さくらとテストとプレゼント − 1 − カリ カリ カリ ノ−トにシャ−プペンシルを走らせる音。 どこからか、気の早い蝉の一団の合唱が微かに聞こえる。 国語の教科書を開き、辞書に並んだ活字を追っていた小狼は、ふと顔を上げた。 静かすぎる。 さっきからペンの音がするのは、自分の手元ばかりからだ。 視線を横へと移動させれば案の定、さくらはテ−ブルに頬づえをつき、翠の眸を 明後日へと彷徨わせている。 少女らしい丸みを帯びた頬と、ほんの少し開いたかわいらしい口元。 始まったばかりの夏の蒸し暑さを遮る空調の中で、さくらは目を開けたまま楽しい夢を 見ているかのようだ。 もうじき一つ歳を重ねる少年は、今はまだ同い歳の少女に胸が痛くなるほどの愛おしさを 覚えたが、努めて不機嫌な声を出した。 「……こら」 その一言で、ハッと我に返ったさくらは目の前の小狼に焦ったような声を上げた。 「ほえっ!?」 小狼は眉を寄せ、素っ気無い表情を繕う。 でもなければ、さくらの一挙一動に蕩(とろ)けてしまう自分を自覚しているからだ。 「ほえ?じゃないだろう。さっきから1ペ−ジも進んでないぞ」 二人は、あと数日後に迫った期末テストのために小狼のマンションで試験勉強に 勤しんでいる。 それも、さくらが小狼に苦手の数学を教えてくれと頼み込んだからなのだ。 けれども苦手のものとなると、とたんに集中力が落ちるさくらである。 勉強は、まるではかどらない。 「はうぅ〜〜」 ため息をついて参考書に顔を向けるさくらに、小狼も苦手な国語の教科書に視線を戻す。 日常生活での不自由は無いものの、香港で生まれ育った外国人の彼は、今でもまだ 日本語の読み書きは不得手なのだ。 実家の李家に無理を通して、日本に≪留学≫している形を取っている手前、小狼は 成績優秀であらねばならない。 それは、来年受験する日本の高校のレベルでも同じことだ。 小狼が進路指導で薦められているのは、さくらの兄と月城雪兎が卒業した星條高校。 通学にも便利な上に(何しろ、友枝小学校の隣だ)、日本に居る限り極力友枝町から 離れられない小狼にとって、申し分の無い条件である。 ただ、今のさくらの成績では、星條高校は少し荷が重いのが現実なのだ。 本人は小狼と同じ高校へ進みたいと思ってくれているらしいのだが…。 「……さくら」 「あ……。ご、ごめんなさい」 またもや彼方に視線を遊ばせているさくらに、小狼はため息をついて立ち上がった。 「休憩にしよう。…今、お茶を淹れて来るから」 * * * 「何か、気になることでもあるのか?」 氷とミントの葉を浮かべたアイスティ−のグラスを置いて、小狼は尋ねた。 さくらは驚いて小狼を見上げ、あわててアイスティ−のストロ−をくわえる。 「……やっぱり、何かあるんだな」 小学生の頃と変わらず、思ったことがそのまま顔にも態度にも出る少女に、小狼は 苦笑を浮かべながら言った。 「小狼くん、何でもわかっちゃうんだもん…。」 さくらは頬を膨らませる。 その可愛らしい仕草に内心ではドギマギしながらも、自分を抑えることに慣れた少年は 少女の言葉を促した。 「で、何が気になるんだ?」 言ってから、ふと思い当たることがあって付け足した。 「映画とか、遊園地とかに行きたいってのはダメだぞ。 期末テストが終わっても、夏休みは夏期講習があるからな」 日本に戻って以来、夏も冬も春も。長い休みの大半を、小狼は香港で過ごす。 それもまた、彼が日本に留まるための条件の一つだった。 だが、今年の中学三年生の夏休みは、高校受験のための講習を受けるという理由で 日本に残る。 暫く前にそれを告げると、さくらはこぼれるような笑顔を見せた。 