さくらと見えない贈り物



   毎月の第二土曜日と第四土曜日は、わたしが一番好きな日
   明日は日曜日だから?
   それだけじゃない
   月に二度だけ、一番好きなひとの声が聞けるから

   第二土曜日は、あなたから
   第四土曜日は、わたしから
   日本と香港を繋ぐ、国際電話
   夜8時から30分だけ
   それが、約束

   でも、時間はあっという間に過ぎてしまう
   もっともっと、声を聞いていたいのに

   〔じゃあ、またな〕

   「うん、お手紙書くね」

   そう言って電話を切って、すぐに便箋を取り出すの
   電話で話せなかったことを伝えたくて

   わたしの書いた手紙が届くと、あなたはすぐにお返事をくれる
   わたしが、そのお手紙をすっかりおぼえてしまうくらいに何度も読んで
   今度は何をお話しようかなって考えているうちに、次のお電話の日になるの

   そうして、季節はどんどんすぎていく

   ……小狼くんが香港へ帰って、もう1年……



− 1 −

〔卒業、おめでとう〕

3月の第二土曜日。
小狼くんは、まず、そう言ってくれた。

〔ちょうど今日、卒業式だったんだろう?〕

うん、そうだよ。前のお手紙にも書いたよね。

〔さっき大道寺も苺鈴に、おれ宛のメールをくれた〕

ほえっ、知世ちゃんが?
じゃあ、もしかして……

〔…大丈夫か?〕

はう〜、やっぱり。
ちょっとだけ泣いちゃったこと、知られちゃったんだ。
はずかしいよぉ。(/////)
知世ちゃん、いつの間にかビデオに撮ってるし。
あっ、もしかして泣いた顔までメールで送っちゃったのかな?

〔ああ、≪超絶かわいいさくらちゃん≫って、タイトルだった〕

……やっぱり……。(/////)
でもでも、大丈夫だよ!
だって、知世ちゃんも、利佳ちゃんも、千春ちゃんと山崎君も、奈緒子ちゃんも。
仲良しのお友達は、みんな同じ中学校だもの。
それに、明日から春休みだし!

〔そうか〕

あっ、そうだ。
卒業アルバムにね、小狼くん、ちょっとだけ写っているの。
苺鈴ちゃんも、エリオル君も、観月先生も。
運動会に臨海学校。マラソン大会。スケート教室。イチゴ狩り。
学芸会。修学旅行。それから、≪なでしこ祭≫。
なんだか、なつかしいね。

〔ああ…そうだな〕

寺田先生がね、転校した子のところにも送るって言ってたから、もうすぐ届くよ。

〔そうか…〕

うん。それからね……

〔さくら〕

と、小狼くんは言った。


「なあに?」

〔3月31日って、土曜日だよな〕

「うん」

壁にかかったカレンダーを見ながら、わたしは答えた。

〔翌日は、日曜だし〕

「うん。そうだね」

〔だから…〕

小狼くんは、なんだか言いにくそうに言葉を切った。

「?どうしたの??」

電話の向こうで、なんだか大きく息を吐くみたいな声が聞こえた。

〔…だから、そっちへ行く〕

「ほえっ!?」

ほええっ、ほええぇ〜〜っ!?

〔誕生日だろ…4月1日〕

「う、うん。そうだけど、でも…」

確か、香港の学校って、≪春休み≫ってないんだよね。

〔大道寺が、さくらの誕生日パーティーをやるからって。
 それで、また泊めてくれるっていうし。
 あ、苺鈴は行けないけどな。一泊二日だし〕

胸が、ドキドキするよ。
ふわっ て身体が軽くなるみたい。
あ!これってもしかして、夢じゃないのかな?
思わずそっと膝をつねってみたら、とっても痛かった。

〔飛行機の予約とかはこれからだから、多分、次の電話の時には到着時間も
 わかってると思う〕

お電話でうれしいのは、小狼くんが自分から、お話してくれること。
もちろん、わたしが話す方がずっと多いんだけれど。
でもね。はじめの頃は、ぜんぜんお話してくれなくて、『ああ』とか『そうか』ばっかりだった。
だからね、わたしと電話でお話するの、つまらないのかな?迷惑なのかな?
って思って、尋ねてみたら『そんなことない!』って。
それからはね、ちゃんとお話してくれるようになったの。

〔…それで、ずっと考えていたんだけれど、何がいいかわからなくて。
 だから……〕

あれ?ぼんやりしちゃった。
小狼くん、なんて?

