 高耶は語気を荒く拒絶する。
「そんなものいらない」
 そんな物を待っていた訳じゃない。
「高耶さん・・・」
「帰れ」
「高耶・・・」
「そんな凍ったチョコ・・・寒くて食えるか」
「そうですね」
 ふいと目をそらした高耶の耳に、包装紙を破る音が聞こえた。
「じゃあ、これでは?」
 すぐ間近で、低い声が囁いた。
 高耶は目を剥く。
「なっ、ばっ、おまえっ」
 唇に茶色い欠けらを挟んだ直江が、背伸びをしてそれを高耶の前に突き出していた。
 そんなことを照れもせずにやってのける男を、高耶は赤い顔で睨みつける。しかし、そんなもので引き下がる直江ではない。口が達者なこの男の、瞳もまた雄弁だった。
 熱の篭った鳶色の瞳が、無言で促す。
 動揺して視線をさまよわした高耶は、まわりに人気が無いことを確認すると、覚悟を決めたように、窓のサッシに手をかける。その手に、冷えた大きな手が重なった。そして唇に甘い感触。
 とまどったのは、ほんの一瞬だった。高耶はチョコレートにかぶりつく。男の唇ごと。
(欲しいものはこれだった)
 餓えを満たすように、貪欲に貪る。ふたりの間で揉みくちゃに翻弄されたチョコレートは、瞬く間に溶けて消えた。それでも唇は離れない。深く口内に侵入した高耶の舌は、直江の口に残る甘い一滴までも舐めとろうとする。
 重なる唇から熱い息が白くこぼれる。
 もう、この男しか見えない。
 場所も時間も気温も・・・そんな都合は、熱に溶かされて消え去った。

 雪混じりの寒風が廊下に吹き込み、高耶の髪をなびかせる。
 手からこぼれ落ちた書類は、雪と一緒に舞い散った。



(fin)






こんなイメージで作りました。

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2006.2.16 up