星に、願いを 「流星観測会?」 月城 雪兎は、フォークを右手に尋ねた。 左手には、友枝町一美味しいケーキ屋「ぴよ」の秋の新作ケーキを乗せたお皿がある。 お見舞いにと買ってきたワンホールの四分の一を自分で味わいながら、雪兎は『ああ、そうか』 と頷いた。 「そういえば、今朝もニュースでやってたね。今年は獅子座流星群の当り年なんだって」 「はい、いっぱい流れ星がみられるんです。 ボディガードのお姉さんについてきてもらって、知世ちゃんと行くつもりだったんですけど、 知世ちゃん、風邪気味で…」 四つに折り目のついたピンクのチラシを手に、さくらは心配そうに顔を曇らせる。 観測会に行けないことを残念がるより、知世の身体の方を気するのが、さくららしい。 「だったら、俺が…」 「「ダメ!」」 口を挟もうとした桃矢に、即座に妹と親友からお断りの返事がとんでくる。 「やっと、熱が下がったのに。お兄ちゃんはまだ、外へ出ちゃダメだよ!」 「そうだよ、とーや。 もうじき課題の提出もあるし。これ以上、講義もバイトも休めないだろ?」 何処で拾ってきたのか、めずらしく酷い風邪を引き込んだ桃矢は、この一週間ずっと家に閉じこ もっていたのだ。 この世で≪弱み≫とする二人に、同じように睨まれては反論も出来ず、桃矢は黙って雪兎が持 ってきた栗とチョコレートのムースの八分の一ホールをつつく。 「さくらちゃん」 雪兎が、ティーカップにおかわりを注いでいるさくらに話しかける。 「ぼくはこれからバイトだけれど、それが終わってからで良かったら、一緒に行こうか?」 「えっ、いいんですか!?」 ぱあっと顔を輝かせるさくらに、雪兎は眼鏡の奥の眸を細め、微笑んだ。 * * * 11月も半ばを過ぎた夜は冷える。 毛糸の帽子や手袋を準備しながら、さくらはTVゲームに熱中しているケロに声をかけた。 「ケロちゃん、いっしょに行く?」 だが、黄色い背中から返ってくる返事は素っ気無い。 「いやや、わい。何が楽しゅうて、寒い夜中に星なんぞ見に行くんや? 部屋の窓から見たらええやんか」 「寒い方が、お星さまはキレイに見えるんだよ?それに、広いところの方が良く見えるし。 でも、いいよ。雪兎さんと二人で行くから、ケロちゃん、先に寝ててね」 とたんに、今まで興味無さ気だったケロの様子が一変した。 「ちょ〜っと、まちいな」 「ほえ?」 「ゆきうさぎとやて?あの大食らいが一緒やゆうことは、と−ぜん、夜食もたんまりと…」 ≪大食らい≫って、だれのことよ…?と心の中でツッコミつつ、さくらは答えた。 「う、うん…。ポットにココアをいれて、あとクッキーと…」 「わいも行くで〜〜!」 さっさとゲームをセーブすると、先っぽに白いボンボンのついた尻尾を振って張り切り出す。 「はうう〜」 相変わらず食い意地の張った守護獣に、さくらはため息をつきながら机の引出しを開けた。 ふよふよと背中の羽根を動かして飛んで来たケロが、さくらが手に取ったものを見て、首を傾げる。 「カードも持って行くんか?わいとユエが一緒なんやから、なんも危ないことないで?」 本の中からピンクのカードを取り出しながら、さくらはケロに答えた。 「うん。でも、せっかくだからカードさん達にも、流れ星を見せてあげようと思って」 * * * 流星観測会は友枝町の主催によるものだ。夜が遅いため、高校生以下の子供が参加するには 保護者の同伴が必要になる。 友枝公園の入り口で簡単な注意と説明を受けた後、係の人の案内に従って開けた広場に向かう。 普段はサッカーや草野球に使われている場所だ。 早くから来ていたらしい家族連れや、天文ファンらしきグループの姿が、ちらほらと見える。 天体望遠鏡や双眼鏡を手に、期待を込めて夜空を見上げているのだ。 「寒いのに、みんな物好きやな〜」 さくらが背負ったリュックから、こっそりと顔を覗かせて呟くケロに苦笑しつつ、雪兎は人目につか ない端のほうにキャンプ用の小さな折りたたみ椅子を二つ置いた。 防寒のために持ってきた毛布にくるまって、並んで座る。 「なんだか、みのむしさんになったみたい」 「あはは。ホントだね」 夜の空気はしんとして、よく響く。 見なれた広場も、まるで見知らぬ海の底のよう…。 …と、 「なあなあ、はようココアでも飲んで、あったまろうや」 座るやいなや、さっそく飲食の催促をするケロに、さくらは呆れた。 「ケロちゃんったら、今来たばっかりじゃない」 声を低めて抵抗をするさくらに、雪兎が笑顔で言った。 「ぼくも、飲みたいな」 とたんに、さくらは足もとのバスケットからマグカップを取り出した。 