〔…誕生日のプレゼント、何か欲しいものあるか?〕



− 2 −

「それで、さくらちゃん何かリクエストされましたの?」

左手に針山を持ったまま、知世ちゃんが、わたしに尋ねた。

「ううん。だって、小狼くんが会いに来てくれるんだもん。
 それが一番のプレゼントだよ!」

「さくらちゃんらしいですわ」

ニッコリ笑ってそう言ってくれたから、わたしもうれしくなって、えへへと笑った。

あの日、あとからすぐに知世ちゃんにお電話して、『ありがとう』を言った。
小狼くんが来てくれるのは、きっと知世ちゃんと、そして苺鈴ちゃんのおかげだから。
でも、知世ちゃんは

〔私は何もしていませんわ。
 でも、さくらちゃんの元気で嬉しそうなお声を聞けて、私も嬉しいですわ。
 きっと、楽しいパーティーになりますわね。
 いろいろと企画・演出も考えておりますの。打合せに、是非いらして下さいな♪〕

春休みになって、わたしは何度か『パーティーの打ち合わせ』のために知世ちゃんのお家に
お邪魔してる。
知世ちゃんからのお誕生日のプレゼントは、とっても素敵な『トクベツなお洋服』。
今日はその、試着の日。
ふわっとした、淡いピンク色のワンピース。
スカートにも、袖にも、薄い布が何枚も重なっていて、花びらみたい。
外で着て歩くには、ちょっとはずかしいんだけれど、お誕生日のパーティーに
知世ちゃんのお家で着るならいいよね。
少しだけ、≪なでしこ祭≫の時のお姫様の衣装に似ているし、とってもキレイだし。
このお洋服なら……。

「きっと李君も、お気に召されますわ」
 
……ほえっ?ほええっ??
知世ちゃんがニコニコと笑いながら、わたしを見てる。
はうう〜〜、はずかしいよぉ〜〜。(/////)
どうして、わかっちゃうのかな〜〜?


「飛行機の時間は、もう決まりましたの?」

元の服に着替えたわたしは、メイドさんの持ってきてくれた美味しい紅茶を飲みながら、
知世ちゃんとお話していた。

「ううん。次のお電話の時、知らせてくれる約束なの」

「お電話は、確か第二・第四土曜でしたわね。では、今夜ですの?」

「うん!」

わたしは、ふと窓から外を見て、声を上げた。

「今年はもう、桜が咲き始めているんだね」

知世ちゃんのお家の大きなお庭には、桜の木が何本か植わっている。
その黒っぽい木には、まだほんの少しだけれど、小さなつぼみがほころんで、
淡いピンクの花びらが開いているのがわかる。

「今年は去年より開花が早いようですから。
 これなら4月1日には、ちょうど満開になるかもしれませんわ」

「そうなったら、素敵だね」

「ええ!超絶素敵ですわ〜〜!!」

……ほえ?

「今回のさくらちゃんのコスチュームのテーマは、≪桜≫!
 満開の桜の下、降りしきる花びらの中にたたずむ、≪桜の精≫のようなさくらちゃん!!
 きっと李君、見惚れて言葉もありませんわ!!!
 そんな初々しいお二人の姿をビデオに収める私……。
 幸せ絶頂ですわ〜〜!!!!」

…はううぅ〜。
やっぱり知世ちゃんは中学生になっても、≪ちょおおおぉっと変ってる≫まんまなのかなあ…。



− 3 −

わたしは、くまの≪しゃおらん≫くんを抱いたまま、片手に電話の子機を持って
じっと時計とにらめっこをしている。
毎月、第ニ土曜日と第四土曜日。
夜7時55分くらいから、わたしはいつもこんな格好。
一階のリビングにある親機には、張り紙をしてある。
≪夜8時〜8時30分 さくら使います。≫って。

あと、1分…30秒…。
あと10秒を切ったところで、登録してある短縮ボタンを押す。

トゥルルル…トゥルルル……

わたしと同じように、小狼くんも電話の前で待っていてくれる。
でないと、お姉さん達が先に取ろうとするからなんだって。

トゥルル……ガチャツ

いつも、三度目のコールの途中で電話を取るの。
これって、クセなのかな?
そんなことを思いながら、わたしはいつものように言った。

「もしもし、さくらです」

〔…ああ……〕

あれ、この声…?

