再演版・悲しい恋 |
− 3 − 客席 さて、次は開演を間近にした客席の様子を見てみよう。 『ツイン・ベル』店長の真樹さんは、お子様達にキャンディ−を配り、今日も宣伝に余念が無い。 おっとりしているようで、実は商売上手というウワサは真実のようだ。 向こうからやってくるのは、娘の晴れ舞台にまた出遅れてやってきた藤隆さん。 しかし、満員の客席の中に妙にポッカリ空いた空間と、そこを占拠した見知った顔を見つけ、 ちゃっかりもぐり込む。 「(ニッコリ)そこ、空いてますか?」 「ええ、…って、木之本先生!?」 というわけで、また園美さんの横に座ることになった藤隆さん。 ちなみに、そこは観劇には最適の、S席中のS席ともいうべき位置である。 なのに何故空いていたのかと言えば、園美さん自身が発する圧倒的な迫力と、周囲を固める 黒服サングラスのものものしいお姉様方のせいであろう。 周囲をこんな女性達に囲まれても、まったく気にしない藤隆さんも大したお人である。 やや不機嫌気味に隣を伺う園美さん。 が、藤隆さんの手元の最新式ビデオを見て、ふっと余裕の表情を見せる。 「まあ、奮発なさったのね。でも、残念ながらそんな必要はなくってよ!」 美しくマニキュアを施された指が、パチン と音を鳴らす。 それを合図に、ステージが設営されている広場を三方から囲むように止まっていたトラックの コンテナ上部が開き、中から消防車の折りたたみ式クレーンのようなものが現れた。 クレーンはするするとステージに向かって伸びていく。 その先には、映画撮影用のカメラと撮影スタッフ(むろん、黒服サングラスのお姉様方だ)が 乗っていた。 さらに最前列席とステージの間には、1m間隔でやはり黒服サングラスのお姉様方がずらり と並び、ステージに背を向けた姿勢で屈みこむ。 よくよく見回せば、立ち見の観客に紛れたお姉様の姿も各所に見られる。 容姿端麗にして頭脳明晰、かつ武術の達人である妙齢の女性のみで構成された ≪大道寺家私設警備隊(仮称)≫の方々である。 尚、その正確な構成人員数は警備上の理由をもって不明とされている。 園美さんの真後ろに控えていたリーダー格であろうお姉様が報告する。 「中央1カメ、右翼2カメ、左翼3カメ、スタンバイOK。 ステージの警備にあたる者も全て配置につきました」 「よろしい。各撮影スタッフはもちろんのこと、警備の者も気を引き締めてちょうだい。 さくらちゃんの晴れ舞台を邪魔しようとする者は、この大道寺園美が許さなくってよ〜!!」 大道寺家は≪ご町内の一員≫として、ボランティアでステージの警備を買って出た… というのは建前。 ここにも先日の雪辱を晴らすべく、気合入りまくりの人が…。 さすがは親子である。 「園美君…」 遠慮がちに声をかける藤隆さんに、『なんか文句あるの?』と言わんばかりの顔で答える 園美さん。 「何かしら、先生?」 「ダビング、お願いしますね」 にっこりと微笑みながら申し出る元教師兼永遠の恋敵(ライバル)に、なぜだか園美さんは 赤くなりながら答えた。 「も、もちろんよ! カンペキに編集したビデオを、友枝のご町内の皆さんに、一家に一本無料配布するわ!!」 「えっ、いいのかな…それ」 「大丈夫!もう許可はとってあるわ!!」 ばっと取り出した書類には、びっしり書きこまれた小難しい文章の最後に、原作者の 柳沢奈緒子ちゃんとそのご両親、及びなでしこ祭実行委員会一同の署名とハンコがあった。 ちなみに、主演二人の同意は……とれている筈はなかった。 |
− 4 − 舞台裏・その2 さて、その頃舞台裏には、寺田先生に伴われた柊沢エリオルが、皆の激励に現れた。 ちなみに一時期、旧4年2組の副担任と旧5年2組の担任をしていた観月 歌帆先生は エリオルと共に来日したものの、早々にイギリスへトンボ帰りをしている。 向こうで片付けなければならないレポートがあるからというのが本人の説明だが、 実家にいると家事や家業を手伝わされるのが嫌で逃げ帰ったのだという説もある。 エリオルが持参したいくつもの大きなバスケットには、差し入れのサンドイッチやスコーンが 詰まっていた。それだけが理由ではないが、クラスの皆の大歓迎を受けている。 「僕も、ここで応援させてもらいます。皆さん、頑張って下さいね」 ニコニコと微笑むエリオルに、 「うん!」 と、元気に答えるさくら。 「あ、ああ…」 …なぜだか小狼は、嫌な予感がした…。 そういえば昨日、木之本家でのお茶会の前に、空港行きのバス停まで見送りに行った さくら達に、観月先生は優しげな(小狼から見ると、怪しげな)微笑みを向け、一言 『…いろいろたいへんだけど、頑張ってね』 と告げた。 むろん、その時点では劇の再演の連絡はまだ入っていない。 ≪はにゃ〜ん状態≫のさくらの横で、小狼は背筋に寒気が走る思いがしたのだ。 …そう、ちょうど今のように…。 雪兎に対しては、月の魔力に惹かれていただけだとわかってからは赤面することも なくなった小狼だが、エリオルと観月先生に対しては、その正体を知ってからも… というか、知ってからは余計に警戒を強めてしまうのだった。 舞台の幕前では、なでしこ祭実行委員長からの手短な挨拶が始まっていた。 舞台裏の慌しさがピークに達する。 衣装に着替えた生徒はもちろん、裏方の生徒達も右に左にと走り回っていた。 そんな中、知世の手ですっかり≪お姫様≫に仕上げられたさくらが近づいて、 ≪王子様≫の衣装を身に着けた小狼に小声で言った。 「あのね、わたし…。山崎君には悪いなあって思うんだけど、でも、小狼くんともう一度 このお芝居ができて、ほんとうに嬉しいの。 小狼くん、こういうの苦手だと思うけど、でも…最後まで、いっしょに頑張ろうね!」 はにかんだような笑顔で告げるさくらの言葉に、小狼も不安を振り払ってうなずいた。 ≪お芝居の災い≫のこと、観月先生の意味深な言葉、エリオルの謎めいた微笑み…。 気にかかることは多いけれど、一番大事なのは、この笑顔を守ることだから。 「…ああ」 二人は互いにほんのりと頬を染めた、いかにも≪両想い≫的な微笑みを交わすと、 それぞれの待機場所である左右の舞台袖に別れていった。 「…ほうっ。いいシーンが撮れましたわ〜〜♪」 ビデオを手に、知世がうっとりとため息をつく。今回、出番のない彼女は制服のままだ。 「あいかわらずねぇ、大道寺さん」 呆れ顔で腰に手を当てた苺鈴は、侍女役としての準備万端である。 客席からの拍手が、挨拶の終りと出番が間近に迫ったことを告げる。 「よ−し、はじめるぞ。みんな、準備はいいか−?」 寺田先生の声に、は―――い!!と各所から元気な返事。 そして、 『お待たせいたしました。 ただ今より、友枝小学校6年2組の生徒たちによる創作劇「悲しい恋」を上演いたします。 ごゆっくりお楽しみ下さい』 − つづく − − もどる − ≪TextTop≫ ≪Top≫ |
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