− 15 −

 「……使えるわけ、ないやろ…って、えぇっ!?」

 ケロの声が終らないうちに、周囲の景色は一変していた。
 昨夜、さくらが夜蘭に占われたのと同じ、李家の庭の展望台だ。
 違うのは、急速に輝きを失い、消えていく魔方陣の描くその八角の先に、それぞれ人が
 立っていることだ。
 全員が式服を着ており、そのうちの四人は小狼の姉達であった。

 個人ではなく、複数の術者による高等魔法。
 ひとたび異変が起これば一流の術者が即、召集される。
 当主の絶対的な統率による結束を誇る李一族が、現在最強の魔法集団と呼ばれる
 所以(ゆえん)である。

 「さくらちゃん!」

 魔方陣から少し離れた場所で、夜蘭と共に成り行きを見守っていた知世が
 うつ伏せに倒れたさくらに駆け寄る。
 女魔道士とさくらが結界を破って香港の街に飛び出したあと、偉の運転する車で李家に
 戻っていたのである。

 「知世〜心配せんでええ、わいがついとったからな〜〜」

 宙に浮いたままのケロが、胸を張った。
 小狼は一瞬、足元をふらつかせたが辛うじて踏みとどまった。
 そして正面に立つ母を真っ直ぐに見つめ、手を前で組み、深く頭を下げる。

 「ご心配を…おかけしました」

 道士の資格を持つ八人が魔力を補助して行った転移術ではあるが、起点と終点を定める
 小狼にかかる負担は相当なものだ。
 しかも、女魔道士との戦いによる消耗からもまだ回復しきってはいない。
 本当は、意識を保っているのがやっとなのだ。

 「小狼…」

 夜蘭の声に、ぴく、と小狼の肩が震えた。
 自分の魔力(ちから)が及ばなかったことを、彼は良くわかっていた。
 一族である苺鈴はおろか、李家として迎えた客人を守れなかったのだ。
 叱責は、受けねばならない。

 …夜蘭が口にしたのは、ただ一言。

 「皆、無事で何よりです」

 他人の耳には実の母とも思えぬ、冷たく突き放した言葉と聞こえるだろう。
 だが、一見無表情な母の眸の中にあるものを、小狼は確かに理解した。
 そして…

 「「「「小狼!?」」」」

 「小狼様!?」

 「李君!?」

 「ぐえっ!?」

 そのまま小狼は、仰向けに倒れた。
 四人の姉と、夜蘭の傍に控えていた偉、そして知世が驚きの声をあげる。
 ちなみに最後の声はケロが小狼のクッションになった瞬間のものである。
 駆け寄る姉達。しかし、

 「あらあら」

 「まあ♪」

 「いいんじゃない?」

 「かわいいわ〜♪」

 うつ伏せのさくらと、仰向けの小狼。
 倒れた方向は180度逆だが、顔だけを平行にお互いへ向けた二人の間隔は
 ほんの10cmほど。

 「ビデオチャンスですわ〜〜!!!」

 知世が大喜びで撮影を開始したことは、言うまでもない。

 「くおらぁ〜!なんで誰もわいを助けんのや〜〜!?!?」


 ケロの絶叫が、香港の夜に響き渡っていた。



                                        − つづく −


 ≪TextTop≫       ≪Top≫ 

***************************************

 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)