いわゆる、≪はにゃ〜ん≫状態とかいうヤツだ。 けれども、それはあくまでも勉学の為であって、楽しく遊んで過ごすためでは無い。 山崎とGFの三原千春が、夏休みに公開される話題の映画の試写会に行って 『すっごく面白かったよ〜!!』 という話をふりまくのを、さくらが羨ましそうに見つめていたとしても。 また、友枝遊園地に新しいアトラクションが出来たというポスタ−の前で、さくらが長い間 立ち止まっていたとしても。 それとこれとは話が別なのである。 「ちがうもん!そうじゃなくて…」 さくらは言うのを躊躇い、思い詰めたような眸を彼に向けた。 小狼はさくらの言葉を待った。 何か、よほど深刻な問題でもあったのだろうか? 特に魔力の異変は感じていないが、もしかしたら家族の間でトラブルが…。 「小狼くん、お誕生日のプレゼントに欲しいものってある?」 「………は?」 切羽詰った表情と、声。 そのどちらにもそぐわない質問に、小狼の目は点になった。 「だってだって、今年はど−しても思いつかないんだもん! 小狼くん、何でも出来るし。何でも持ってるし。普段着てるお洋服だって素敵だし。 わたしのお小遣いであげられるものなんて、ないんだもん!!」 言い始めると照れ隠しで逆に止まらなくなったのか、さくらは凄い勢いで捲くし立てる。 「苺鈴ちゃんも知世ちゃんも、相談しても笑って真面目に考えてくれないんだもん。 『何あげても、喜ぶから』 って…。小狼くん、優しいから。 けど、わたし。小狼くんが本当に喜んでくれるプレゼントをしたいんだもん!!」 当の本人を目の前にして、『優しいから』と言い切るさくらに小狼は赤面する。 こういうところは、きっとこれからも変わらないのだろう。 思いながら、小狼は去年のことを思い出した。 「バ−スデ−ケ−キ、作ってくれるんだろ?」 日本に戻って最初の誕生日、さくらは小狼のために見事なケ−キを作ってくれた。 父親の藤隆に手伝ってもらって……というよりは、実際には藤隆が作るのをさくらが 手伝ったものであったらしい。 『来年は、わたし一人で作るからね!!』 頬を赤く染めたさくらに、小狼は頷いた。 ……その約束を、思い出したのだ。 「ケ−キも作るけど、ほかのプレゼントもしたいの!!」 小狼は、首を傾げてさくらを見た。 彼にしてみれば、貴重な時間を割いて小狼だけのためにケーキを作ってくれるなら、 それだけで十分なプレゼントに思えるのだ。 ケ−キの出来栄えに、よっぽど自信が持てないのだろうか? と、小狼は内心でとても失礼なことを考える。 そういえば、さくらは去年もケ−キに添えて小狼のイニシャルを刺繍したスポ−ツタオルを プレゼントしてくれた。 多分、そういう実用的な小物で良いのだろう。 …とはいえ。 自分の誕生日に何かしようと思ってくれるのは、とても嬉しい。 嬉しいが、それどころじゃないだろうとも正直思う。 二人が同じ高校を受験出来るかどうかは、この期末テストと夏休み明けの模試に かかっているのだ。 ふと、小狼はあることを思いついた。 「それって、物とかじゃなくてもいいか?」 小狼の言葉に、さくらは眸を輝かせた。 「うん!!わたしに出来ることだったら」 「……じゃあ」 さくらがテ−ブルの上に身を乗り出す。 小狼は、一言一句を区切るようにして、言った。 「さくらが、期末テストの数学で、100点を、取ること」 「……ほえっ!!?」 さくらは、まるで『後ろに幽霊が居るぞ』とでも言われたかのように飛び上がった。 さもありなん。 さくらにとって、幽霊と同じくらいの大の苦手が数学という代物なのだから。 目を白黒させるさくらに、小狼は笑いながらプレゼントの条件に修正を加えた。 