漢字教育士ひろりんの書斎漢字の書架
2017.7.      掲載
2020.10. 注2)に追記

 (会意∩形声)⊃転注? 「会意兼形声」字のうちに「転注」が含まれる?

2017年6月10日に、「関西教育漢字サポーターの会」の例会で、「説文解字敍を読む~六書を中心に」と題する、1時間余りの講義を行いました。以下の文章は、講義内容の一部を抽出したものに加え、講義の後で見つかった「新事実」も含めて、あらためて論考として取りまとめたものです。1年前に掲載した「仮借とは何か」と併せてお読みいただければ幸いです。  講義の際のレジュメ(PDF)及びテキスト(早稲田大学学術情報検索システムにリンク)もご参照ください。

 「六書」のうちに「会意」と呼ばれる文字群が存在する。会意文字とは、二つ以上の意符(「義符」とも)からなる文字であり、「説文解字」では、「从A从B (Aに従いBに従う)」、「从AB(A、Bに従う、AのBするに従う)」などと表現されている。「説文解字」の叙文には、例として「武」(戈+止)、「信」(人+言)が挙げられており、通常、各要素(AやB)の音と会意文字の音には関係がない。
 ただし、会意文字の一部に、「亦声」(えきせい)と呼ばれるものが存在する。説文解字本文の説解で、「从A从B」などの後に「B亦聲」と書かれているものがあり、「Aに従いBに従う。Bはまた声である」ことを表す。例えば、「政」は「从攴正、正亦聲」であり、「授」は「从手受、受亦聲」と記されている。「政」について言えば、「攴(=攵)の意味と正の意味を合わせた字であり、正は声符を兼ねている」と言い換えることができよう。
 一方、形声文字(意符+声符で構成される文字)とされるものの中にも、声符となっている要素が、意味のうえでも大きな役割を担っているものが存在する。白川静氏は「示偏の旁は概ね亦声で、示が付く文字の初文(引用者注:その意味の漢字が初めてできたときの字体)である」(「説文新義」巻十五)と述べ、神(申《甲骨文kamikoukotu.png(912 byte)。稲妻の象形》が初文)や祖(且《甲骨文sosenkoukotu.png(1042 byte)。お供えを載せるまな板の象形》が初文)などの例を挙げているが、これらの文字は説文解字では形声文字に分類されており、神については「从示申聲」と記されている。この文字を会意文字であると主張するのでなければ、この記述の後に「申亦聲」と続けるのは文章としておかしなことになる。「从示申聲申亦意」であれば意味は通じるが、このような表現は説文解字ではとられていない。

 上記の両者を比較して気付いたことは、亦声と「亦意」とは、同じ「意符+意符兼声符」からなる文字を、会意側から見るか形声側から見るかの違いでしかないのではないか、ということである。「政」も「神」も、「意符+意符兼声符」でできていることには違いはなく、六書のうえで会意と形声という違ったカテゴリに入れる必要はないのではないか。さらに言えば、こうした成り立ちの字は、会意でも形声でもなく、別のカテゴリを新設して分類する方が、漢字の構成を理解するうえで理にかなっているのではないか。
 これはいいことに気付いたと、下記の図などを用いて、「関西漢字教育サポーターの会」の定例会(2017.6.10、於西宮市民会館)で(いささか得意げに?)発表した。

kaiikeiseizu.png(12048 byte)

 ところがその後、本稿をまとめるにあたってさらに調査を進めていたところ、他でもない段玉裁の「説文解字注」に、「亦声と言われるものは全て会意兼形声である」との説明があることを知った。1)
 確認のため、「中國哲學書電子化計劃」(ウェブサイト)内の「説文解字注」で「會意兼形聲」という語を検索したところ、あわせて24字について段注にこの記載があり、うち、盛・晃・鍛など11字は、許慎が形声に分類した字であることが分かった。したがって段玉裁も、説文解字に「亦声」という記述のない形声字についても、意符兼声符の存在を認めていたことが分かる。
 というわけで、筆者としては、せっかく思いついた考えが既に知られていたことであったことを残念に思うが、この分野で全くオリジナルの新説を出すことは大変困難であることは承知していた。むしろ段玉裁も筆者と同じように考えていたことを、喜ぶべきであろう。

 同じく六書の一つである「転注」は、その定義について未だに定説を見ないものとして知られている。説文解字の撰者である許慎の敍文に、「建類一首、同意相受、考老是也」と記されているが、この解釈に諸説あるのである。その諸説のうち、白川静氏の説に従うと、転注はこの会意兼形声と通じるところがあるようである。
 白川氏は転注について、「同形同義の字を要素的に含む文字の系列化の原則である」と述べ、その「要素」の例として侖・奇・戔・tateitokei.png(310 byte)・句を挙げている(「説文新義」巻十五)。さらに、晩年の講演「漢字の体系‐転注の字」(「桂東雑記Ⅴ」所収)でも同様の説明をし、あらたに才・habahuku.png(288 byte)・直などの要素を例に挙げている。これらの要素が、一定の形、一定の義を持つため、転注の定義の「建類一首」にあたるものとし、その要素を含む文字が系列をなすことが「同意相受」の意味であるとする。2)
 これらの要素は、まさに「意符兼声符」である。詳しくは白川氏の著作をご覧いただきたいが、例えば戔は音セン・サンで、「少ない、薄い」という固有の意味を持ち、浅・残・賤・銭・箋などの「会意兼形声」の字(段玉裁はそう書いていないが)において共通に使われ、音と意味を表している。3)

