このテキストは、アニメ設定でさくらちゃんが小学校五年生の時のバレンタインです。
第65話「さくらと雪兎と消えゆく力」と第66話「さくらと一番好きな人」の間の時間です。
また、小学校四年生の時の出来事として
「オリジナルドラマアルバム2・スィートバレンタインストーリーズ」(1999.2.10発売)
を前提としていますが、お聴きになったことがなくても読める話だと思います。



     さくらと7つ目のチョコレ−ト



『…あのね、ケロちゃん。
 わたし、雪兎さんがいなくなってたかもしれないって思ったら、すごく怖かったの。
 雪兎さんだけじゃない。大好きな人がいなくなったら、ほんとうにつらくてかなしいから…。 
 いつ、どんなことが起こるかわからないから、言えないままになるより、わたしの本当の
 気持ち、雪兎さんに知って欲しいなって思ったの。
 ……本当に、そう思ったの……』              (第65話「さくらと雪兎と消えゆく力」より)



− 1 −

今日は、2月13日。
日曜日のこの日、さくらは去年と同様、チョコレートを作っていた。知世も一緒だ。
そしてケロも、つまみ食い目当てでお手伝いと称してキッチンをふわふわと飛び回っている。
もちろん、藤隆も桃矢も留守だった。

「今年は、どんなチョコレートにしますの?」

にこにこと尋ねる知世に、さくらは考えながら答えた。

「え〜っとね、お父さんやお兄ちゃんとかの分は、…やっぱり、お星様かな?
 雪兎さんの分は…や、やっぱりハート…」

「去年とおんなじやないか〜。変りばえせんな〜〜」

すかさず入るケロのツッコミに、さくらはムキになって抗議する。

「でもでも!今年は、ストロベリーのチョコレートで作るんだよ!!」

「ピンクのお星様と、ピンクのハートですのね?
 おかわいらしいさくらちゃんに、ピッタリですわ〜〜!!」

新作コスチュームのアイディアを得た知世が、うっとりと賛成する。
ちなみに今日、さくらが着けているフリルとリボンでふんだんに飾られたエプロンも
『さくらちゃんがバレンタインチョコを手作りするトクベツの日』用の知世の作品である。

「そ、そうかな…」

さくらも頬を染めつつ、安心したような笑顔を浮かべた。
むろん、チョコレートが食べられればいいケロに異存がある筈もない。
たちまちキッチンに甘い香りが満ちた。

「さくらちゃん、今年はお星様のチョコレート、ずいぶんたくさんお作りになるんですのね?」

完全に固まるのを待つために、天板にならべられたチョコレートを眺め、知世が言った。

「うん!お父さんと、お兄ちゃんと、ケロちゃんと…それからね、今年からひいおじいさんにも
 贈ろうと思うの!今朝ね、お父さんに聞いたらお母さん毎年、バレンタインデーには
 ひいおじいさんにもチョコレート贈ってたんだって!
 …それでね、知世ちゃん…また、知世ちゃんのお母さんにお願いしたいんだけど…」

「まあ、母もきっと喜びますわ!」

「そやけど、さくら。それやと4コやろ?もう1コあるで。誰にやるんや??」

天板の上に並んでいるのは、1コのハート型のチョコレートと、5コの星型のチョコレート。
ハートのは雪兎として、藤隆と桃矢とケロとひいおじいさんと…では、星型のチョコレートは
4コで足りる筈だ。
しかし、さくらはケロの疑問に悪戯っ子のように答えた。

「ナ・イ・ショ」

その名を言えば、きっとケロは言うだろう。

『あんな小生意気なガキにやるくらいやったら、わいが2コ食うたる〜!!』

知世が、にっこりと微笑んだ。


やがて知世は綺麗にラッピングされた星型のチョコレートと、さくらが≪花(フラワー)≫で
出した撫子の花束。そして昨日の夜、遅くまでかかって書いたひいおじいさん宛の手紙を
持って、迎えに来た黒い車に乗って帰っていった。