「いきなり100点は無理だな。じゃあ、80点以上にマケておく」 「あう……、ぅ」 その妥協案にも引き攣ったままのさくらに、小狼は意地悪く笑う。 「さくらからのプレゼント。す〜ごく楽しみだなぁ〜〜」 小狼からすれば、これでさくらが勉強に集中してくれれば儲けたという程度である。 彼が受験校のレベルを下げるわけにはいかない以上、さくらが頑張ってくれなければ 来年は、同じ高校に通えないのだ。 だが、さくらは恨めしげな声で言った。 「小狼くん、お兄ちゃんに似てきた〜〜!!」 とたん、小狼はテ−ブルについていた肘からガクッと顎を落とす。 「なんで、そこで兄貴が出て来るんだよ!?」 焦ったような、傷ついたようなフクザツな表情の小狼に、さくらはムキになって 言い募る。 「似てるもん!!そ−いうイジワルな言い方、お兄ちゃんにそっくりだもん!! わかった!100点はダメでも、絶対80点以上とるもん!!」 わかんないとこあったら、訊くから!!もう話しかけないで!!」 普段は素直で、大道寺知世曰く≪ふんわり≫しているさくらだが、言い出したら 聞かない性格の持ち主でもある。 自分から休憩を打ち切って、数学の問題に取り組み出したさくらに、小狼は ため息混じりの笑みを浮かべた。 − 2 − 「……なんや、さくらがケ−キが焼ける間ァも惜しんで勉強しとるなんて、真夏に 雪でも降るんちゃうかと思うたら。そ−いうワケかいな」 甘い香りの漂うキッチンで、羽根の生えた黄色いぬいぐるみ…もとい、カ−ドの 守護獣は己の主に向かって言った。 「うん。プレゼントだから、ケ−キも数学のテストも頑張るの!!」 キッチンのテ−ブルに拡げた参考書から顔を上げようともせず、エプロン姿のさくらは 守護獣・ケルベロスことケロの問いに答える。 「しっかし、小僧も欲張りな奴っちゃな〜〜。 わいやったら、ケ−キだけあったら十分やで?」 相変わらず小狼を≪小僧≫よばわりするケロだったが、さくらが訂正したのは呼び方 ではなかった。 「小狼くんが言ったんじゃないもん。 わたしが、ケ−キの他にも何かプレゼントしたかったんだもん」 家族の元を離れ、日本で一人きりの誕生日を迎える小狼なのだ。 形なり思い出なりに残る贈物をしたかった。 だって、ケ−キは食べてしまえばおしまいだし、藤隆や知世のようにとびっきり上手な ケ−キを焼く自信もない。 それに、最近の小狼が甘いお菓子を好まなくなったことも、さくらは気がついていた。 それなのに、プレゼントがケ−キだけだなんて。 もちろん、数学のテストの点数がプレゼントなのもどうかと自分でも思うのだ。 確かに、お金は掛らなくて済む。 その一方、手間と努力を必要として、結果は残る。 考えようによっては、編み物やお裁縫で作ったものと同じかもしれない。 だが、その努力は難しかった。 編み物やお裁縫やケ−キ作りの方がよっぽど楽かもしれないと、さくらは解けない問題に 頭を抱えた。 「はうぅ〜〜。魔法が使えても、ゼンゼン勉強の役には立たないんだよね〜〜」 参考書の上に突っ伏すさくらに、ケロがふざけた調子で言った。 「あんまり思いつめとると、またカ−ドが暴走すんで〜。 ≪夢(ドリ−ム)≫がテストの予知夢を見せるかもしれへんし、≪移(ム−ブ)≫が テスト問題を運んできよるかもしれへん。 カ−ドはいつも主の役に立ちたい、思うてるからな」 さくらは慌てて跳ね起きた。 「ダメだよ、そんなの!カンニングになっちゃうもん!! 小狼くんも、知世ちゃんや他の子も、みんな自分の力でがんばってるのに。 それにカ−ドさん達にズルイことさせたら、わたし、カ−ドさん達の≪なかよし≫じゃ なくなっちゃうもの!!」 