「もしもし、あの…」

〔さくら…だろ、おれだけど…〕

聞き慣れない、かすれた声が、そう言った。

「ほえっ、小狼くん!?」

〔ああ〕

「どうしたの?声…。もしかして、風邪?」

〔いや…違う〕

「でも…」

〔一昨日あたりから、急に始まったんだ〕

「ほえっ、なにが?」

〔変声期。声変わりって言ったほうが、いいのか?〕

「えっ?えっ??」

〔…だから、悪いけど、今日は余り話せない。
 来週はもう少しマシになっていると思うけれど。ああ、飛行機の時間は……さくら?〕

「あ、う、うん。飛行機の時間だよね。…うん、空港のロビーで2時にね。
 じ、じゃあ、お大事に……」

ツーッ ツーッ と音をたてる電話の子機を持ったまま、わたしはしばらくぼーっとしていた。
そしたら、

「なんやなんや。もう電話、しまいかいな。
 『お大事に』って、小僧具合でも悪かったんか?」

「ケ、ケロちゃん!寝てたんじゃなかったの!?」

びっくりした。
ケロちゃんが机の一番下の引き出しから、顔をのぞかせているんだもの。
…そういえばケロちゃん、わたしが小狼くんとお電話する夜は、いつも早く寝てしまうのに。
今は、心配そうにこっちを見ている。

「なんや、さくら。浮かん顔して。小僧、そんなに悪いんか?」

「そうじゃないよ……。あのね」

わたしは、ケロちゃんに話してみた。
電話での小狼くんの声が、ぜんぜん違っていて驚いたこと。
それが、≪声変わり≫だったこと。
わたしが話し終えるとケロちゃんは、引き出しからふわふわとこっちへ飛んできながら言った。

「ほぉ−。そら、めでたいこっちゃがな」

「めでたい…?」

「せや。男の子の声変わりは、大人になってきとるっちゅう証拠や。
 さくらかて、ずいぶん前にお父はんに赤飯炊いてもろうとったやろ?」

「ケ、ケロちゃん!!(/////)」

「なに、恥ずかしがっとんねん?さくらも小僧も、順調に成長しとるんやないか〜」

ケロちゃんは、明るくしめくくった。

「…でも…」

「なんや?」

「なんか…やだよ…」

「何がや?」

「今度会ったら、もう小狼くんの声、前とぜんぜん違っちゃうよ。お兄ちゃんみたいに…」

お兄ちゃんが≪声変わり≫したとき、わたしはまだ、幼稚園だった。
いつも絵本を読んだり、お歌を歌ってくれる、大好きなお兄ちゃんの声が急に変って、
びっくりして泣いちゃったのを覚えてる。
まるで、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなったみたいで……。

「そら、しゃあないやろ。人はいつまでも子どものままではおられへん。
 小僧かて、さくらかて、大人になっていくんや。それは誰にも止められへん。
 それに、声が変ったからゆうて、兄ちゃんは兄ちゃんやろ?小僧もおんなじや。
 べつに違う人間になるわけやない」

…わかってる。
わかってるの、そんなこと。
でもね…。

電話をしている時ね、いつも目を閉じているの。
そうしたら、すぐそこに小狼くんがいるような気がするから。
声を聞いたら、小狼くんの顔が浮かぶの。
優しい顔も、心配そうな顔も、ビックリした顔も、ちょっと怒ったみたいな顔も。
いつもより、はっきりと思い出せるから。

でも、これからは…?

変っていっちゃう……。
小狼くんも、わたしも。
会えないうちに、知らないうちに、どんどん変っていっちゃう…。


                                   − つづく −


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時期外れも甚だしく、さくらちゃんの誕生日。
しかも、こういうお話です。
小狼君の声は、くまいもとこさんでなければ!!と思っておられるFanの方々に
ケンカを売っているワケではありません。
私も小狼君の声は“くまいボイス”がインプットされております。
…でも、こういうお話なのです…。
お嫌でなければ、後編にて。

(初出01.4 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)