菓 子



− 1 −

『吾代忍様
 今宵、ハロウィンパ−ティ−を開催します。
 本日19時に事務所へお越し下さい。
 お越しの際は南瓜のタルトをお持ちいただければ幸いです。

 桂木弥子魔界探偵事務所 所員一同』

調査会社の副社長机の上に、いつの間にか置かれたオレンジ色のカ−ド。
それだけの文面ならば、吾代は放っておいただろう。

……何がパ−ティ−だ。この月末のクソ忙しい時に、誰が行くかよッ!!

最後に付け加えられた一行さえなければ。

『追伸
 来なければ、この世のものとも思えぬ絶叫を永遠に繰り返すこととなるだろう。』

………行くしかねぇ……。

まだ死にたくない吾代は、ソファ−に座る望月に声を掛けた。

「オッサン、今日は定時で上がるからな」
「珍しいな、吾代君。仕事熱心な君が」

答える社長はTVゲ−ムの画面から目を離さない。ブチッとキレて、青筋と中指を立てる。

「てめェ〜!!一体、誰の所為で連日深夜残業してると思ってやがんだ!?
 遊んでばっかいね−で、ちったあ働けッ!!」

ドスを効かせて怒鳴った後、ふと吾代はカ−ドを眺め、ツヤツヤと血色の良い顔に尋ねた。

「ところでオッサン、“みなみつめ”って何か知ってるか?」
「………………。」

ゲ−ムの攻略方法と引き換えに、“南瓜”の読み方を教わった吾代は少しだけ賢くなって
もう一つの職場に向かった。


   * * *


吾代が探偵事務所のドアを開けると、目の前には鋭い歯の並んだクチバシがあった。

「遅いぞ、雑用」
「ギャ−ッ!!鳥の化け物がッ!?」

いきなりの絶叫に、顔の両側に付いた丸い目が細くなる。

「フハハハハハハ…、良い反応だ。
 流石に我が輩が見込んだ奴隷2号だけのことはある」

聞き覚えのある男の声に、吾代はますます後ずさった。

「てっ、てめ−助手かッ!?何だそのツラは!?
 まさか、それが素顔だとかぬかすんじゃね−だろ−な!!」

ズバリ、そのとおり。
…ではあるのだが、ネウロの正体を吾代に教えていない手前、弥子は冷や汗を滲ませながら
フォロ−に入る。

「えっと、吾代さん…。ホラ、今日はハロウィンだから。それ、仮装ね」

ちなみに弥子は、女の子の仮装としては定番の黒いとんがり帽子を被った魔女である。
小鼻をピクピクと動かすのは、往年の海外TVドラマで有名な人妻魔女のマネ…ではない。

「ハッ!この甘い匂いは…!!ケルフェポンの10月限定、南瓜のタルト!!
 しっとりとした台の上には、コクのあるカボチャクリ−ム。
 更に、その上には香ばしくカラメル色にソテ−された栗カボチャがタップリと…。
 ありふぁろう、ごらいふぁん〜!!(はぐもぐまぐ)」
「………ほとんど半分喰ってから、やっと礼言ってんじゃね−よ…。
 しっかし、良く出来てんな〜。そのマスク」

予想どおりの行動の大喰い探偵を放置して、吾代は感心した目で鳥顔を眺めた。
どんな仕掛けか、赤い舌がダラリと伸びてクチバシを舐める。

「今日は恐ろしい姿で他人を驚かせ放題という、気の利いた祭りではないか。
 ……ですので今夜は日頃、お世話になっている方々との親睦を更に深めようと
 楽しいパ−ティ−を企画しました。
 魔界探偵事務所一同で、心を込めた“おもてなし”をするのです。
 吾代君、非常勤として協力していただけますね?」

鳥顔なのに、助手笑顔を浮かべているのがハッキリとわかる。
吾代はまたも悲鳴を上げた。

「やっ、やめろぉお〜ッ!!鳥肌が立つじゃね−かッ!?」
「おお、見事なブツブツが。いけませんね〜。
 最近は男性もツルツルスベスベのお肌でないと女性にモテないんですよ?
 ……どれ、我が輩が綺麗に削いでやろう…」