小さな丸い顔が、さくらの目線の高さに下りてくる。 ゴマ粒ほどの黒い目が、さくらを見て笑った。 「さくらがそう思うとる間は、大丈夫や。 カ−ドは、主の≪真の願い≫を感じとるからな。 さくらが魔法に頼らず、自分の力でなんとかしよう思う限り、カ−ドはなんも余計な ことはせぇへん。ただ、大人しゅうにさくらの応援をしとるだけや」 『魔術師は、偉大であればあるだけ、強大であればあるだけ。 滅多なことでは魔法を使わない』 いつだったか、小狼が言っていた。 魔法は、自分のためにある力ではないのだと。 カ−ド達を使いこなすには、さくらには学ばなければならないことが沢山ある。 それも、むしろ魔法以外のことで。 「……ありがとう、ケロちゃん」 さくらは微笑むと、参考書とのにらめっこを再開した。 ケロも待ち遠しそうに、オ−ブンの周りをふよふよと飛び回る。 そろそろタイマ−の残り時間も少なくなってきた頃、桃矢が雪兎を連れて帰って来た。 例によって二人揃ってのアルバイト…ではない。 ス−ツにネクタイを締めたスタイルは、いわゆるリクル−トファッション。 大学四年生の二人は、就職活動中なのである。 上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら、ケ−キの焼ける甘い匂いに一方は眉を寄せ もう一方は嬉しそうに微笑む。 「おい、またチョコレ−トケ−キかよ。 毎週毎週、いい加減に食い飽きた……って。何やってんだ、さくら?」 「こんにちわ、さくらちゃん。美味しそうな匂いだね〜。 テスト勉強?来年は高校受験だもんね」 いつもなら焼け具合を気にしならが、オ−ブンの前をウロウロしているさくらが 参考書を広げて勉強している図に、桃矢は本気で驚いていた。 驚いても、口から出てくるのは長年の習慣が染み付いたこんなセリフである。 「さくらが真面目に勉強してるなんて、こりゃあ空からケ−キが降って来るかもな〜。」 「むううぅ〜〜!!なによ、それ−!!!」 こちらも長年の習慣か、兄の憎まれ口には即座に反応してしまうさくらである。 「ええな〜〜、ケ−キが降って来たら食い放題や〜♪」 「そうだね−。空からケ−キが降って来たら、すっごく嬉しいよね♪」 真の姿の≪月(ユエ)≫である時は、ケルベロスとはまるでソリが合わないというのに 仮の姿の≪雪兎≫で居る時は、とてもケロと気が合うカ−ドの守護者である。 一匹と一人は、主とその兄と焼きあがる直前のケ−キを楽しげに見守った。 「先週といい、先々週といい。真っ白になるまで砂糖掛けて、やっと食えるような苦い チョコレ−トケ−キなんて、甘さを控えるにも程があんぞ。 いくら、デブ怪獣になるのが気になるからって」 「デブ怪獣じゃない−!それに、今日は前よりお砂糖多くしたもん!!」 桃矢に盛大なしかめっつらをして見せた後で、さくらは雪兎に愛想を降りまく。 「よかったら、いっぱい食べてくださいね。 ……それから、あとで数学のわからないところ教えてもらってもいいですか?」 「ぼくでよかったら、よろこんで」 「フン!!」 ≪優しいお兄さん≫の隣で、≪意地悪なお兄さん≫が鼻で息を吐く。 雪兎はそっと囁いた。 「もう、7月だもんね。 と−やって、相変わらず李くんが絡むと素直じゃないね−。」 慣れないネクタイをワイシャツから抜き取りながら、桃矢はつっけんどに言った。 「……るせ−な。 そう簡単には、いかね−んだよ」 − 3 − 送信者:苺鈴 日 時:200×年7月○日 15:05 宛 先:大道寺知世 件 名:テストの点数〜!? 大道寺さん、こんにちわ。 メールありがとう。 