漢字教育士ひろりんの書斎>日本語の本棚>
2015.10. 掲載
新しい言葉を作る
もし、今までにないようなものが発明されたり、新しい考え方が生まれたりして、名前を付けなければならなくなったとき、どうすればよいでしょうか。
だいたい、次の3つの方法があると思います。
① 新しい言葉を考え出し、それを名前にする。
② もし、それが外国から来たものだとしたら、外国語の発音を自国の文字に置き換えて使う。
③ 今までにあるものでよく似たものがあれば、その名前を借りる。
実は、①と②の方法については、日本語はとても便利な言葉なのです。
①の場合、自分勝手に字を並べて新しい言葉を作っても、読んで意味が分からなければ、多くの人には広まりません。こういうときに便利なのが漢字です。
漢字は、ご存知のように、一文字一文字が意味を持っています。そこで、この漢字をいくつか組み合わせて、はじめて見た人でも大体の意味が分かる言葉を作ることができます。たとえば、「自動販売機」という言葉を見ると、「自動」的に物を「販売」する「機」械だな、と見当がつきますね。それでは、「電動階段」はどうでしょうか。エスカレーターのことですね。実は、この言葉は、私が今作ったものです。このようにして、次々と新しい言葉を作ることができます。
外国から新しい考え方が一気に流れ込んできた明治維新後の日本では、「経済」や「文化」など、多くの言葉が作り出され、漢字のふるさとである中国にも逆輸出されています。
ところで、最近、電気ポットのお湯を出すボタンに「出湯」と書いてあるのを見て驚きました。温泉のことを出湯(いでゆ)と言いますが、それとは全然違うものだし、何と読んでいいものかもわかりません。でも、このボタンを押せばお湯が出るということは、誰にでもわかりますね。いろんな人がいろいろ考えて、新しい言葉を作っているようです。
②はよく目にしますね。いわゆる「カタカナ語」がこれにあたります。日本では、中国から伝わった漢字を元に、発音だけを表す「かな」を作り出しました。これを使えば、世界中のどんな言葉でも、耳に聞こえるとおりに書き留めることができます。
こういう例もあります。日本語で「カルタ」「カルテ」「カード」といえば、それぞれ意味するものが違いますね。でも、「カルタ」はポルトガル語、「カルテ」はドイツ語、「カード」は英語ですが、同じ語源を持ち、それぞれ「何か書いてある紙」として広い意味で使われています。日本に伝わったときに、たとえば「カルテ」は医学とともに伝わったために、限られた意味に使われるようになったわけです。おかげで、日本語では3つの言葉を使い分けることができ、区別がつきやすくなったわけです。また、「ポシェット」はフランス語ですが、英語の「ポケット」と同じ意味です。でも、日本語としてはぜんぜん違うものを思い浮かべますね。
こうした「カタカナ語」は、特にコンピュータの関係や、ファッション関係で大変よく使われています。でも、やはり音を表すだけですから、知らない人は見ても意味が分かりません。だからこの方法はあまり使わずに、なるべく①の方法で作った言葉を使うほうがよいと思います。
それに、一度カタカナにした言葉を日本語として読み上げても、外国人にはほとんど通じませんからね。
③については、次の文章を見てください。
「鶴が長い腕を伸ばして固まったものを吊り上げる」
「毛虫がうなりをあげて水槽が突進する」
何のことか分かりませんね。これは、英語の文章を、単語のもともとの意味を使って直訳したものです。意味のとおる日本語に直すとこうなります。
「クレーンが長いアームを伸ばしてコンクリートを吊り上げる」
「キャタピラーがうなりをあげて戦車が突進する」
つまり、クレーン(crane)という英語はもともと鶴を意味しましたが、新しくできた機械が鶴の姿に似ていたので、この機械もcraneと呼ぶようになったのです。
コンクリート(concrete)は、もともとの英語では「固まった」とか、「具体的な」という意味ですが、この硬く固まる建設材料の名前にも転用されたのです。(建設材料のコンクリートの歴史は古く、約2000年前のローマ帝国で盛んに使われましたが、その後長く忘れ去られていました。英語のconcreteが使われ始めた時代には、コンクリートという材料はありませんでした。)
キャタピラー(caterpillar)とは、鋼板やゴムのベルトを、前後の車輪を取り巻くように取り付けた装置で、日本語では「無限軌道」と言います。車輪の回転をベルトに伝え、ベルトが動くことによって前に進むもので、ブルドーザーや戦車に使われています。もともと毛虫やイモムシを意味する言葉でしたが、キャタピラーの動く様子が毛虫が進むのと似た感じなのでこの名をつけたと言われています。キャタピラーは商品名となり、今では会社の名前にもなっていますが、「毛虫」という名の会社に勤めるのはどんな気分でしょうね。
また、戦車のことをタンクと言いますが、英語のタンク(tank)はもともと水槽を意味します。これが戦車のことも意味するようになったのは、戦車を荷造りして「これは水槽だ」とうそをついて運んだからだ、という説があります。でも本当かどうか、はっきりしません。
英語では、①のような方法で新しい言葉を作るには、今ある言葉をつなげていくことになるので、長い言葉になってしまいます。このため、このような方法をよく使っているようです。
日本語でも、たとえば、運動場を平らにならすT字型の木の道具を「トンボ」と言いますね。もちろん空を飛ぶ虫のトンボに似ているからです。このように、動物や虫の名前を道具の名前に借りてくる、というのはよくあるようです。皆さんも探してください。