鳥の目が、ニタリと歪む。

「ぎぃやぁあああ〜〜!!」

結局、事務所に来ても来なくても、この世のものとも思えぬ絶叫を繰り返すことになる
吾代なのであった。

「………あかねちゃん。仮装用に準備した包帯、早速使えそうだね…。」

あっという間にワンホ−ルを完食した弥子が、小声で呟く。
腰まで届く長さの髪で、三つ編みになった一房がぴょこんと跳ねた。



− 2 −

『笹塚衛士様
 今宵、ハロウィンパ−ティ−を開催します。
 本日19時30分に事務所へお越し下さい。
 お越しの際は南瓜のプリンをお持ちいただければ幸いです。

 桂木弥子魔界探偵事務所 所員一同』

捜査一課の散らかった机の上に、いつの間にか置かれたオレンジ色のカ−ド。
それだけの文面ならば、笹塚は放っておいただろう。

……めんどくさい…。

最後に付け加えられた一行さえなければ。

『追伸
 お越しになれば、この世のものとも思えぬ絶叫がお聞きになれますよv』

……絶叫って、誰のだよ…。

真っ先に思い浮かぶのは、“女子高生探偵”の顔である。
そういえば、あの事務所にも暫く顔を出していなかった。
幸か不幸か担当していた事件はあらかた解決し、隣にウザイ部下が居ないおかげで
書類仕事も捗(はかど)っている。

……様子を見がてら、寄ってみるか…。

どうせ今日は早目に帰って、デパ地下で酒の肴を買うつもりだった。
南瓜のプリンも、そのついでに買えるだろう。

首の関節を一つ鳴らして、笹塚は完成間近の報告書に向かった。


   * * *


笹塚が探偵事務所のドアを開けると、目の前には鋭い歯の並んだクチバシがあった。

「ようこそいらっしゃいました、笹塚刑事」
「…………………あんた、助手の人?」

普段より若干余分な間に、顔の両側に付いた丸い目が細くなる。

「さすがは笹塚刑事。冷静かつ微妙に鈍い反応をいただき、ありがとうございます」
「………弥子ちゃんも元気そうだな。暫く見ね−間に、髪伸びた?」

絶対に褒めていない助手のセリフは聞き流し、笹塚はソファ−に座る黒服の少女に
小さく息を吐いた。

「笹塚さん、こんばんわ。ええっと、エクステなんですよ、コレ。
 ハロウィンの仮装ってコトで、ちょっとお洒落してみました〜」

ネウロの鳥顔でなく、自分の髪の長さをフォロ−をすることになるとは。
そう思った弥子の目は、一瞬で笹塚に吸い寄せられた。

「きィやあぁァ〜〜ッ!!その紙袋のロゴは、オレンジパンプキンの南瓜プリンッ!!
 えびすかぼちゃ丸ごと一個を使う贅沢さ。皮まで食べられる地球への優しさ。
 しかも、この大きさは幻の特大サイズ!笹塚さん、ごちそうさまですうぅ〜ッ!!」

言うが早いか紙袋を受け(奪い)取った弥子は、中の箱から自分の頭より大きな南瓜を
取り出しウットリと頬擦りする。

「……“この世のものとも思えぬ絶叫”……って、もしかしてコレ?」

首から下は普段どおりの助手に、一応確認する。
頭の後ろから二本の捩れた角を生やした助手は、鳥顔にも関わらず、にこやかに答えた。

「確かに鉄の内臓を持つ先生の肺活量も、なかなかのものではありますが…。
 ハロウィンに相応しいのは、やはりこちらではないかと」
「うぐおぁあ゛あ゛ぁああぁああ〜〜ッ!!」