   * * *


その夜。
机の上には可愛いピンクの包装紙と赤いリボンでラッピングされた、5つのチョコレート。
その中の一番大きな包みを、さくらはそっと抱きしめた。
ピンクのハートに込めた、≪大好き≫のこころ。


……明日、言おう。
   雪兎さんにチョコレートといっしょに、わたしの気持ちを届けよう。
   そう自分で決めたんだもん。
   ぜったいに、後悔しないように…。



− 2 −

2月14日。
月曜の朝だ。
めずらしく、さくらは目覚ましの音と共に起きた。

「雨でも降るんとちゃうか〜?」

そううそぶいたケロは、目の前にチョコレートを見せられてコロリと態度を変えた。

「いや〜。もうじきさくらも六年生やしな〜。りっぱなお姉さんやな、うんうん」

「ケロちゃんったら。お世辞なんて言わなくても、はい!」

「わーいわーい!ちょっこれいと〜〜♪♪」

さっそく飛びついてリボンをほどく。

「ふふっ。じゃあ、いってくるね」

「ぐぇんひれ、いっれひぃや(元気で、行ってきいや)〜〜♪」

チョコレートを頬張りながら、ケロはさくらを見送った。

 パタン

ドアが閉まると同時に、ケロは一口かじったチョコレートを手にしたまま、心配そうに呟いた。

「…さくら…」


   * * *


「おはよう、お父さん!はい、これ」

食卓に着いたさくらは、朝ご飯を持ってきてくれた藤隆に、チョコレートを渡した。

「今年もありがとう、さくらさん。ひいおじいさんへのチョコレートも、作ったんですか?」

「うん!知世ちゃんがね、お母さんに預けて、渡してくれるって。また、お手紙も書いたよ!
 わたしはお父さんとお母さんの子供で、とっても幸せですって。
 ね、お母さん、おはよう!!」

さくらは写真の中の撫子に笑いかける。
ふわふわしたピンク色のモヘアのワンピースに、薔薇のつぼみの花束を手にした母が
微笑み返してくれたような気がして嬉しくなった。
母への挨拶を終えたさくらは、もう一つのチョコレートを向かいに座る兄へ差し出す。

「それから、こっちはお兄ちゃんに…お兄ちゃん?」

「…ん、ああ…」

茶碗と箸を持ったまま、じっと固まっていた桃矢が辛うじて反応を返した。
どうやら食べながら眠っていたようだ。藤隆が心配そうに尋ねる。

「桃矢君、大丈夫ですか?具合悪そうですけれど…」

「…大丈夫…眠い……だけ、だから…」

藤隆は知らない。桃矢の変調の原因を。
生まれついて持っていた、強い魔力を失った反動が眠気として現れているのだということを。
桃矢が話さないことを、さくらが勝手に話すことは出来なかった。

もっと早く気づいていれば。
もっと自分に魔力(ちから)があれば…。

「……お兄ちゃん……」

ふっと顔を上げた桃矢の口元が、にやりとゆがんだ。

「きっと、このチョコレートを食えば、バッチリ目が覚めるだろうな。
 なんたって、怪獣作だからな〜。何が入っているのやら…」

「むうぅ〜〜、さくら、かいじゅうじゃないもん!!」

さくらは大声を出すと、猛然と朝食を食べ始めた。
いつもと変らないように振舞うこと。それが兄の思いやりだということが、今はわかる。

……だから、わたしも元気でいなくっちゃ。
   みんなに心配をかけないように…。

その時、ふいに玄関のチャイムが鳴った。

「あれ、誰かな…?」

朝早い来客に、藤隆が席を立った。やがて、玄関から聞こえてくる声。

「おはようございます」

「あれ、月城君。どうしたの?」

「えっ、雪兎さん!?」

「…ゆき…?」

食卓の兄妹は、同時に声を上げた。



− 3 −

しきりに生あくびを噛み殺す桃矢と、その隣で自転車を押している雪兎。
その二人と並んで、さくらは冬の桜並木の下を学校へと向かっていた。

今の自分では危ないことがわかっているので、桃矢は歩いて登校しているのだ。
さくらはインラインスケートをゆっくりと滑らせる。
二人を追いこしては追いこされ…を繰り返しながら。

