■交響曲第8番ニ短調
第8交響曲は完成されたブルックナーの交響曲の中でも圧倒的な規模を誇ります。が、他の交響曲にもあるようにこの交響曲もその完成には苦労話が例外なくあります。1883年に7番を書き終えたブルックナーはすぐさまこの8番の作曲にとりかかり、3年後の1887年に完成します(第1稿)。このころブルックナーは前作の7番の大成功によって交響曲作曲家としての名声や地位を獲得していたのですが慎重を期して、7番のミュンヘン初演の指揮者、ヘルマン・レヴィに総譜を送って意見を請うたのです。ブルックナーにしてはかなり自信があったはずです。しかし!レヴィからの返事はブルックナーーを奈落のどん底へ追い落とすものとなったのでした。よほど自信喪失になったのでしょう。このころすでに9番の作曲にとりかかっていたのですが、それを中断しなんと過去の交響曲まで改訂しはじめたのでした。ようやく90年になって8番(第2稿)の改訂が終わりました。詳しい作成過程等は別の項によることとしますが、多くの人がこの8番をブルックナーの最高傑作に挙げるようにその構成力・力強さには他に追随を許さない物があります。またそれと反対にアダージョ楽章のこの世のものとも思えない美しさには、神々しさすら感じられます。
■作成過程
前項でも触れましたが、第1稿をレヴィに否定されてからすでにとりかかっていた9番の作曲作業を中断し、なんと過去の作品にまで改訂の波は襲いました。いわゆる「第2改訂の波」と言われるものですね。改訂は3番(第3稿)、4番(第3稿・現在スタンダードなのは第2稿)、はては半世紀前に作られた1番(ウィーン稿)にまで及びました。そして8番(第2稿)の改訂が終わったのは、第1稿の完成から3年後の90年になってからでした。初演は当初91年3月にワインガルトナーの指揮で行われる予定だったが、途中で練習が中断してしまいます。このときワインガルトナーに宛てた「フィナーレは指示した通りに断固カットして下さい。そうしないと冗長に過ぎます。この曲は後世にこそふさわしく、いま、その良さを理解してくれるのは、友人とか専門家だけです。テンポも明晰さのために必要ならば自由に変えてください・・・」という一節は有名です。以前から長すぎると言った理由で、弟子達に改訂されていたので、ようやく完成した第2稿をなんとか初演してもらわねば、というブルックナーの気持ちが良く見えますね。それと同時にあくまでも素晴らしい曲を作ったんだ、という気持ちも感じ取られます。結局92年12月18日にリヒターによって行われたウィーンでの初演は大成功でありました。
■おおよその版の違い
1930年〜に刊行されたブルックナー協会による第1次原典版=「ハース版」は第2稿をもとにしているが、第2稿を作る際にカットされた第1稿の個所を、「カットされたのはブルックナ-の意思ではない」と考え、第2稿に取り入れている個所があるのでV・W楽章が長い。結果としては第1稿と第2稿がごちゃ混ぜになってしまっている。1951年〜に刊行された第2次原典版=ノヴァーク版「ノヴァーク版[/2」は同じく第2稿をもとにしているが、ハースが取り入れた第1稿の個所は再びカットされ、より第2稿オリジナルに近いものとなっている。また第1稿をもとにした「ノヴァーク版[/1」には第2稿でカットされた1楽章のコーダ、第2稿で作り直される前のスケルツォのトリオなどが取り入れられていて、大変興味深いものとなっている。(NAXOSレーベルからの、ゲオルグ・ティントナー&アイルランド国立管弦楽団がお薦め)。また例のごとく弟子の手による第2稿の「改訂版」があり、W楽章のティンパニなど若干の改訂が見られる。
<交響曲第8番所有ディスク一覧&愛聴盤 2002.3現在>
指揮者 |
オーケストラ |
録音年月 |
一言コメント |
ニコラス・アーノンクール | ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 | 00.4L | さすがbpo。アーノンクールの棒によくついていっています。 |
サー・ジョン・バルビローリ | ハレ管弦楽団 | 70.5L | 華のある暖かいブルクナー? |
ダニエル・バレンボイム | ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 | 94.10L | 暑苦しい、の一言。 |
エリアフ・インバル | フランクフルト放送交響楽団 | 82.8 | おなじみ初稿での録音。 |
カルロ・マリア・ジュリーニ | ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 | 84.5 | |
ヘルベルト・ケーゲル | ライプツィヒ放送交響楽団 | ? | 東欧ならではの重厚で独特の響きですね。PILZ盤。 |
75.5L | ライブです。PILZ盤とはまたひと味違った演奏。 | ||
ルドルフ・ケンペ | チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 | 71.11 | |
ハンス・クナッパーツブッシュ | ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 | 63.1 | 名演誉れ高きウェストミンスター盤。長い間シューリヒト盤と頂点を分け合っていた1枚。 |
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 | 51.1 | TAHRA盤。同じクナでもこちらはラストにミ・レ・ドがありません。 | |