まさに地獄の底から響くような絶叫に、笹塚は色の薄い眸を動かす。
壁に立てかけられた棺桶の中のミイラ男が出処らしい。

「コレ、マネキンとかのディスプレイじゃね−の…?」

包帯で全身ぐるぐる巻きの男を指して問うと、鳥顔の助手は声に嘘臭い感動を込めて言った。

「我が探偵事務所の雑用が、身体を張ってハロウィンを演出してくれているのですよ!!」
「雑用って……、ああ」

身体だけは頑丈そうな、某民間調査会社の副社長の顔を思い出す。
以前から探偵事務所にも出入りしていたようだが、ここでの身分は雑用だったとは。

「………ま、事務所内(あんたら)の問題だしな。いっか…」
「う゛ぎごあ゛ぁああ〜〜!!」

無気力な呟きに、一際大きな呻きが上がったのは聞こえないことにする。

「んじゃ、差し入れも渡したし。これで帰るわ」

踵を返そうとする笹塚に、夢中でプリンを減らしていた弥子は慌てて立ち上がった。

「さ、さささ笹塚さんッ!!
 ハロウィン特製ドリンク、準備してますから。ぜひ、飲んでってくださぁ〜いィ!!」

背後に立ったネウロの指で、スイ−ツに満たされた弥子の胃袋には10個の穴が開く寸前だ。
それが見えたワケではないのだが、何やら必死の形相を捨て置けず、笹塚はソファ−に
腰を落ち着けた。

「えっと…、ハロウィンなんで赤い飲み物を色々揃えたんですけど、何が良いですか?
 アルコ−ルなら、赤ワインとか、カンパリとか、カシスリキュ−ルとか、ありますよ」

刑事に酒を勧める未成年に、笹塚は溜息を吐く。

「……いつものがいいんだけど」

ここのブレンドは美味いから。
そう付け加えると、長い髪の中の三つ編みがピクッと跳ねた気がした。

「わぁッ、ありがとうございます〜!あか…、いつも豆を準備してくれてる人も喜びます。
 でも、コ−ヒ−は熱いから今日は危な……、いやいやいや!!
 残念ながら本日は、コ−ルドドリンク・オンリ−なんです。
 あ、焼酎のトマトジュ−ス割なんか、どうですか?結構イケますよ〜」

ぱあっと顔を輝かせたかと思えば、汗だくで引き攣った笑顔を浮かべる。
明らかに、何か誤魔化そうとしている態度だ。

「………じゃ、焼酎無しのトマトジュ−スで」

悪い予感がする。現場刑事のカンが告げていた。
そして、この手の予感に限って大当たりするのが世の常なのである。

「わあぁ〜ん、ごめんなさいぃ−ッ!!」

赤い液体を満たしたグラスを運んできた弥子は、そう叫びながらコケた。
いや、ハッキリ言ってコケるより謝るのが先だったぐらいだ。
度の過ぎる挙動不審に、“いざという時の俊敏さ”を発揮することも出来ず、笹塚は頭から
トマトジュ−スを浴びるハメになった。

「………弥子ちゃん、今の…」
「すいませんすいませんすいませんッ!!ごめんなさあぁ〜い!!」

わざとだろ?と、言いかけた言葉を呑み込んだ。
真っ赤な顔と涙目を見れば、少なくとも悪意があってやったのでないことぐらい、わかる。
そもそも悪意があったなら、避けられた筈なのだから。

「おや、これは先生がとんだご無礼を。
 すぐに洗わなければ、ス−ツもシャツも染みになってしまいますね。
 幸い今日のために仮装の衣装が沢山ありますので、一旦、それに着替えてください。
 お帰りまでに先生が責任を持って、元通り以上に綺麗にいたしますから」