ところで、木之本さんの小狼へのプレゼントがテストの点数ですって!? それも、小狼からのリクエストで。 まったくもう、何やってんのかしらねあの二人。 けど、考えようによっては、それって小狼が木之本さんに『同じ高校へ行こう』って アピールしてるってことよね。 小狼にしてはよくやったと、ホメてあげるべきなのかしら? 送信者:大道寺知世 日 時:200×年7月○日 21:14 宛 先:李苺鈴様 件 名:さくらちゃん、頑張っていらっしゃいますわ。 李苺鈴様 メールをありがとうございます。 さくらちゃんは数学の勉強を、とても頑張っていらっしゃいますわ。 たった数日しかありませんが、かつてはカ−ドキャプタ−として素晴らしい集中力を 発揮されていたさくらちゃんですもの。 本気になりさえすれば、数学なんてチョロイものですわ。 ただ、さくらちゃんが本気になるためのきっかけを与えられた李君は、本当に賢明で いらっしゃいます。 私はさくらちゃんの進まれる高校であれば、どこへでも同じところを受験するつもりで いましたが、李君はご一族の手前、そうはいきませんものね。 けれども、テストとは…。盲点でしたわ。 さくらちゃんの血と汗と涙と努力の結晶が、一枚の紙に集約されているのですもの。 この私が、その超レアな価値を今まで見落としていたなんて! さくらちゃんの直筆答案用紙なら、たとえ0点であろうと額縁に収めて壁に飾って おきますのに!! 次の私の誕生日には、休み明けの実力テストの答案をぜひ一枚頂きたいと お願いしようと思っています。 送信者:苺鈴 日 時:200×年7月▽日 13:57 宛 先:大道寺知世 件 名:それで、木之本さんはどうだったの? 大道寺さん、こんにちわ。 テストの答案ねぇ〜。あたしは別に欲しいとは思わないけど。 でも、有名な人の直筆原稿とか手紙には歴史的な価値があるわよね。 大道寺さんにとっては、そんな感じなのかしら。 木之本さんって、≪ぽややん≫だけど魔法の世界では有名だもんね。 そっか−、木之本さんからもらった年賀状や絵ハガキ、大事にとっておこうっと。 けど、答案用紙を壁に飾られたら、0点でなくても恥ずかしいと思うけど。 ところで、今日が問題の数学のテストよね。 木之本さん、どうだったの? 送信者:大道寺知世 日 時:200×年7月▽日 15:39 宛 先:李苺鈴様 件 名:ご報告いたします。 李苺鈴様 はい、今日が運命の数学のテストでしたわ。 期末テストは明後日までの3日間ですが、数学は1日目の最後でした。 さくらちゃんは、朝からずっと魔法の呪文を唱えるかのように数学の公式を口ずさんで いらっしゃいました。 そして、ところどころで 「何とかなるよ。ぜったい、大丈夫だよ」 と、≪無敵の呪文≫まで唱えられて。 テストが始まるギリギリまで、ずっと参考書を広げておられました。 それも、どのペ−ジもアンダ−ラインと書込みでびっしりと埋まっているのですもの。 頑張るさくらちゃんは、本当に素敵でしたわ。 …そして、60分のテストが終わったあとは、燃え尽きたようにぐったりとしておられました。 そんなさくらちゃんも、やっぱり超絶にお可愛らしいのですけれど。 ご本人がおっしゃるには、 「いつもより、ずっと出来たと思うけど。80点以上かは自信ないよ〜〜」 とのこと。 でも、あんなに頑張っておられたのですもの。≪ぜったい、大丈夫≫ですわ。 それに、さくらちゃんはケ−キをお作りになるのですもの。 李君のためだけの、さくらちゃん特製・甘さ控え目のガト−ショコラを。 いつ、どんな時でも素敵なさくらちゃんですが、大好きな方のために一生懸命な姿が 何と言っても一番です。 