何故、雪兎が桃矢を迎えに来たのか、木之本家の兄妹にはわかっていた。
近づいては遠ざかっていく雪兎を、さくらはじっと見つめる。
だが雪兎は、また一つあくびをする桃矢を辛そうに見ていた。

たわいのない、会話。
さくらの背中の通学鞄の中で、2つのチョコレートがカタカタと音をたてる。
やがて、友枝小学校の校門に着いてしまった。

「学校を壊すなよ、怪獣」

眠そうな目で、しかし憎まれ口は忘れない桃矢。

「じゃあ、またね。さくらちゃん」

にっこりと微笑んだ雪兎に、さくらはやっとのことで言った。

「…あの…今日の帰りも、家に寄ってもらえませんか?」

「いいの?じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

そう答えてくれた雪兎に、さくらはほっとしたような笑顔をみせた。


   * * *


いつになく早い時間に教室に入ったさくらは、ため息を一つついて自分の席に座った。
桃矢のこと、雪兎のこと。友枝町に起こる不思議な事件。
そして、自分の魔力(ちから)の足りなさ…。思い悩む材料には事欠かない。
今のさくらには、バレンタインデーのときめいたにぎやかさが少し遠かった。

「おはようございます、さくらさん」

ふいに声をかけられ、さくらはハッと頬杖をついていた顔を上げる。

「あ、おはよう。エリオル君」

「…どうかしましたか?なんだか元気がないようですが」

心配そうに尋ねるエリオルに、さくらは慌てて言った。

「えっ…。そ、そんなことないよ!わたし、元気だよ?」

「ならいいのですが…。そうだ、これをさくらさんに」

エリオルは机の上に置いた通学鞄から、レースペーパーで華のように美しくラッピングされた
小さな箱を取り出した。

「ほえ、何?」

「チョコレートケーキです。昨日、焼いたんですよ。今日はバレンタインですから」

「えっ!?でもでも、バレンタインっていうのは…」

「日本では、女の人が好意を持っている男の人にチョコレートを贈る日なのだそうですね。
 でも、イギリスでは男の人が女の人に贈るのが普通なんですよ。
 チョコレートに限らず、花や宝石などでもいいんですが」

「ほえぇ〜。そうだっんだ〜〜」

……どうしよう…。

さくらは思った。

……エリオル君には、いつも親切にしてもらってるのに、チョコレート用意してこなかったよ。
   あ、そうだ……!

さくらはランドセルから小さい方のチョコレートの箱を取り出した。

「あの、エリオル君、これ…」

「僕に…ですか?ありがとうございます。
 でも、いいんでしょうか?僕なんかがいただいてしまって…」

「うん!エリオル君のケーキみたいに上手じゃないと思うけど」

ちょうど教室に入って来た知世は、さくらとエリオルのやりとりを見て心配そうに眉を寄せた。
運良く、さくらとエリオルがそれぞれの鞄の中にチョコレートの箱をしまった瞬間に
小狼が教室に入ってきた。
内心、ほっとした知世が朝の挨拶をする。