ラファエル・クーベリック | バイエルン放送交響楽団 | 63.11.8 | 指揮台ドカンってやってます。クーベリックがやると言う印象はなかったからびっくり。 |
ヤッシャ・ホーレンシュタイン | ロンドン交響楽団 | 70 | BBCレジェンズ、いいですね。 |
ウラジミール・フェドセーエフ | チャイコフスキー記念交響楽団(?) | 99 | 第1稿による演奏? |
ロリン・マゼール | ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 | ||
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 | 83.3L | ||
ロヴロ・フォン・マタチッチ | NHK交響楽団 | 84.3.7L | 伝説のN響ライヴ。しかしCDではその半分も伝わっていないらしい。 |
カール・シューリヒト | ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 | 63 | 名演です。まさしく至福のワーグナー・テューバです。私が所有するブルックナーの中では9番に続いてお薦めです。 |
オトマール・スィトナー | ベルリン国立歌劇場管弦楽団 | 86.2 | |
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー | ザール・ブリュッケン放送交響楽団 | 93.10.8〜9 | スクロヴァおじさんはいい!特にスケルツォのトロンバーンの歯切れの良さは絶品! |
クラウス・テンシュテット | ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 | 82 | 熱いです。4楽章最後は怒濤のごとく、思わず笑ってしまいました。 |
ゲオルグ・ティントナー | アイルランド国立管弦楽団 | 96.9.23〜25 | 初稿による演奏。1時間半にも及ぶこの演奏こそが初稿の演奏であると確信しています。 |
オイゲン・ヨッフム | ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 | 76 | |
ハンブルグ国立歌劇場管弦楽団 | 49 | ||
バンベルグ交響楽団 | 82.9 | NHKホールによる来日時の演奏。素晴らしいです。 | |
ギュンター・ヴァント | ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 | 02.1L | bpo最新にして最後になってしまった8番。 |
98?L | sardanaレコード。 | ||
ケルン交響楽団 | 79.6.5〜10 | ||
ハンブルグ北ドイツ放送交響楽団 | 88.6.24〜26L | ブルックナーの三種の神器、リューベック大聖堂での録音。 |
この第8交響曲では9番に続いてシューリヒト/wphの演奏がベストである。9番と同様に一聴するとあっさりした演奏ではあるがその実、深宇宙の神秘が伝わってきそうな響きがいいです。
このディスクはクナのミュンヘン・フィルウェストミンスター盤と長い間頂点を2分してきたと言われていますが、テンポの面からこのシューリヒト盤を私は選びます(前はクナのが良かったのだけれど)。これに続く演奏として、ヨッフム&バンベルグ交響楽団、スクロヴァチェフスキー&ザール放響盤、ケーゲルのライプツィヒ放響盤も名演です。初稿の演奏ではティンタナー&アイルランド国立管盤は名演と言ってもいいでしょう。いかにも初稿らしい臭いが漂います。
■ブルックナーの交響曲、重箱の隅つつきます。[第8交響曲編]
聴き所満載の8番。もちろん弦も素晴らしいのですが、特にこの世のものとも思えない3楽章の美しさは、ホルン&ワーグナー・テューバにあると思います。そこであえて[第8交響曲編]はホルン&ワーグナー・テューバに絞って重箱の隅をつつきます。
<1.第3楽章161小節目、及び150小節目(練習番号L)。>[至福の響き、ワーグナー・テューバ&ホルン] スコアを見る。
第8交響曲のなかでもとりわけ好きなところです。161小節からはワーグナー・テューバ(テナー・テューバ)の4小節にわたるソロがなんとも言えない響きをかもし出します。特にそのなかでも2小節目の4拍目の8分音符。この8分音符2つは、それまではスラーで動いた後素早くブレスして特に丁寧に吹かなければいけないのです。この2つの音はついつい走ってしまいがちになる音形でもありますが、決して走ることなく、むしろritをかけるぐらいの気持ちで丁寧に吹くことが、このソロをより引き締める重要なポイントでもあります。引き続いて出てくるホルンのフレーズは(あちこちに同じフレーズが出てきますが)、特にここでは絶対ff(フォルテシモ)でなければいけません。f(フォルテ)では音量が足りません。少なくともこの2つの条件を満たさなければ「至福」の響きは得られません。ワーグナーテューバのこの音形は、67小節目にも登場しているのですが、先のホルンのフレーズがつづくこの161小節目が重要ですね。
またその前の150小節目は、3・4ホルンの2拍遅れて1・2ホルンが同じフレーズを吹いているのですが(ブルックナーの交響曲ではおなじみの手法ですね)、この後から繰り返されるフレーズの最初の音(次の休符の後の最初の音も)は絶対に3・4ホルンより小さくなってはだめなのです。
これこそ至福のワーグナー・テューバ。私のイチオシです。<お薦め度★★★★★>
・カール・シューリヒト/wph<63年>
ちょっと響きが固め?という人もいるかもわかりませんが私が持っている中では最高ですね。ブレスが長め?という感じもしないでもありませんが、最高!