今ごろはまだ、李君のお宅で明日のテストのお勉強をしていることでしょう。 数学のテストで頭がいっぱいで、明日の英語や理科は何もしていなかったそうですから。 李君は呆れておられましたが、とってもさくらちゃんらしいですわ。 送信者:苺鈴 日 時:200×年7月▽日 19:46 宛 先:大道寺知世 件 名:Re:ご報告いたします。 大道寺さん、メールありがとう。 あなたのメールを見て、小狼のマンションに電話してみたわ。 残念ながら木之本さんは帰っちゃった後だったけど。 それで、小狼をつっついてみたんだけど、最近扱いにくいのよね〜。 道士としてはエライのかもしれないけど、まだあたし達と同じ歳なのに。 大道寺さんも、テスト頑張ってね。 こっちはとっくに夏休みよ。 そして、私の成績はもちろんオ−ルA!! 今年の夏は、小狼のお姉様達とバカンスを過ごす予定。 本当は日本に遊びに行きたいんだけど、今年は遠慮しとくわ。 残念だけど、受験勉強の邪魔しちゃ悪いから。 木之本さんのプレゼントの結果がわかったら、教えてね!! 送信者:大道寺知世 日 時:200×年7月13日 14:11 宛 先:李苺鈴様 件 名:更に、ご報告いたします。 李苺鈴様 今日は李君のお誕生日ですわね。 そして、今日が数学の答案用紙が返ってくる日。 さくらちゃんのプレゼントの結果がわかる日でしたわ。 なんて素敵な偶然でしょう。 さくらちゃんは、朝からとても緊張していらっしゃいました。 先生がさくらちゃんの名前を呼ばれたときは、お顔が真っ青でしたもの。 答案用紙を受け取った後も、胸にぎゅっと押し付けてなかなか見ようとはなさいません。 けれど、先生がおっしゃいました。 「木之本、良く頑張ったな。この調子なら、第一希望の受験も夢じゃないぞ」 さくらちゃんは、そっと答案用紙を御覧になられました。 さくらちゃんのお顔が、満開の桜の花のような笑顔であふれるのが私の席からでも わかりましたわ。 そして答案用紙を握り締めて、まるで足に≪跳(ジャンプ)≫がついているかのように その場で軽やかに飛び上がると、小鳥のような声がクラス中に響きました。 「やったよ、小狼くん!!」 テストの点数は、82点でした。 だって、さくらちゃんは表側が見えるように持ってらっしゃったのですもの。 「そうか、木之本。ずいぶん頑張ったと思ったが、そういうことか」 先生が、笑いながらおっしゃいました。 さくらちゃんと李君は、先生の間でも有名なのです。 でも、どの先生も二人の交際を好意的に見守っておられますわ。 さくらちゃんは真っ赤になって、まるで≪駆(ダッシュ)≫を使っているかのような勢いで お席に戻られると、机の上で頭を抱えてしまわれました。 恥ずかしがるさくらちゃんは、本当に本当に可愛らしすぎます。 校則ですから仕方が無いとは思うのですが、今日のような日には教室にビデオカメラを 持ち込めないことを恨めしく思います。 テストも終わりましたし、夏休みまでは午前中で終わりです。 さくらちゃんのことは、あっという間に学校中のうわさになってしまいました。 でも、さくらちゃんのことを話している皆さんの顔は、みんな笑っているのです。 人を馬鹿にするような、冷たい笑いではありません。優しくて、ふんわりした笑顔です。 まるで、さくらちゃんのような。 大好きな方のために頑張って、そして周りの人までしあわせな気持ちにしてしまう。 こんな恋には、きっと誰もが憧れます。 大人でも、私たちでも。 そんなふうに想い合えるどなたかと、何時かめぐり合えたらと思いますわ。 そして、そんなお二人を間近で拝見できる私は、なんてしあわせなのでしょう。 