クチバシが楽しげな声で囀(さえず)る。
つまりは何があろうと仮装パ−ティ−には強制参加ということなのだ。

「……“Trick and treat(お菓子をくれても、悪戯するぞ)”か」

ぼそりと呟くと、鳥の目がニタリと歪んだ。



− 3 −

『ヒグチユウヤ様
 今宵、ハロウィンパ−ティ−を開催します。
 本日20時に事務所へお越し下さい。
 お越しの際は南瓜のクッキ−をお持ちいただければ幸いです。

 桂木弥子魔界探偵事務所 所員一同』

犯罪情報課のパソコンのキ−ボ−ドの上に、いつの間にか置かれたオレンジ色のカ−ド。
それだけの文面ならば、ヒグチは放っておいただろう。

……皆で楽しくワイワイなんて、オレのガラじゃね−っての。
   一人でネサフでもしてた方が、気ィ楽だし。

最後に付け加えられた一行さえなければ。

『追伸
 桂木弥子は魔女っ子に扮する予定ですv』

……デジカメに撮って壁紙にして。携帯で撮って待受にして。
   いい画だけ秘蔵にして、あとは適当なのをネットでオ−クションにかけりゃボロ儲け…。

凄まじい勢いで仕事を片付けたヒグチは、すぐさま南瓜のクッキーをネットで探した。
狙いは限定品。ネットク−ポンで割引の利くヤツだ。

「凄ぇキ−ボ−ド捌きだな、ヒグチの奴。指の動きが見えね−ぞ」
「手こずるセキュリティ−でも見つけたんじゃね?」

犯罪情報課の同僚達は、萌えに萌えている特例刑事の背中に囁きを交していた。


   * * *


ヒグチが探偵事務所のドアを開けると、目の前には鋭い歯の並んだクチバシがあった。

「ようこそいらっしゃいました、ヒグチ刑事」
「ぎゃっ!?…って、もしかしてネウロかよ!!
 へ−、あんたって本当に鳥顔の魔じ………っででででッ!?」

黒い手袋を嵌めた手で頭を締め付けながら、顔の両側についた丸い目が細くなる。

「嫌だなぁ、ヒグチ刑事ったら〜。これが僕の素顔なワケないでしょう?
 ハロウィン用のマスクですよ。あははははははのは。
 (余計なことをペラペラ喋ると、自慢のIQとやらを無にしてやるぞ、この低脳)」
「は、はひぃい〜」

頭を掴まれたまま、ヒグチは手足をバタつかせている。
そんな光景を見ながら、トマトジュ−ス(焼酎入)を飲んでいた笹塚は意外そうに言った。

「……へぇ。助手の人とヒグチって、仲い−んだ」
「あはははは…、そう見えます?」

苺のジュ−スとザクロのジュ−スのグラスを手に、弥子は引き攣り笑いを浮かべている。
笹塚の視力を疑う彼女だが、ヒグチがネウロから解放されると、歓声を上げて飛びついた。
…彼が持っていた紙袋に。

「ステアおじさんのクッキ−、ハロウィンフェア限定特大ボックスじゃないですか−!!?
 サクサクのクッキ−生地とパンプキンシ−ドのプチっとした歯応えがたまらないッ!
 それにパンプキンボ−ルの口の中で溶けるような素朴な甘さ…。まいう−!!」

遠慮も無く、ガツガツとクッキ−を頬張る弥子。
その喰いっぷりは見ないフリをして、ヒグチは念願の魔女ッ子スタイルを堪能する。
ゴスロリ系の入ったワンピ−スのデザインが、ロングヘア−に映えて可愛らしい。
惜しむらくは普段より長めのスカ−ト丈だろうか。

「桂木、髪長いのも似合うじゃん。その三つ編み、ピコピコしてんのってリモコンか何か?
 クッキ−喰い終わったらでい−からさ、ちょっと立ってクルッと回ってくれね?
 あと、ホウキに跨るとか女の子座りするとか、魔女ッ子ポ−ズも幾つか……って、あ−!?
 オレのデジカメと携帯−ッ!!」
「……撮影禁止。暫く預かっとく」

むくれた顔で振り返ったヒグチは、パ−ティ−の先客にようやく気づいた。

「で−、笹塚さんッ!?何だよ、そのカッコ!!」

黒い燕尾服に黒いマント。手には血のように真っ赤なトマトジュ−ス(焼酎入)。
……と、くれば。

「吸血鬼ですよ、お似合いでしょう?死人のように顔色の悪い笹塚刑事にはピッタリです」

ネウロの解説に、ヒグチは腹を抱えて笑い転げた。

「や−、ホント似合うって。惜しいな−。
 携帯あれば、笛吹さんと筑紫さんに今スグ写メしてやんのにィ〜」
「…………ま、直にお前も俺のこと笑えなくなるから…」

デジカメと携帯を懐にしまった笹塚は、グラスを傾けながらボソリと不吉な予言をする。
ネウロの陽気な声が響き渡ったのは、その直後だ。

「さて、ヒグチ刑事には何のコスチュ−ムを着ていただきましょう。
 先生はどう思われます?」
「ん−、何でも良いんじゃない?」

黙々とクッキ−を食して幸せな弥子には、正直本気でど−でも良い。

「か、桂木ィ〜!!」

引き攣ったヒグチの顔に、鳥の目がニタリと歪む。
棺桶の中ではミイラ男が『テメ−も不幸になれ〜!!』とばかりに呪詛の声を上げていた。



− 4 −

『笛吹直大様
 今宵、ハロウィンパ−ティ−を開催します。
 本日20時30分に事務所へお越し下さい。
 お越しの際は南瓜のパイをお持ちいただければ幸いです。

 桂木弥子魔界探偵事務所 所員一同』

警視庁刑事部の整理整頓された机の上に、いつの間にか置かれたオレンジ色のカ−ド。
それだけの文面ならば、笛吹は放っておいただろう。

……何のつもりだ、桂木弥子!!
   この私が、貴様等のように薄汚い連中と馴れ合うなどと思っているのかッ!?