<2.第3楽章201小節目、205小節目いずれもアウフタクト32分音符。> [ホルンのおかず的響き。その1] スコアを見る。
上記162小節目4拍目以上に、この32分音符(いわゆる「ひっかけ形」の音)も走りがちになる気持ちをグッと押さえて、丁寧かつ力強くなくてはなりません。32分音符だからスッと通りすぎてはいけません。
<3.第3楽章277小節目。> [ホルンのおかず的響き。その2] スコアを見る。
それまで感動的、至福の音楽を繰り返していた3楽章も、259小節目〔練習番号X)からは終結に向かって静かに消え入るようになります。その余韻を噛み締めるように同じようなフレーズが繰り返えされる中、f(フォルテ)でおかず的に出てくるホルン。練習番号Xからの静けさを引き締める上でも特に1拍目のW付点4部音符と4拍目の8分音符4つは、アクセントをきちんと守って丁寧に吹くことが大切です。小さい音量ではダメです。
ハース版とノヴァーク版、はたまた改訂版って?
ブルックナーの交響曲では版や稿の問題は避けて通るに通れないデリケートな問題でもあります。
ブルックナーはその気弱(?)な性格からその交響曲がダメだと言われると、すぐに作り直す(改訂)くせ(笑)がありました。その上弟子達が(師の音楽の普及のため)よかれと思って改訂するということもありました。このため一般に改訂された「改訂版」(改訂の度合いによっては、「改竄版」とも言う)がブルックナーの交響曲として世間に広まることになります。改訂した弟子の名前から、シャルク版、レーヴェ版等とも呼ばれます。このため正しいブルックナーの音楽を追及する意味で、ロベルト・ハースによる第1次原典版「ハース版」が刊行されました。しかしこれは完全ではなかったため、後にレオポルド・ノヴァークによる第2次原典版「ノヴァーク版」が刊行されたのでした。(3番などはハース版のかわりにエーザーによる「エーザー版」もある)。これを版と言います。
改訂版→ハース版(エーザー版含む)→ノヴァーク版
上記のようにブルックナーは同じ交響曲でも何回も作り直しています。ノヴァークはその作り直される前の楽譜にも注目し、各段階の楽譜に対して校訂しています。これを稿と言います。ちなみに具体的には、
1番はT/1、T/2(ノヴァーク版T/1と表記します。以下同じ。1回作り直されている)
2番はU、
3番はV/1、V/2、V/3、V/アダージョ(アダージョ楽章のみ作り直されている。)
4番はW/1、W/2、W/フィナーレ(フィナーレ楽章のみ作り直されている)、
5番はX、
6番はY、
7番はZ、
8番は[/1、[/2、
9番は\、
ヘ短調は]、
0番は]T、があります。詳しくは各交響曲の部屋で・・・。
また、近年ウィリアム・ギャラガンによるノヴァーク版を底本としたいわゆるギャラガン版などブルックナーの版・稿の問題は現在進行形であり、非常に奥が深い問題でもあります。ここだけではとてもお話できません・・・と言ってごまかす(笑)。どこがワンポイントレッスンやねん(笑)!