「おはようございます、李君」

「あ、小狼くん。おはよう!」

「おはようございます」

三人から笑顔で朝の挨拶をされた小狼は、しかしさくらを見て、顔を赤く染めながら応えた。

「お、おはよう…」

小狼がコートを掛けに机を離れた時を見計らい、知世はさくらに小声で尋ねた。

「さくらちゃん、よかったんですの?あれは…」

「うん…。でも、エリオル君にも、いつも親切にしてもらってるし。
 それに、今日はクラブもないから、家に帰ってから…」

ちょうどその時、担任の寺田先生が入って来た。

「HRはじめるぞ〜!」


廊下の片隅や校舎の裏。下駄箱の前。人のいなくなった教室。
あちこちで小さなドラマが繰り広げられる一日。
今年も千春は山崎君にチョコレートを贈り、例によって冗談めかしたウソをおりまぜた
お礼を言われ、文句を言いつつ、まんざらでもない様子。
利佳は寺田先生と二人っきりになれる機会を捜しながら、心臓を壊れそうなほどドキドキ
させている。
奈緒子は、今年もやっぱり仲良しの友達みんなにチョコレートをあげようと、お弁当の時に
配るつもりで、小さな包みを幾つも鞄に入れて持ってきた。
いつかきらきらした思い出に変る、それぞれのバレンタイン。


「よ−し、みんな気をつけて帰れよ〜」

HRが終ると同時に、さくらは慌ててコートに袖を通しはじめた。

「さくらちゃん、お急ぎですの?」

尋ねる知世に、さくらは頬を染める。

「うん。今日、帰りに家に寄ってくれるって雪兎さんに約束してもらったし、それに…」

さくらはチラッと小狼を見て、言葉を続けた。

「…ちょっと、お買い物もあるし…」

知世はにっこりと微笑んでうなずいた。

「わかりましたわ。頑張って下さいね。…それから、私からのチョコレートですわ」

「わあ、ありがとう知世ちゃん!ホワイトデー、何かお返しするね」

くるくるとカールした色とりどりの細いリボンで飾られた箱を受け取って、さくらが笑顔で言った。

「いいえ、さくらちゃんが喜んで受け取って下さっただけで十分ですわ」

親友の優しい言葉に、さくらはチョコレートの箱を抱きしめて、もう一度お礼を言った。

「ありがとう、知世ちゃん。…じゃあ、また明日!」

「あ…!」

教室を出かかったさくらは、誰かに呼ばれたような気がして足を止めた。
振り返ると、小狼と目が合った。彼の頬がうっすらと染まっていることには気がつかないくせに
何故か自分が呼ばれたことだけはわかるのだ。

「なぁに?」

尋ねるさくらに、小狼は口を開きかけ…そして、唇を噛むと小さく言った。

「…ま、また明日…」

……あ、そっか。

さくらは単純に納得すると、元気に挨拶を返した。

「じゃ、またね。小狼くん!」

さくらの後ろ姿を見送る小狼に、知世が声をかける。

「お渡ししなくて、よろしかったんですか?」

「な、何を?」

ぎくっと半歩たじろいだ小狼に、にっこりと微笑む。

「チョコレートを、さくらちゃんに」

 ガタタタッ

あやうく机を倒しそうになった小狼の顔には、『何でわかるんだ!?』と書いてあるようだ。

「お料理も上手な李君のことですから、きっと手作りですわね♪」

……完全に見透かされている…。

それを悟った小狼は、しかしふっと視線を落として答えた。

「あいつ…いそいでたから、いいんだ…」

「李君は、ほんとうにお優しいんですね」

「…べっ、べつに優しくなんか…!じゃあなっ!!」

慌ててコートを掴んで出ていった小狼の背中に、知世は微笑みながら呟いた。

「『またね。小狼くん』ですから。李君、今日は期待してもよいかと思いますわ」


帰り支度を終え、ゆっくりと席を立ったエリオルの口元に、笑みが浮かんでいた。



                                   −  つづく  −


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このお話の時間設定は2000年になっています。

 2月13日(日)さくら、自宅にてチョコレートを作る
 2月14日(月)バレンタイン
 2月20日(日)星條高校文化祭にて、さくら、雪兎に告白
        <第66話「さくらと一番好きな人」:2月22日BS放映>
 2月21日(月)さくら、小狼を月峰神社のお祭りに誘う
        <第67話「さくらと小狼と月峰神社」冒頭:2月29日BS放映>

…というカレンダ−です。
古い設定のリライトですみません…。(汗)

(初出01.1 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)