最後に付け加えられた一行さえなければ。

『追伸
 パ−ティ−には、笹塚刑事とヒグチ刑事もお見えになる予定ですv』

「これは……ッ、捨て置くことは出来んな。筑紫」
「はい、自分もそう思います。
 しかし、笛吹さんは昨日も一昨日も眠っていらっしゃらないのでは…?
 差し支えなければ、自分が様子を見に行き、明日ご報告いたしますが」

宛名と指定の菓子以外、まったく同じカ−ドを受け取っている筑紫が言う。
不眠不休で指揮を取っていた事件が未明に解決し、その後始末も一段落したところだ。
笛吹には、今夜はゆっくり休んでもらいたい筑紫だった。
しかし、あの二人に関することだけは人任せに出来る上司ではない。

「笹塚とヒグチが、あの探偵に捜査機密を漏らしでもしたら一大事だ。
 日本警察の威信はむろん、我々の責任にも関わる。
 忌々しいが、無能な部下の監督も仕事の内だ」
「では、自分もお供いたします」

予想どおりの言葉に筑紫は姿勢を正す。
笛吹はキリリと眼鏡を上げ、優秀な部下に命じた。

「よし、では急いで銀座に向かうぞ。
 南瓜のパイといえば、……やはりあそこだろうからな」
「はい。自分も南瓜の和菓子といえば、あそこしかないと思う店がありますので」

付き合いの長い二人は、光と影の様に連れ立って警視庁を後にした。


   * * *


筑紫を従えた笛吹が探偵事務所のドアを開けると、目の前には

「い、いィいいらっしゃあァ〜い…。」

犬耳犬手犬足をつけたヒグチが立っていた。

「…………………………………。」

暗転。


「笛吹さん!?お気を確かにッ!!」
「わ−ッ、笛吹さんが鼻血吹いたッ!?」


筑紫とヒグチの声に重なって、耳をつんざく絶叫が響き渡る。

「いィやあァああぁ〜ッ!!ららっぽの季節限定、さっくりほくほくパンプキン・パイに
 創業105年の老舗、船輪の南瓜羊羹を落とさないでぇええ〜ッ!!」

そして、やたらと楽しそうな声。

「ハロウィンに相応しい、実に見事なスプラッタ−でした。
 しかし、お二人とも。すぐに洗わなければ、ス−ツもシャツも染みになってしまいますね。
 幸い今日のために仮装の……」

遠のく意識の片隅で、笛吹は地獄の底から響くような笑いとも呻きともつかぬ声と、
腹が立つほど大きな溜息を聞いた気がした。


   * * *


笛吹が意識を取り戻すと、目の前には鋭い歯の並んだクチバシがあった。

「笛吹警視、気がつかれましたか?」
「…………………………………。」

まじまじと鳥顔を凝視していた笛吹は、やがて小声で囁いた。

「一体、どこで売っているんだ?微妙に可愛いその鳥マスク。
 私も一つ欲しいのだが…」

真剣なその声に、顔の両側に付いた丸い目が細くなる。

「意外性のある反応を、ありがとうございます。
 残念ながら、これは特注品ですので。お譲りするのは、ちょっと…」
「そうか…、それなら仕方が無い。涙を呑んで諦めよう。
 代わりにヒグチが付けていた犬耳犬手犬足の一揃いを譲ってはもらえまいか?」

