初夢





 カーテンの隙間から差し込む光が、幸せそうに眠る愛しい人にスポットライトを当てていた。
「高耶さんおはようございます」
 小鳥のさえずりにかき消されそうな小さな声で直江は呼びかける。
 まだ眠らせてあげたい。
 早く目を覚ましてほしい。
 大人の自分と子供の自分が心の中でせめぎ合う。
「起きて、高耶さん」
 勝ったのは子供のわがままだった。
 高耶の顔中にキスを落とし、大きな体で圧し掛かる。「犬みたいなヤツだな」と言った高耶の言葉を思い出して苦笑がもれた。たしかにそうかもしれない。
「ん……」
 かすかに開いた黒い瞳はしかし、目覚めに抵抗するかのように、またすぐぎゅっと固くつぶられた。
「高耶さん」
 請うように瞼に口づける。
 高耶は大仰にふーっと息をつくと、パチリと目を開けた。
「ったく、起こすなよ。いまいいとこだったのに」
 覆い被さっている大男の胸を、高耶は軽く小突いた。
「いいとこ?」
「ん。ゆめ、みてた」
 寝起きの舌っ足らずな言葉が可愛らしくて、またあちこちキスをする。くすぐったそうに高耶が笑った。
「今日見た夢なら初夢ですね」
「ああ、そっか。初夢かぁ」
「しあわせそうな顔をしていましたよ。いい夢を見れましたか?」
「うん。まあ」
 高耶の顔が、かすかにほころんだのを直江は見逃さなかった。
「そこに私はいましたか?」と聞きたいのをぐっとこらえ、
「どんな夢だったんですか?」
 と軽い調子で尋ねると、彼はあきれたような顔で見つめ返してきた。ポーカーフェイスは失敗したようだ。
「ナイショ」
「え?」
「言わない。だって初夢だろ?言ったら叶わなくなる」
「…………」
 そう言われれば聞けなくなる。聞きたい気持ちは倍増するのに。
 高耶の指がすっと伸ばされ、眉間に触れてきた。そこに刻まれた皺をほぐすように撫でられる。
「お前は?いい夢見れた?」
 聞かれて思い出した。
 そうだった。この夢の話を早く聞かせたくて、まだ眠っていた高耶を起こしてしまったことを。
「ええ。とてもいい夢を見ました。あなたが……」
「ストップ!!言うな!」
 眉間に触れていた指が、唇に強く当てられる。
「いい夢なら黙っておけ。正夢になんなくなるだろ」
 普段はバリバリの合理主義の高耶が、真剣な顔でそう言ってくる。そんな彼が愛らしくてたまらない。
「なに笑ってんだよ」
「言った方が叶う夢もあると思いますよ」
「はぁ?」
「隣の部屋にダンボールが詰まれていました。クローゼットにはあなたの服がかけられていて、あなたは窓に新しい青いカーテンを吊るしているんです。窓の外には満開の桜が咲いていました。……春からあなたと同居する夢でした。どうか私とここで一緒に暮らしてください」
 高耶が息を呑んだのがわかった。
「お願いします」
 直江との同居は、恋人が同性であることに後ろめたい思いを家族に対して持っている高耶にとって、大きなリスクを伴うことだった。それを知っているから、直江は今までなかなか言い出すことができなかった。しかし、あと数日でまた離れ離れの毎日が始まるかと思うと、もうこれ以上耐えられそうになかった。
 直江は高耶の手を強く握りしめて祈るように胸に押し当てる。
「春からなんて無理だ」
 返答は、欠片の迷いもない声だった。
「お願いです!もう限界なんです!」
 必至の形相ですがりついて懇願する。いつから自分はこんなみっともない男になってしまったんだろう。
 高耶の密かなため息が胸に突き刺さる。
「バカ。初夢は人に話すと叶わないっつっただろ?」
「高耶さん……」
 力なくうなだれた直江の髪を、聞き分けのない子供を慰めるように、高耶の手がやさしく撫ぜる。
「今日な、おまえ、オレん家来い。手土産にひよこ饅頭持ってさ」
 直江は俯けていた顔を上げた。
「親父と妹に『ちゃんと』紹介するから」
 目を見開く直江を、高耶は楽しそうに見つめる。
「そんで、引越しの準備を手伝え。リンゴの段ボール箱に荷物を詰め込んで、おまえの車に乗せて、今日の晩ご飯は何がいいかふたりで考えたり、猫を飼う飼わないでもめたり、お揃いのパジャマを買いに行こうとするお前を引き止めたりしながら、『ここ』に帰ってくるんだ」
「高耶さん……それって」
「初夢は秘密にしとくと叶うんだぜ?」
 高耶は艶やかに笑うと、直江に甘いキスをした。



(fin)






手抜きTOP絵をSSで補充。
直江一人称で書いてみました。むずかしー
一人称が何なのかよくわかってないことがわかりました。勉強します。

初夢は一般的に1月2日の晩に見る夢を言うようですね。諸説あるそうですが。
あーよかった。元旦の夢じゃなくって。(←口にできないようなエグい夢を見た)

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2007.1.2 up