恥ずかしがって、落ち込んでしまった(それがまた、絶頂的にお可愛いらしいのです) さくらちゃんのことは李君におまかせして、私は一足先に失礼しました。 とてもとても残念ですが、今日は李君のお誕生日ですから。 送信者:苺鈴 日 時:200×年7月13日 19:20 宛 先:大道寺知世 件 名:ねぇ、気づいてる? 小狼にとっては、最高の誕生日になったみたいね。 香港から送った誕生日のプレゼントも、無事に届いたようだし。 めずらしく、愛想のいいお礼の電話があったもの。 ところで、ねぇ。大道寺さん、気づいてる? >そんなふうに想い合えるどなたかと、何時かめぐり合えたらと思いますわ。 あなた、こんなこと書いて寄こしたの初めてよ!! あたしもね、拳法も勉強もお料理も、その全部じゃなくても。 どれか一つ。ううん、それ以外の別の何かででも、あたしより凄いって思わせる 男の子が居たら、つきあってもいいかなって最近は思うの。 これって、夏だからかしらね? 明日から黄蓮(ファンレン)姉様と緋梅(フェイメイ)姉様と一緒に、イギリスに行くわ。 向こうでは柊沢君と観月先生にも会えるみたいだから、楽しみなの。 みんな元気ですって、言っておくわね。 それに、木之本さんのプレゼントは、きっと素敵なお土産話になると思うわ。 あたしのお土産話も、楽しみにしててね。 イギリスで、本場のリトル・ジェントルマンと知り合いになってみせるわよ。 それじゃあ、また!! − 4 − どうも、おかしい。 校舎を出てすぐの木陰でさくらを待っていると、通り過ぎる生徒達が小狼を見て くすくすと笑うのだ。 「わぁ、李君だ〜」 「やったよ−!!」 「やったよ−!!!くすくすくす」 「……?」 さくらと同じクラスの顔ぶれも居るところを見ると、とうにHRは終わったのだろう。 だが、いつもなら小走りでやってくるさくらの姿は、一向に見える気配が無い。 そこへ、千春と連れ立った山崎が通りかかった。 彼女はさくらと同じクラスだ。 さくらのことを尋ねようと口を開きかけると、山崎がいかにも楽しげに言った。 「やあ、李君。聞いたよ〜。『やったよ、小狼くん!!』」 「……なんだ、それは?」 首を傾げる小狼に、山崎はニコニコと細い目をいっそう細くする。 「あれ〜?知らないの。『やったよ』っていうのはね−。 神話の時代、日本には≪八又の大蛇(オロチ)≫という怪物がいたんだけど…」 「はいはい。話をウソに持っていかないでね〜」 隣にいた千春が、すかさず山崎の耳を引っ張った。 「三原、知ってたら教えてくれ。さくらに何かあったのか?」 また、通り過ぎる一団の生徒が小狼を見て忍び笑いを漏らす。 千春と山崎は目を合わせ、そして曖昧な笑みを浮かべた。 「さくらちゃん、多分まだ教室にいるわ。 すぐには出てこれないと思うから、李君、迎えに行った方がいいかもよ?」 * * * HRが終わった後も、一人クラスに残ったままのさくらは激しく落ち込んでいた。 だって、嬉しかったのだ。 頑張って、うんと頑張って、それが報われたのだから。 いっぱいに膨らんだ嬉しさが、風船のようにパンッと弾けて、気がついたら口から 言葉が飛び出していた。 けれど、寄りにも寄ってあそこで小狼の名前が出てくるなんて。 恥をかくなら、自分だけで十分だ。 小狼は、目立つのも騒がれるのもキライだった。 それなのに、きっと学校中のウワサになってしまっただろう。 せっかく、今日は小狼の誕生日なのに。(だから、余計に嬉しかったのだ。) プレゼントの約束を果たせたのに。(だから、口から小狼の名前が出てきたのだ。) 「さくらちゃんは頑張ったのですもの。