品を変えて食い下がる笛吹に、鳥顔の助手は愛想の良い声で言う。

「いきなり倒れた割には、正確な記憶力ですね。
 あれは一応、狼男なんですが…。やはりミス・キャストでしたか。
 お譲りするのは値段の交渉次第ということでは?」

よっしゃあ!!…と、ばかりに身体を起こした笛吹は、そこに拡がるパラダイスに
再び倒れそうになった。

「笛吹さん、大丈夫ですか!?」

と、慌てて近づく筑紫は某アメコミヒ−ロ−の蝙蝠男のス−ツにマスク。
長身の上に普段から鍛えている体格で、まるでスクリ−ンから抜け出たようだ。

「すっげ〜量の血ィ吹いてたもんな−。貧血じゃね?」

と、アセロラジュ−スを片手にケラケラ笑うヒグチは、前述のとおりの犬耳犬手犬足。
加えて、さっきは気づかなかったがフサフサの尻尾までつけている。
ヒョロリとした身体と女顔の所為で、残念ながら狼男には見えない。
敢えて言うなら、無駄に可愛い狼少年だ。

天井からぶら下がっているのは、目玉に蝙蝠のような羽が生えたオ−ナメント。
これも不気味な中に微妙な愛嬌がある。
壁に立てかけられた棺桶には、包帯だらけの大男。…これは別に可愛くは無いが。

とんがり帽子を被ったロングヘア−の魔法少女も、ちょっと可愛いかもしれない。
黒づくめの衣装の中、三つ編みの先だけのピンクの髪飾りがアクセントになっている。
大口を開けて、南瓜のパイを頬張っているところなど、まるで……、…ん?

「か、かかか桂木弥子、貴様ッ!!
 まさか、ららっぽの特大パ−ティ−サイズ、パンプキン・パイを全部…、全部ッツ!!
 一人で喰ってしまったのかあぁ〜ッ!?」
「はい、ごちそうさまでした〜!!」

ちょうど最後の一切れを呑み込んだ大喰い探偵は、両手を合わせて元気に言う。
今日までの限定品、食べるのを楽しみにしていたのに!!
しかも良く見ると、喰い尽くされたのはパンプキン・パイだけではなかった。
筑紫の南瓜羊羹(10本入)はもちろん、クッキ−、プリン、タルトの有名店ロゴ入り紙袋が
空箱と共に転がっている。

「貴様…、まさかコレも全部……?」
「はい、どれもスゴク美味しかったです!皆さん、ゴチになりました〜ッ!!」

……名店スイ−ツを一人占めするとは、甘党の風上にも置けん!!
   幸せを分け合おうという気が、貴様には無いのか−ッ!?

意地汚い探偵を怒鳴ろうとした笛吹は、そこでようやく違和感に気がついた。
身体が妙に動きにくい。

ソファ−に横たえられた自分の身体を確認する。
腹の辺りからみょ〜んと伸びているのは、馬に似た首と前足。
自前の両脚と両手は妙にふかふかして、左手にはバットがくっついている。
そして全体がファンシ−なピンク色だ。

「な…、な、な、なっ」
「さあ、どうぞ」

鳥顔の助手が、大きな姿見を向けた。

「何だこれは−ッ!?」

鏡を指差す笛吹の顔は、背中のコブから覗く部分だけが真っ赤だ。
良く動くクチバシが、スラスラと説明的セリフを述べる。

「とても良くお似合いですよ、魔元帥の着ぐるみ。
 血塗れになった高そうなス−ツとシャツが乾くまでの間、他に着る物が無かったので
 やむを得ず…。
 この季節に裸では風邪を引きますし、ウチの先生も一応、うら若い女性ですから。
 けれど、その着ぐるみ。手に入れたものの、サイズ的に他に着れる方が居なくて…。
 笛吹警視がいらしてくださって、本当に助かりました」