「はい、雪兎さん。どうぞ!」 リュックの中で、ケロはぶつぶつと文句を言った。 「なんや、ゆきうさぎとわいとで、えらい違いやないか〜」 * * * カップから、白い湯気と甘い香りが立ち上る。 またたく星の下で、並んでココアを飲みながら、雪兎は不思議な気がした。 あったかくて、ふんわりとした気持ち。 自分が、一番優しくなれる。 いつだって、さくらと一緒にいる時は、そうだった。 初めて出会った頃は小さな女の子だったさくらも、今はすっかり大人びて、そして綺麗になった。 それは、彼…月城 雪兎…が存在していた時間の確かさを感じさせてくれるのだ。 時々、眩しく思う。 けれど、それはけっして雪兎の鼓動を早めることはない。 もっと穏やかで、きっとこれからも、ずっと変わらない想い。 ふと、眠気に襲われて、雪兎は小さくあくびをした。 文字盤が蛍光になった腕時計を見ると、もう、日付はとうに変わっている。 「ごめんなさい…」 気づいたさくらが、すまなさそうに言った。 「雪兎さん、お兄ちゃんの分もバイトで疲れてるのに」 「気にしないで。ぼくはね、さくらちゃんやケロちゃんと一緒にいられるの、嬉しいんだ。 ユエさんも、きっとそうだと思うよ? それに、今日は桃矢の代わりだけれど…さくらちゃんは、ぼくにとっても……大事な妹、だからね」 ほんの少し、ためらいながら口にした言葉。 さくらは、ニッコリと笑った。 「すっごくうれしいです。 わたし、雪兎さんみたいな優しいお兄ちゃんが欲しかったから」 桃矢が聞いたら、何と言うだろう? きっと、不機嫌そうな顔で、 『どうせ俺は、≪いぢわるな≫兄ちゃんだよ』 と、文句を言って、それから… 『よかったな』 と、笑うだろう。 ふいに、広場の向こうから、わあっと歓声が上がった。 夜空へ顔を上げて、眸をこらす。 その視界の端を、星が尾を引いて滑り落ちた。 「あ…!」 一つ、また一つ。 深い藍色の空を、白く軌跡を描いて流れていく。 次から次へと。 「すごいね。願い事、たくさん出来そうだね」 雪兎の声に、さくらは嬉しそうに頷いた。 「ど〜せ、さくらの願い事なんて、小僧のことばっかりやろ?」 クッキーを頬張りながらのケロの声に、さくらは頬を染めて反論した。 「そ、それもあるけど…。 でもでも、今夜はお星さまがいっぱい降ってくるから、いっぱいお願いができるし。 だから…」 さくらは、リュックの中からカードを取り出すと、その1枚を手にとった。 * * * 『≪風(ウィンディ)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 その言葉に、ユエはまどろんでいた意識を覚醒させた 『≪翔(フライ)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 主がカードに心を向けている その≪想い≫は、守護者である彼にも伝わるのだ 『≪影(シャドウ)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 主の姿を、ユエは雪兎の眸を通して見る だが、主の声はユエにしか聴こえない …いや、きっとケルベロスにも聴こえているのだろう 『≪水(ウォ−ティ)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 星が、光の尾を引いて滑るのを眸に映しながら 1枚、また1枚 カードを手に、その名を心の中で呼ぶ 『≪樹(ウッド)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 (………気ィついたか?) 『≪雨(レイン)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 そっとユエに囁きかける、ケルベロスの≪想い≫ 『≪跳(ジャンプ)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 (………さくらが呼んどるんは、散らばった『クロウカード』を集めた順番なんやで…) 『≪幻(イリュ−ジョン)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 言われなくとも、わかっている 雪兎の中で、ずっと感じていたのだ カ−ド達が新たな主を認め、受け入れていくのを 『≪静(サイレント)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 (………どや? わいの≪選定者≫としての目は、たいしたもんやろ……) 『≪雷(サンダ−)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 得意そうな対の守護獣に、そっと苦笑する まったく、おまえは単純で悩みがない 『≪剣(ソ−ド)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 心を澄ますと、聴こえてくる つぶやくような、さざめくような、カードの≪こころ≫ 『≪花(フラワ−)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 うなづくように、はにかむように はしゃぐように、ほほえむように 『≪盾(シ−ルド)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 主の呼びかけに、こたえる 星がふるように 夜空をまたたいて、ながれるように 『≪時(タイム)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 今は、遠くにいる、誰か 今も、そばにいる、誰か 『≪力(パワ−)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように』 全てのカードが、思い出とともにある 全ての≪こころ≫が、主とともにある 『≪霧(ミスト)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように…』 1枚、また1枚 やがて、最後の1枚 53枚目のカード 『≪希望(ホープ)≫さんと、ずっと、なかよしでいられますように。 …あれから一度もお話できないけれど、みんなと一緒だから、もうさみしくないよね?』 去年の夏、≪無≫から≪希望≫へと生れ変わったカードは、その後、さくらの星の杖による ≪封印解除≫にも全く反応しない。 イギリスから駆けつけた柊沢エリオルは、カードを手に取り首を傾げた。 『今のところ、52枚のさくらカードとこのカードとで、プラスとマイナスのバランスは保たれている ようです。 おそらく、再びカードの魔力のバランスが崩れるまで、このカードは眠ったまま、発動しないの ではないでしょうか…?』 或いはそれは、そうであって欲しいというエリオル…クロウ・リードの願いであったのかもしれない。 ほうっと息をついてカードをリュックにしまうさくらに、雪兎は新しく注いだココアのカップを手渡した。 「ありがとうございます。…あれ?ケロちゃん、寝ちゃってる」 何時の間にか膝の上で、毛布の端にくるまって寝息をたてているケロに、さくらはクスッと笑う。 また一つ、星が流れた。 カップを手に、さくらが見上げる。 『ケロちゃんとユエさんとも、ずっと、なかよしでいられますように』 「あのね、さくらちゃん…」 口を開こうとした雪兎は、突然、軽く肩をすくめた。 「雪兎さん、どうしたんですか?」 心配そうに尋ねるさくらに、小さく笑って見せる。 「ううん、なんでもないよ。 あ、ほらまた。凄い星だよ…!」 「わあ…っ」 流星雨は、まさに雨のごとく夜空一面を競い合うように降り注ぐ。 見上げる眸に星を映し、さくらは再び沈黙する。 その心の声は、もうユエには届かない。 だが、きっと願っているのだろう。 家族と、友達と。そして、海の向こうにいる、一番の想い人。 カードと同じように、一人一人の名をあげて、その顔を思い浮かべながら。 雪兎は、心の中で囁いた。 ………うん、わかったよ。 誰にも言わない。 君が、同じように星に願っていたことは…… − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ ***************************************** このお話は2001年11月18日から19日にかけての獅子座流星群のエピソードです。 …といっても、当日は風邪で寝込んでいて、翌朝の新聞で知ったのですが。 実は世紀の天体ショ−を見損なった悔し紛れに書いたモノだったりします。(汗) それはさておき。 さくらちゃんとカ−ド達、そしてケロちゃんとユエさんの関係はこんな風であって欲しいなと 思っています。 ちなみに、さくらちゃんの小狼君に関するお願いは、友人家族多数を経た後のトリを飾った ことでしょう。 (初出01.11 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。) |