皆さんは「マンション」と聞くとどんな建物を思い浮かべるでしょうか。多分、7~8階建て以上の高層の、何十戸も集まった集合住宅で、ちょっと高級感があるきれいな建物ではないでしょうか。「アパート」と聞いた場合とはだいぶ違うでしょうね。
でも、ご存知の方も多いと思いますが、英語で"mansion"というと、「大邸宅」のことなのです。私などは、mansionと聞くと、ハンク・ウィリアムズが歌った"A Mansion On The Hill"を思い出します。丘の上の大邸宅に住む令嬢にかなわぬ恋をした貧しい若者の心情を歌った、カントリーのスタンダードナンバーです。若者の家は対照的に"cabin"(小屋)と表現されています。この歌の"mansion"を日本語の「マンション」と思ってしまうと、二人の境遇の落差がずっと縮んでしまいますね。
マンションについて、「日本大百科全書」(小学館)で調べると、こう出ています。
本来は大邸宅の意味であるが、日本では中高層集合住宅(場合によっては低層をも含む)の俗称として一般に使われている。もともと民間の業者が公共アパートと異なる高級感を出す目的で名づけたものであったが、今日では公共住宅を含めて幅広く用いられている。[高田光雄]
「高級感」がキーワードです。それまで普及していたアパートという言葉に比べ、高級であるということを感じさせるため、メゾン、ハイツ、レジデンス、パレスなどなど、いろいろな名前が集合住宅につけられました。その中で、一般名詞として普及したのが「マンション」なのです。
上記の引用文には「俗称」とありますが、現在では、「マンション」という言葉が法律の題名にまでなっていることをご存知でしょうか。
分譲マンションでは、一つの棟に多くの家族が住み、個々の所有者だけが使う部分(専有部分)と、エレベーターや構造体のように皆が使う部分(共有部分)が入り組んでいます。所有権などの権利関係も複雑になりますので、そのルールを明確にするために、昭和37年に「建物の区分所有に関する法律」が公布されました。この法律では、条文の中にはまだ「マンション」という語は出てきません。でも、この法律の公式の略称を「マンション法」と言うのです。
「公式の略称」とは変な言葉ですが、ウェブ上で現行の法規の閲覧ができる総務省の「法令データ提供システム」では、法律名を略称でも検索できるようになっており、「マンション法」というのがこの法律の略称として登録されているのです。(ほかに「区分所有法」という略称もあります。)
その後、いよいよ「マンション」という語を題名や条文に使った「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」(平成12年)や「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」(平成14年)が制定され、「マンション」は立派な法律用語となったのです。
上に書いたように、マンションという日本語は元の英語の正確な訳語ではなく、宣伝効果のために使われ始めた言葉なので、このような言葉が法律の題名にまでなったことについては賛否両論があります。「賛」の方の意見としては、国民の間で広く使われているわかりやすい言葉だから法律もわかりやすくなっていいじゃないか、というようなものだと思いますが、ここに一つ落とし穴があります。世間で使われているマンションという言葉と、法律用語のマンションとでは、意味するものが少し違うのです。
「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」には、「マンション」という語の定義が記載されています。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号の定めるところによる。
一 マンション 次に掲げるものをいう。
イ 二以上の区分所有者(建物の区分所有等に関する法律 (昭和三十七年法律第六十九号。以下「区分所有法」という。)第二条第二項 に規定する区分所有者をいう。以下同じ。)が存する建物で人の居住の用に供する専有部分(区分所有法第二条第三項 に規定する専有部分をいう。以下同じ。)のあるもの並びにその敷地及び附属施設
ロ 一団地内の土地又は附属施設(これらに関する権利を含む。)が当該団地内にあるイに掲げる建物を含む数棟の建物の所有者(専有部分のある建物にあっては、区分所有者)の共有に属する場合における当該土地及び附属施設
(第二号以下略)
法文に慣れない人には難しい書き方ですが、要するにこの法律では「分譲マンション」(コーポラティブハウスなどを含む)だけをマンションと呼んでいるわけです。先に書いた「マンション法」も含め、たくさんの人が所有権を持つ分譲マンションだからこそ、これらの法律が必要となったわけです。
一方、日常使う言葉では、「賃貸マンション」という言い方もあるように、マンションと言えば賃貸も分譲も含みます。賃貸住宅あっせん会社のサイトを見ると、マンション・アパート・ハイツ・一戸建て等の種類分けをして多くの賃貸住宅を紹介しています(もっとも、マンションとアパート・ハイツの区別をどう決めているかわかりませんが)。
というわけで、日常生活でよく使われる言葉が、違った意味で法律の中に使われているわけで、これは良くないことだと思います。法律の中で定義しているから実害はないということかもしれませんが、法文も日本語であるはずですから、通常の国語能力を持つ日本国民が誤解することのない言葉を使ってほしいものです。