「や−、オレにもソレ、小さすぎたぐらいだもんな−。
 すげ−似合ってるよ笛吹さん。そのピンクの〜ッ!!」

バンバンとソファ−を叩くヒグチを筑紫が諌める。

「ヒグチ、笑いすぎだ」
「だ、だってさぁ〜!!もぉ、サイコ−。笹塚さんも思うっしょ?」
「……ん−」

間延びした声に、ギクリと笛吹は振り返った。
犬耳ヒグチの衝撃が強烈すぎて失念していた、もう一人の気がかりを。

振り向いた先には、ソファ−が足りない関係で“トロイ”の椅子に座る吸血鬼に扮した笹塚。
10年振りに見る笑みを浮かべた口元からは、鋭い八重歯が覗いていた。

「…………………………………。」

暗転。


「うっ、笛吹さんッ!?お気を確かに−ッ!!」
「わ−、また鼻血吹いてますよッ!!」
「あははははは…。実に血の気の多い方ですねぇ〜」


介抱に走り回る蝙蝠男と魔法少女。笑っているだけの鳥魔人。
不定期に絶叫するミイラ男。
彼等を横目に、狼少年は吸血鬼に擦り寄った。

「な−な−、笹塚さん。コレ撮らね−のって、勿体無くね?
 いざって時に脅迫ネタに使えそうじゃ〜ん」
「駄目」

狼少年の頭をこづいて、吸血鬼はデジカメと携帯の返却を拒否した。



− 5 −

夜も更け、今日(ハロウィン)の終わりも近づいてきた。
タクシ−が呼ばれ、それぞれが家路に向かう。

意識をとりもどした笛吹は、血を出しすぎてフラフラなので、筑紫が家まで付き添った。
狼男に蝙蝠男、吸血鬼の各種仮装セット。そして魔元帥の着ぐるみ。
笛吹が買い取ることになった大荷物の運搬役もするのだろう。

「……あの衣装、借りモンじゃね−の?」

タクシ−を待つ間、綺麗に染み抜きされ、ブラシにアイロンまでかけられたス−ツに
着替え直した笹塚は、いつの間にか普段の美青年顔に戻っている助手に尋ねた。

「実は、知人の兄弟が経営している会社から大量の製造中止プラモを手に入れまして…。
 それと引き換えに、ある方に調達していただきました。主にアキバ経由で」
「………そういや石垣の奴、風邪だとかで一昨日から休んでたっけな…」

明日の捜査一課には、石垣の“この世のものとも思えぬ絶叫”が響き渡ることだろう。
先にタクシ−に乗り込んだヒグチは確信した。

むろん、その確信が的中したことは言うまでも無い。


   * * *


南瓜スイ−ツを堪能してご機嫌な弥子と、ハロウィンを盛り上げるBGM役をさせられた
気の毒な吾代は、事務所の片付けを終えるとタクシ−を呼んで家に帰った。
人間が誰も居なくなると、ネウロは再びクチバシを持った姿に変わる。

「疲れたか、あかね?」

声を掛けられ、壁に戻った黒髪のおさげはホワイトボ−ドに向かった。

『今日は、ありがとうございました。
 みんなと一緒にパ−ティ−に出られて、とても楽しかったです』

さらさらと書かれた文字に、鳥顔のネウロは丸い目を細める。

「本来、今宵は我々のような“地上に在らざる者”の為の日だというではないか。
 遠慮など、する必要はあるまい?
 それに、どの人間も奴隷(ヤコ)に劣らず、適応力は高いようだ。
 いずれ貴様や我が輩が正体を明かさざるを得なくなる時が来ても、大した騒ぎにならずに
 済みそうだな」

あかねの艶やかな毛先が暫しの間うねり、再びボ−ドに向かう。

『そのために、今夜は素顔を見せたんですか?』

鋭い歯の並んだクチバシが、ぱっくりと開く。
紅い舌が唾液を絡めて蠢き、眸が三日月に歪む。


音の無い魔物の笑いが、ハロウィンの終わりを告げた。



                                   − 終 −


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***************************************

(以下、下の方で反転にてつぶやいております。)









探偵事務所+警視庁で楽しくワイワイ。こういう話も増やしていきたいです。
カップリングの前提は無いつもりですが、思った以上に色々なベクトルが交錯しているような。
書いている内にあれやこれやと思いつき、放り込んでしまう悪癖。
これでもかなり諦めたのですが…。
そして私の中の魔人様は、弥子ちゃんを筆頭に人間大〜好きだけど、どこまでも次元の違う
“魔物”のようです。

お菓子は実在する有名店の名前を少々いじくりました。
以下は自分が忘れないように覚書。

タルト = ケルフェポン ← キ○フェボ○ 
プリン = オレンジパンプキン ← イ○ロ−パンプキン 
クッキー = ステアおじさんのクッキ− ← ○テラおばさんのクッキ−
パイ = ららっぽ ← ○ぽっぼ
和菓子 = 船輪 ← ○和(芋ようかんで有名。南瓜ようかんは無)

ところで“魔元帥(コミックス3巻&10巻番外編版)”って、色はピンクでよかったのかな…?
カラ−で見たことないので実は適当です。(汗)