李君は怒ったりしませんわ」 知世は優しく慰めてくれたが、さくらは小狼への伝言を頼んだ。 「後で、ケ−キを持って小狼くんのお家に行くからって言ってほしいの。 だから、先に帰ってって」 今日ばかりは、二人で帰ったら、どんなに周りに冷やかされるか。 一人の方が、まだマシだろう。 机の上に突っ伏したままのさくらに、知世はようやく言ってくれた。 「……わかりましたわ。 それでは、私はお先に失礼させていただきますわね」 知世の足音が遠ざかる。 けれど遠ざかったばかりの足音は、またさくらに近づいてきた。 「知世ちゃん、わたし、大丈夫だから…。 小狼くんが待ってるから、早く」 「おれが、どうしたって?」 知世のものではない声に、さくらはガバッと机から飛び起きた。 「待ちくたびれて、迎えに来た」 暗褐色の髪の少年は、鳶色の眸でさくらを見つめる。 さくらは赤くなったり青くなったりを繰り返しながら、小さな声であやまった。 「ご、ごめんなさい……。」 「80点、とれたんだろう。どうして『ごめんなさい』なんだ?」 小狼が言った。 ここへ来るまでに、誰にも何も言われないなんてことがある筈がないのに。 「プレゼント、ありがとう。さくらが頑張ってくれて、すごく嬉しい。 さくらと同じ高校に行けたら、もっと嬉しい」 変声期を迎えて数年が過ぎた小狼の声は、もう大人のひとのそれで。 けれど、飾り気の無い言葉は、いつもさくらの胸にまっすぐに届く。 それはきっと、初めて出会った頃と同じ。 「これなら、夏休みに少しだけ遊びに行っても大丈夫だな。 ……映画、何が観たいんだっけ?」 小狼はさくらのカバンを持って、教室のドアに向かって歩き出す。 その後を追いかけながら、さくらは嬉しくなって言った。 「うん!あのね、それから友枝遊園地にも行きたいの!!」 小狼は足を止め、難しい顔で振り向いた。 「遊園地は……、だめ?」 だって、夏休みの友枝遊園地は特別な場所なのだから。 小狼はくるりと背中を向けると、キッパリと言った。 「おれは、ジェットコ−スタ−には絶対に乗らないからな」 「うん!!」 小狼の、こういうところがさくらは凄く好きなのだ。 今朝一番に言った言葉を。 これから、家でケ−キを焼いた後にも言う言葉を。 さくらは小狼の背中に繰り返す。 「小狼くん、お誕生日おめでとう!!」 来年も、再来年も、その先も。 何度でも繰り返す言葉を。 そうして二人は散々に冷やかされる中を、さくらの家へと急いだ。 キッチンでは、特別なチョコレ−トケ−キが焼かれるのを待っている。 お裾分けを期待している、食いしん坊の守護獣も。 「……あ、そうだ」 ふと、小狼が思い出したように呟いた。 「?」 さくらは小狼を見上げた。 気のせいだろうか? 鳶色の眸の中で、きらりと何かが瞬いたような…。 「クリスマスのプレゼントは、90点以上だな」 「……小狼くん、やっぱりイジワルだ〜〜!!」 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 李 小狼君、お誕生日おめでとう!! ……何てゆ−か。 中学三年生、15歳でこれですかぁ−!!?みたいな路線を目指してみました。 先生方も認める爽やかな男女交際。(←笑) 頑張れ、受験生〜♪♪ ちなみに、この話は「Present・box」と同じ時間上に位置します。 「1」あたりで香港ではプレゼントの箱詰めをしているのではないかと。(汗) 苺鈴ちゃんと知世ちゃんの往復メ−ルは、本来ならこの形だけでまとめるべきなのですが 例によって完成度より思い入れを優先させてしまいました。 小狼vさくらと二人を見守る皆が、丸ごとで今も大好きですvv |