 白川説が許慎の考えと一致するかどうかについて、筆者は確信を持っていないが、転注と呼ぶかどうかはさておき、白川説の提案するカテゴリが、漢字理解のうえで有用であることには賛同できる。白川説に従った場合、先ほどのベン図は次のように書き換えられる。

kaiikeiseitenntyuuzu.png(18207 byte)

 会意兼形声の部分すべてが転注とはならないのは、意符兼声符を持っていても、それが系列をなさない場合もあると考えられるためである。たとえばtan1.png(582 byte)という字は、段玉裁が「会意兼形声」とするものであるが、tan2.png(560 byte)という意符兼声符は、「系列化」というほど多くの字に使われていないであろう。
 これで、拙稿「仮借とは何か」とあわせ、筆者の頭の中で、六書というものがある程度整理できたように思う。それが許慎の考えたものと異なるとしても、こう考えた方が漢字の成り立ちについて理解しやすい、ということであれば、有益なものといえるのではないだろうか。ただし、個別の漢字について、それが六書のどの原理で生み出されたかを追究することは、ほとんど不可能な場合が多いようであるが。4)



注1)「説文解字注」の一篇上「吏」字の段注に、「凡言亦声者、会意兼形声也。凡字有用六書之一者、有兼六書之二」とある。筆者はこのことを富山大学の森賀一惠教授の論文「漢字の本質」によって知った。森賀氏はさらに「段玉裁に従えば、義符と声符を兼ねるものが存在することによって、「会意」と「形声」ははっきりとわけられる対立概念にならず、「六書」も厳密にいえば分類法ではないことになる」と述べている。    戻る

注2) 白川氏は、段玉裁らと違って、六書は全て「文字構造上の原則」であり、漢書芸文志を著した班固のいう「造字の本」だとする立場をとっている。この立場で転注を考えると、例として挙がっている要素などを用い、限定符として様々な部首を加えることにより、新しい漢字が作り出された、と考えることになると思われるが、筆者の知る限り、白川氏はそこまでの主張はされていないようである。なお、白川氏は最晩年まで転注について検討し、一冊の本として発表する予定で、「漢字の系統」という題でその序文まで執筆されていた(「桂東雑記Ⅴ」所収)。未刊に終わったことが残念である。    戻る
【2020.10.1追記】9月23日、「白川静 最後の字書」と銘打つ「漢字の体系」が、平凡社から出版された。この書について筆者は未読であるが、いずれ熟読のうえ本稿を全面改稿したいと思う。なお、「『漢字の系統』という題でその序文まで執筆されていた」というのは筆者の誤解のようで、この序文は新刊書には掲載されていない。

注3)中国には古くから(遅くとも11世紀から)、右文説と呼ばれる同様の考え方がある。形声文字において、部首は「類」を示し、声符が「義」を表しているとする説で、声符が右側に配置されることが多いためこの名がある。白川氏は自説ではこの右文説には触れていないようで、この説と自説との関係をどう考えていたかは不明である。    戻る

注4)たとえば、「単純な形声」と「会意兼形声」の区分について考える。字より先に語(音声言語)があったのだから、これに字を与える際に、部首と、語の音に合わせた声符を並べて形声文字を作ることはたやすいことだろう。この結果形声文字が増えたわけであるが、声符を選ぶ際に、語の音に合った声符はいくつもあるのが普通であるとすれば、その中で、意味のうえでも多少なりとも関連があるものを選ぶのが自然な方法であろう。こうしてできた「声符が(多少は)意味を示している」字についても「会意兼形声」と言えるのか。「意味のうえでの関連」は程度問題であり、どこかで線を引くのは難しそうである。また、白川氏の言う転注の「要素」を使った字にも、単に音だけを採っているものもあるのではないか。
 新たなカテゴリを作るとしても、文字作成者の意図は推測するしかないので、初文の意味が確認できる字以外については、分類には困難が予測される。     戻る




参考・引用資料

説文新義 巻十五 第4刷 白川静著、白鶴美術館 1993年:白川静著作集別巻 説文新義8 初版 平凡社 2003年

説文解字  後漢・許慎撰、100年:下記「説文解字注」より

説文解字注  清・段玉裁注、1815年:影印本第4次印刷 浙江古籍出版社 2010年

漢字の本質 森賀一惠著、2006年(漢検漢字文化研究奨励賞最優秀賞)ウェブサイトより

桂東雑記Ⅴ 白川静著、初版第1刷 平凡社 2007年

画像引用元(特記なきもの)

甲骨文、小篆  漢字古今字資料庫(台湾・中央研究院ウェブサイト)

JIS第1・第2水準外漢字(明朝体)  グリフウィキ(ウェブサイト)